第6話 平穏な学校生活の終わり

 翌日。

 さすがに二日連続で学校をサボることはできないのでカナタは渋々自転車を漕いでいた。

 ちなみに夜も朱里の心に入って迷宮ダンジョン攻略をしていたが、よく寝たせいか肉体的にはすっきりしていた。

 

「脳が疲れるとかそういうのはないんかな……」

「大丈夫っすよ。夢を見ると脳は整理されるっす。何より超絶かわいいミカエルちゃんの加護があるんで、ちっとやそっとじゃコワレないっす」

「引っかかる物言いだな」

「そんなことより、返信考えなくて良いっすか?」

「うっ……」


 自転車のカナタに並走する形で空中を飛ぶミカエルが言及するのは、早朝に送られてきた朱里からのメッセージだ。


『今日は勝手に押しかけてごめんなさい』

『ご迷惑をおかけしました』

『意味わからないことを言ってたと思うけれど、自分でもあんまり分かってないの』

『また変な気分になったら相談させてもらえると嬉しいです』

『ちなみに明日の昼頃、二時間くらい仕事の空きがあるんだけど、カナタくんはお昼とか誰かと食べてたりする?』


「どう考えても昼のお誘いだよなぁ」

「まぁ、そうっすね。まだ表層なのに、学内デートにまでこぎつけるなんてさすがっすね! このまま中層・核心と攻略を進めれば身も心もカナタさんにぞっこんになるっすよ!」

「なんでそんな嬉しそうなんだよお前は」

「カナタさんは嬉しくないっすか? 相手は超絶美少女でがっつり稼いでる芸能人っすよ。理想的なヒモ生活が約束されるじゃないっすか!」

「……鬼畜外道か俺は」


 言いながら自転車のまま駐輪場まで乗りつけ、鍵をかける。

 ミカエルに指摘されたので一応メッセージを表示して返信を考えるが、良い案は浮かんできそうになかった。


奏多かなたぁ! お前、メッセ無視しやがったな!」

「げっ、福田か」


 ラインの入ったオシャレボウズにフレームレスの眼鏡を掛けた巨漢がいた。インテリヤクザを目指す不良少年にしか見えないが、カナタのクラスメイトの福田圭一だ。


「さぁ吐け、すぐ吐け、学内どころか日本でもぶっちぎりの美少女、彼女にしたいタレントナンバー1の朱里ちゃんとどんな関係なんだよ!」

「……友達、かな?」

「何で疑問形? ってお前それ……もしかしてなんだが、朱里ちゃんと連絡とってるのか?」

「勝手に見るなよ」

「おい、馬鹿。朱里ちゃんの連絡先ってマジで親しい人にしか渡さないって噂だぞ? クラスメイトはおろか、共演者ですら事務所管理のスマホとしか交換しないって——」

「なんでそんなに詳しいんだよ」

「この学校の非公認ファンクラブ副会長だからに決まってるだろ!?」


 説明になっていなかったが、勢いに気圧されてカナタは納得するしかなかった。

 ストーキング……もとい熱心なファン活動をするものは、公にされていない情報や不確かな噂までもを収集する者も少なくはない。


「しかも誘われて昼飯を一緒に……どうやら命が要らねぇようだな」

「断れってか?」

「朱里ちゃんのお願いを断るとか何様だ? 殺すぞ?」

「お前10秒前の自分の発言覚えてないの?」

「良いからさっさと関係を吐け! そしてあわよくば『圭一君へ』って書かれたサインもらってきてください!」

「欲望ダダモレなのな」

「か、金か!? いくら払えばいい!?」

「ヤク中みたいな発言するじゃん」

「だってあの朱里ちゃんだぞ!?」


 騒がしいクラスメイトとじゃれ合いながらも教室に向かう。


「……まぁ内緒にはしとくけど、まじで気を付けろよ。ガチ恋勢の中には、朱里ちゃんに近づく男は共演者ですら殺したいなんて言う奴もいるくらいだからよ」


 不穏な忠告とともに予鈴が鳴る。


「いやーやっぱり大人気っすねぇ」

「……やっぱり?」

「『救世者メシアの魂』と惹かれあうのは、同じ波動を持った魂か凸凹みたいにカッチリ噛み合う魂っす。朱里ちゃんのは同じ波動っすね」

「朱里が?」

「圧倒的求心力に、見て、声を聴き、あるいは会話をするだけで魂を癒す力。それが『救世者』っす」


 タレントとしての圧倒的人気は、そうやって魂が波動を出していることに起因しているらしい。

 ミカエルによれば朱里はそれでもまだ弱い部類とのことだった。


「力の使い方を分かってないっぽいっすね。まぁ、あと5年もしないうちにある程度扱えるようになるっすよ。その前にきっちりオトして入籍すれば左うちわの勝ち組っすよ!」

「……お前本当に天使だよな?」

「そうっすよ。だから信徒たるカナタさんの幸せを提案してるっす」


 堕天使か悪魔と言われれば信じてしまいそうな発言にめまいを覚えたが、とりあえず朱里のことは後回しだ。

 授業中、ノートの余白を使ってミカエルと筆談、迷宮ダンジョン攻略に必要な情報を引き出していく。

 迷宮内と現実ではミカエルが別なせいか、それとも生来の性格か。

 カナタが訊ねなければミカエルは碌な情報を渡してくれないのだ。授業が退屈なこともあって逐一ちくいち訊ね続け、昼までにはある程度情報を仕入れることができた。

 今は弁当をつつきながら情報を整理し、今後の方針を話し合っていた。昼休みの雑踏に紛れて、小声で会話できるというのもありがたい。


「迷宮には寝てるときの服が適応されるなら、防具はできるだけ自前でそろえて、ハクはできるだけ武器に充てようと思う」

「良いっすね。武器種にこだわりはあるっすか?」

「ないけど、しいて言うならもう少し遠距離から攻撃できるのが良いな……転職は職業レベル20にならないと無理だし、斥候は魔法を覚えないから」

「もうレベル5っすよ? 案外サクッと到達しそうじゃないっすか?」

「レベルが上がるごとに必要経験値は増えるし、何よりゲームと違ってステータスがないからな」


 ゲームのキャラクターのように、「こうげき」コマンドを選べば一切の迷いなく、正確に敵の急所を攻撃できるならばそこまで遠距離攻撃にこだわる必要はない。

 しかし、実際のところカナタの判断で振り下ろす場所が決められることになるし、ゲームのように敵キャラにHPゲージが見えるわけでもない。


「腕が折れても怯まない奴とかいたら怖いしな」

「それは確かにそうっすね……それじゃあ銃とかどうっすか?」

「……そんな武器、ロスミスにあったっけ?」

「なければ作ればいいんすよ。帰りに本屋とかによってサブカルコーナーで銃器の——」


 二人が方針を決めるとほぼ同時、教室内がシンと静まり返った。

 不審に思って顔をあげると、目に怒りを湛えた国民的美少女が教室の戸の前で仁王立ちしていた。


「夢咲・カナタくんは居ますか」

「……やべぇ……メッセージ返すの忘れてた」


 迷宮内とは違う種類の困難が、カナタを待ち受けていた。

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