第8話 念話

 放課後。クラスメイトたちから質問攻めにあったカナタはげっそりした表情で帰路に就いていた。

 朱里ちゃんとはどんな関係なのか。

 昼はどんな話をしたのか。

 何で朱里ちゃんはカナタを誘ったのか。

 朱里さんの昼ご飯は何だった。

 どうしたら朱里ちゃんとご飯を食べられるのか教えて。



 エトセトラエトセトラ。

 どう考えても重要じゃないことから、カナタには答えられないものまで津波のような質問に襲われた。さらには反論できないのをいいことにミカエルも適当発言を繰り返しており、カナタはこの半日でげっそりするほど疲れていた。


「……家帰ったらすぐ寝る」

「おおっ、ヤる気満々っすね! やっぱり美人の攻略は——」

「そっちじゃねぇよ! っていうか何もする気はない!」


 思わず怒鳴り、道行く人々から奇異の視線を向けられてしまう。


「……何か、念話とか出来る方法ないか?」

「ネンワっすか?」

「アニメとか漫画だとよくあるだろ? 声を出さずに意思疎通する方法だよ」

念話テレパスっすか。どんな場面でもミカエルちゃんとお喋りしたいってコトっすか!? いやーん、モテる天使はつらいっすねぇ」

「ぶっ飛ばすぞ」

「触れないから無理っすよ……まぁそういうアイテムも作れなくはないっすね。イヤホン持ってないっすか?」

「あるぞ」


 鞄からワイヤレスのイヤホンを取り出すと同時、ミカエルの指先から光が迸ってイヤホンが燃えた。


「うわっ!?」

「熱くないから大丈夫っす。っていうか熱かったとしても我慢するっす。この程度で動揺してると迷宮じゃ命取りになるっすよ?」

「ご、4000円もしたんだぞ!?」

「大丈夫っすよ。もう二度と買い替えなくて良くなりましたし」

「は……?」


 カナタの手のひらには、どう考えてもイヤホンとは釣り合わない量のこんもりした灰が残った。その中から、イヤホンがそのまま出てくる。


「……燃えたんじゃないのか?」

「燃えたっす。存在を光子こうしエネルギーに変換するとともに……あー、ごめんなさいっす。死んだ魚みたいな目をするのやめるっす」

「分かりやすく」

「天使の不思議パワーで、充電不要・不壊・近くにいる者と念話テレパス可能な優れモノっす。ちなみに音質はハイレゾでマルチペアリング対応っすよ!」


 ミカエルの話が本当ならば確かに損はしていないのだが、そこはかとなく納得のいかないカナタは渋い顔になった。

 本当に使えるか確かめるために耳につければ、ミカエルの声で『ぱわ~おんっ☆』とシステムアナウンスが流れた。


『聞こえるっすか?』

『聞こえる。朝のうちにこれがあれば授業中も昼飯の時も楽ができたんだけどなぁ……』

『知識そのものはありますけど、自分には人間界の常識も、カナタさんの判断も分からないっす。何を必要としていて、何を提案すればプラスになるのかも分からないんですよ』

『分かった。これからはあんまり遠慮しないで色々聞いたりお願いしたりしてみる』

『ぜひぜひ。あ、でも分体だと天使パワーにも限りがあるんで無理なものもあるっすよ』

『……まぁ無理なら無理って言ってくれればいいよ』


 練習も兼ねて家までずっと念話を続けたカナタは、家に帰るなり着替えもせずにベッドに転がった。

 疲れた、と呟いて横になったままもぞもぞと靴下を脱ごうとする。


「やる気満々なのはいいことっすよ! 肉体的にも精神的にも疲労は抜けるんで安心して攻略してくるっすよー!」

「待て! だから今は攻略するつもりは——」


 ぴこ、と間抜けな音を立てて、カナタの意識は夢の中に吹き飛ばされた。


————————

——————

————

——


「休むって言っただろ!?」

「文句は外の自分に言うっす。記憶は共有してるっすけど分体としては別物っす」


 カナタは納得のいかない様子ではあったが、言っても無駄なことは理解したので諦めた。

 代わり、八つ当たりのようにモンスターを狩り始める。

 ロスミスを模した、しかしロスミスとは違う迷宮内をカナタは走っていた。


「次の敵は!」

「分岐を左に行くと4体、右だと6体っすね」

「左!」


 視界に人型の動くものが映ると同時、奇襲を発動させて振りかぶった剣を叩きつける。泥を固めた人形型モンスター——泥人形マッドドールの頭が水っぽい音とともに飛び散り、すぐさま経験値に置換されていく。

 ロスミスならば倒しきらねば経験値ははいらないが、ここでは倒した側から経験値として吸収される。

 つまり、一撃離脱がもっとも安全マージンを取れる方法なのだ。


 奇襲に動揺するコボルド二体の間を駆け抜け、オマケとばかりに攻撃を加えるカナタ。さすがに一撃で倒すまでは至らなかったが、相手のダメージを確認することすらせずに奔り抜けてそのまま逃げる。

 倒せれば儲けもの。無理でも追跡の勢いが削げれば充分だと考えていた。


 そのままミカエルから「追跡無し」のお墨付きをもらうまで走り続け、大きく息を吐く。

 荒い呼吸を整えながらもタブレットで装備の値段を確認していた。


「もっと死ぬ気でやったりしないんすか? チマチマやるより、相打ち覚悟でガンガン倒した方がリターンは大きいっすよ」

「絶対しない。斥候をカンストしたら効率上げるから、それまでは我慢……本当ならそれまでに強奪で金を稼いで装備を整えたかったんだが」

「さすがに買取はできないっす」

「碌なアイテムねぇしな……」


 レベルが上がる中でいくつものスキルを覚えたが、現在は魔力の無駄遣いになる可能性が非常に高かった。

 ロスミス内では金策にも使える有用なスキル強奪だが、売買が出来ないのであれば現状は死にスキルだ。


「コボルトソルトにスライムゼリー、珪藻土って何に使うんだよ」

「さぁ? そもそもコボルトソルトって何なんっすか?」

「何かの金属の粉末って解体新書にはあった気がするけど、ぶっちゃけただの換金アイテムだよ」


 スライムゼリーや珪藻土も、説明は違えども同じ換金アイテムだった。


「さっさと転職したい」


 ロスミスは12の基礎職と、それらをカンストさせることで発生する中位職、上位職、そして特殊条件を満たすことで生まれる派生職や独立職などが存在していた。

 ステータスやレベル、アイテムやカンストした職業など様々な要因によって生まれる独立職こそがカナタの狙いだった。


「最初の一つをカンストするまで転職システムが解放されないんだよ……」

「解放されたらどうするっすか?」

「基礎職全部に転職しまくって、独立職『遊び人』を出す」

「何すかそれ」

「単体では使えないけど超有用なスキルを持ってる職業だよ」


 解放条件はカンストさせずに10個以上の職業に転職すること。そして覚えるスキルは、他の職業のスキルをそのまま使える『真似っこ』。あらゆるものを投擲武器として扱える『ジャグリング』。一撃で即死するような攻撃を一度だけ無かったことにする『コミカル・リアクション』。

 どれもこれも非常に有用なスキルだ。


「金が無限に手に入るロスミス終盤なら、持ってる金額全部を投げつけるマネーアタックが有効なんだけどな」

「何すかその成金な攻撃は」

「使った金額と同じ数字のダメージを与えられるからカンストまで稼げばボスも一撃なんだよ」


 さすがにそこまで稼ぐとなるとほぼすべての職業を網羅し、レベルも最大値になっているはずなので普通にボスも倒せるが、手軽に強力な一撃を放てることには変わりなかった。


「ちなみにカナタさんの狙いはどれっすか?」

「真似っこだな。名前はふざけてるけど、魔法使った時に効果が二倍になる」


 マジックアローやファイアボールの数が二倍に増えれば、単純に手数が二倍になる。命中させられれば与えるダメ―ジも二倍だ。

 スキルの多くはリキャストタイムが設定されている。

 再使用できるようになるまで時間がかかるのだが、真似っこは例外だ。


 これを使って、安全圏から敵の数を減らして残りを狩るのがカナタの考えている方法だった。


「まぁ既に斥候はレベル7だし、あと何日かレベル上げすれば——」

「うわっ」

「……どうした?」

「……言い終わる前にっす。特級建築士っすね」


 言いながら、やや引きつった笑みでミカエルが指さした先には、序盤では決して出会うはずのないモンスターが立っていた。

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