第4話 ゲームシステム
「次の通路を右、10歩進んだら敵がいるからもう一度全力で振り下ろすっす。今度は逃げずに倒すつもりで、敵が消えるまで攻撃し続けるっすよ」
現れたのはゴブリンだった。
湿り気を感じさせる緑の肌に茶色く汚れた乱杭歯の目立つ、小学生くらいの体格をした小鬼だ。
通路を曲がってすぐに走り込み、剣を振り下ろす。
斜めに振り下ろされた剣が、がぎんと嫌な音を音を立ててゴブリンの角をへし折った。
「ゲギャッ!?」
不意打ちを食らったゴブリンが悲鳴とも怒声ともつかぬ鳴き声を上げるが、カナタはそれを耳に入れることすらしない。歯を食いしばり、両脚で踏ん張って剣を振るった。
ゴブリンも必死に応戦していたが、矮躯に加え装備が短剣だったこともあり、カナタの剣に滅多打ちにされて消滅した。
は、は、は、と短く弾んだ呼吸を響かせたカナタに、経験値が吸い込まれていく。
「職業レベルアップっすね」
「いくら基礎職とはいえ、早すぎないか?」
「ゲームになぞらえてるだけで、実際は悪霊が内包していたエネルギーっすからね。経験値量まではゲーム通りにならないっす」
「そういうもんか……ちなみにステータスとかって」
「さすがにこれ以上いじるとなると、制限されまくりの分体じゃキツいですし、身体能力も数値化するのはかなり無理があるっす」
「どういうことだ?」
「態勢や力の入れ具合、疲労度合いやら環境でも細かく変化するんで数値化できないってことっすよ」
もっともな話だ。
ゲームでは分かりやすく定量化するために数字になっているが、現実では100メートル走を何度か走れば、毎回タイムは少しずつ変わる。それを表現するのが難しいという話だった。
「口頭で覚えたスキルだけ伝えるんで勘弁してほしいっす」
「わかった」
「ちなみに斥候レベル2で覚えたのは『奇襲』っすね」
「クリティカル補正か……実際に意味あるのかそれ」
「使ってみないと分からないっすね。自分は攻略本を流用しただけで、どういう風に適応されるかまで設計したわけじゃないっすもん」
呼吸が安定してきたカナタは、次の戦闘で使ってみることを心に決めながら歩き出した。
「人のこころは表層・中層・核心の三つに分かれてるっす。オニギリで例えるなら海苔と米と具材っすね」
「ずいぶん酷い例え方だな。『救世者の欠片』だっけ? 探してるものはどこにあるんだ? しらみつぶしにするのか?」
「基本的に魂の核に惹かれるはずなので、核心を目指せばいいっすよ」
「ゲームで言う、下の階層って感じか。階段でもあるのか?」
「んー……おそらくっすけど、心の中に残った記憶か何かが鍵になってるはずっすよ。ゲームで言うとチェックポイントっすね」
ちなみに、とミカエルは笑みにいたずらっぽい雰囲気を滲ませる。
「攻略が進むと対象者とのこころの距離が縮まるっすよ」
「……?」
「リアルでは何もしてないのに高感度があがるってことっすよ」
って言われてもなぁ。
どこの誰かも分からないのに好感度があがってもしょうがない気がする。
年齢や地域どころか、性別すら分からないからなぁ。
「対象者と現実で会ったらこっそり教えるっす。大チャンスっすよ!」
「そもそも男か女かも分からないのに何のチャンスだよ」
「甘いっす! 時代はジェンダーレス! 男の子だっていいじゃないっすか!」
「他人の趣味に口出しはしないが俺が好きなのは女子だよ」
「オトコノコっすねぇ……じゃあ対象者が可愛い女子だったら教えるっす」
「いや、別に——」
「オトコノコといえば、装備とかどうします?」
「装備?」
「カナタさん向けにざっくり説明するなら、モンスターを倒した時に自動でお金的なサムシングが手に入るっす。それで買えます」
「アバウトすぎないか……?」
「分解した悪霊の魂魄のうち、位階上昇のために使う魂を差っ引いて残った魄で霊的な加工を施して——」
「……俺が悪かったです……」
「とりあえず装備のスペックと残高が確認できれば充分っすよね」
指先から光を出したミカエル。
オーロラのように揺らいだ光がタブレットを形作る。
「ぞ、俗物的な……」
「分かりにくい方が良いっすか? 天使言語で書かれた羊皮紙の書とか」
「文明の利器最高」
受け取って中身を見れば、武器や防具が様々なカテゴリーに分かれていた。左上に小さく220と書かれているのが残高だろうか。
「……ほとんど買えねぇ」
「まぁ雑魚をちょろっと狩っただけっすからね。ガンガン買って、良い装備にしていきましょ」
「だな」
ゲームになぞらえた世界はカナタにとってかなり気安いものだった。
護心の指輪によって
「わくわくしてるっすか?」
「……正直、ちょっと」
「いいじゃないっすか。最悪の未来を回避するためにもやらざるを得ないっすし、折角なら楽しんだ方が得っすよ!」
そういうもんか、と納得したカナタに、ミカエルから次の指示が飛んだ。
ゴブリンに
さらにいえば、奇襲スキルが優秀だった。
正面から相対しているにも関わらず、モンスターは初撃を当てられるまでカナタの存在をないものとして扱っていたのだ。
ミカエル曰く、高レベルのモンスターになればまた話は変わるそうだが、少なくとも表層の周辺領域にいるモンスター相手ならば確実に一撃を入れることが出来ると言うのは大きなアドバンテージだ。
「うまいこと行けば一撃で倒せるしな」
スライムのように弱点が小さいモンスターよりも、コボルトの頭部のようなある程度のサイズ感があるものの方が楽だった。
「ちなみに、何か道場とか通った方が良いか?」
「んー、入っても良いとは思うっすけど、そんなことする暇があるなら回数潜った方がいいっすよ」
ピッと指を立て、もっともらしい顔で頷く。
「今のうちにがっつりレベル上げて、スキルとレベルでゴリ押しするのが一番っす」
「身も蓋もないな」
「達人級になれば別ですし、ないよりはあった方がいいっすけどね~。効率を考えるとごり押しが一番っす」
そこまで話したところでミカエルが顔を上げた。
「……現実世界で誰か来たっすね」
「えっ」
「現実のカナタさんはベッドの上っすから。加護で守ってはいるっすけど、何かあった時のために分体が見守ってるっすよ」
「本当に複数いるんだな」
「あー……宗教じゃなさそうっすね。カナタさんの学校の制服着た子っすよ」
「ちなみに時間は?」
「今は夕方の四時半くらいっす」
「放課後、か……そういや連絡忘れてたし、福田辺りがプリントとか届けるがてら様子見にきたかな」
クラスメイトの顔を想像したカナタは、起きて対応することを決意した。
「ちなみに迷宮から脱出する方法は?」
「一番楽なのは死ぬことっすね」
「絶対却下だ!」
「それなら、これっす」
取り出したのは、カナタを夢の中にいざなった時と同じピコピコハンマーだ。
「待て、それで殴られた時オモチャとは思えない衝撃が——」
「
掛け声とともにぴこっと殴られ、カナタは瞬時に意識を手放した。
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「南無三は宗教的におかしいだろッ!?」
ベッドから跳び起きたカナタだったが、今までのような不快感や、猛烈な恐怖はやってこなかった。
死んでいないのだから当然ではあるが、そのことに安堵する。スマホを見れば不在着信やメッセージがいくつも入っていた。多くは仲のいい福田のものだが、いくつか別のクラスメイトのものまで紛れていた。
「……連絡入れるの忘れてたし心配かけたかな」
「まぁ次回から気を付ければ大丈夫っすよ。それより、来てくれた子が帰っちゃいそうなんで急いだほうがいいっすよ」
「分かった」
たたっと駆け出し、玄関に向かう。
学校をサボった言い訳は後で考える、と決めてドアを開けると、そこには見知らぬ少女の後ろ姿があった。
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