第3話 サブカル系天使の加護
「『今からまた迷宮いくっす』とか気軽に言うけど、めちゃくちゃ怖いんだぞ!?」
「わかってるっすよ。でもあそこで魂の位階をあげないことにはどうしようもないっす」
あっけらかんと告げるミカエルだが、ぽんと手を打った。
「そういや現状だと迷宮入りしただけで
「待て何でお前そんなサブカル用語知ってるんだ」
「しょうがないっすね……何か良いものは、と」
マイペースに部屋の中を見回したミカエルは、小型モニターの近くに転がっているゲームの攻略本に手を伸ばす。ロスト・ミソロジー・スフィアと印字された辞典のような厚さの攻略本だった。
「これ、詳しいっすか?」
「まぁそれなりには」
「じゃあこれで良いっす」
瞬間、ミカエルの手にあった攻略本が青白い炎を上げて燃えた。唐突な現象に声すら出せなかったカナタをよそに、ミカエルは灰の中から何かを摘まみ上げた。
「……指輪?」
「攻略本の情報を自分の加護で固めて作った神器、名付けて”
「……えっと、つまり……?」
「SAN値を守るSSRランクのアイテムっす」
「だから何でそんなサブカルに詳しいんだよ……」
良いから、と促されて指輪を嵌めたカナタはベッドに寝転ぶ。
「ほ、本当に大丈夫なんだろうな!?」
「今朝の予知は当たったっす。超絶ぷりちーなミカちゃんを信じるっすよ」
「……って言われても、寝れる気がしないんだが」
「仕方ないっすねぇ」
ミカエルは懐を漁り、プラスチック製のハンマーを取り出した。黄色の柄に、蛇腹になった赤のヘッドはいわゆるピコピコハンマーと呼ばれるものだ。
「今から意識とばすっすから覚悟するっすよ」
「そんなもので意識を飛ばせるわけ——」
ミカエルがカナタの頭を叩く。ぴこっ、と間抜けな音が響くと同時、カナタは意識を失った。
————————
——————
————
——
「……夢の中、か」
「護身の指輪の効果はどうっすか?」
「気持ち悪くないし、変な圧迫感もないな……っていうかもうまったく別の世界にしか見えないんだけど」
夢——つまりは人のこころが作り出した迷宮の中、カナタは納得いかなそうな表情で辺りを見回していた。
レンガ造りの通路がでたらめに続く地下道は、何かが出てきそうな不気味さこそあるものの前回のような理解不能な恐怖はない。
さらに言えば、先ほど燃やされた攻略本で扱われているゲーム——そのチュートリアルダンジョンがまったく同じ色味のレンガ作りの通路なのだ。
服装こそ学生服にいつもの通学鞄というものだったが、腰にはゲーム主人公の初期装備と同じ『どうのつるぎ』が提げられていた。
「イチから説明するのは効率的じゃないので、だいたいゲームの内容と合わせて整合性とれるようにしたっす」
「……改めてすごいな」
「これでも上位天使っすからね。当面はこの
「分かった」
「迷宮内に迷い込んだ怪異や悪霊たちも護身の指輪のお陰でゲームのモンスターに置き換えられてるはずっすから、気楽に戦うっすよ」
「……戦えるかな」
「考えるより身体動かした方が良いっすよ。15秒後、通路奥から敵が来るっす」
慌てて銅の剣を抜き放ち、両手で構える。
「初期スキルは何っすか?」
「あっ……」
ロスト・ミソロジー・スフィア——通称ロスミスはハック&スラッシュ型のゲームだ。
種族や性格、容姿を選択することで職業がランダム選択されるところから始まるのだが、各職業には初期スキルが存在していた
「……斥候」
「ずいぶん渋い表情してるっすね。ハズレ職業っすか?」
「素早さ重視の前衛だから悪かないけど、初期スキルは鍵開けだ」
徒手空拳で格闘技はおろか、喧嘩すら碌に経験のないカナタにとって、初期スキルは命綱だった。
しかし、どう考えても戦闘向きではないスキルになったことを嘆いている暇はなかった
通路奥から、ロスミスのチュートリアルモンスターが出てきたのだ。
「スライム、か」
ヘドロ色をした不定形の粘液がずるずると地面を這っていた。ロスミスの設定では攻撃力も知能も低く、迷宮内を適当にさまよって死体掃除を担うとされているモンスターだ。
中央に浮かんだ握りこぶし大の核が弱点のはずである。
汗ばむ手でぎゅっ、と剣を握り込んだカナタだが、不意に足元の鞄に目を向ける。
「……ゲームの通りなら」
鞄を開け、中に入っていた弁当から冷凍唐揚げを一つ投げる。
——ぶぢゅるぅっ!
粘度の高い水音を響かせ、スライムは唐揚げに飛びついた。そのまま身体の中に取り込み、ぷくぷくと泡を出しながら消化し始める。
「よしっ」
唐揚げの消化にかかりきりな様子を見てガッツポーズを一つ。
銅の剣を両手で持つと思い切り振り上げた。大上段から振り下ろした剣がスライムの身体を叩き斬る。
ズレていたせいで核を両断することはできなかったものの、一目でわかるほどのひびが入った。
顔をひきつらせたカナタは二度、三度と剣を振るう。スライムは自分が攻撃されていることにすら気付いていないのか、唐揚げをぶくぶくと消化しながら核を砕かれた。
粘液が床に広がり、そのまましゅわしゅわと細かな気泡になって蒸発していく。
同時に砕けた核からキラキラした何かが空中に飛び出し、カナタの身体に吸い込まれていく。
「……もしかして、経験値か?」
「護心の指輪のお陰で、討伐した悪霊の魂魄がそういう形で見えるっぽいですね」
「……魂魄?」
「説明してる暇はないっす。ほら、どんどん来るっすよ」
「いいっ!? 今倒したばっかだぞ!?」
「ゲームの設定がベースになってはいるっすけど、ゲームみたいに『主人公をエンディングに導こう』なんて設計にはなってないっすから」
下手をすればラスボスや隠しボスクラスの強敵とひょっこり邂逅することもある。
そう聞いたカナタは顔色を青くしたが、ミカエルはいつも通りに穏やかな笑みを返すだけだ。
「大丈夫っすよ。強い怪異や悪霊なら心の奥まで入れるっすから、
「だ、だよな……」
「まぁ数はお察しっすけど」
「フォローしたいのか地獄に突き落としたいのかハッキリしてくれ」
「じゃあフォローするっす。弁当を思い切り正面に投げて、右の壁にくっつくっすよ」
意図を聞くまでもなくカナタは従った。
同時、通路奥から現れた数匹のスライムが弁当へと殺到し、一緒に姿を見せた犬頭の怪物達が鼻をひくひくさせた。スライムが重なっているせいで正確な数は不明だが、少なくとも10匹近くはいるモンスターの群れだった。
「コボルト……!」
「深呼吸して、3秒数えてから一番近くのコボルトの頭を剣で叩き割るっす。当たっても外れてもすぐに全力ダッシュ。剣は絶対に手放さないでほしいっす」
言われて深呼吸を一回。
同時にカナタは覚悟を決めた。
「アアアアアッ!」
剣道で見られる猿叫にも近い怒声とともにコボルトに剣を叩きつける。剣筋を無視した一撃は斬撃と呼ぶにはあまりにも稚拙なものだったが、銅製の剣はそのまま金属の塊として、鈍器の役割を果たした。
猿叫のせいで身をよじったコボルトの肩が砕ける。
「逃げる! いますぐ!」
倒すことはできなかったものの、言われた通りに踵を返した。スライムたちは弁当に夢中、コボルトの群れも突然の奇襲に戸惑っていたのであっさりと距離が開いていく。
呼吸を弾ませながら進み、止まって良いものかとミカエルに視線を向けたカナタに、次の指示が飛んだ。
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