39-12 決行 行く先の転生者

 息子とその暫定婚約者の様子を眺めていたヴィクトルが、微かに微笑みながら目を細める。

 

「フェリクスよ、己を顧みるのは後でも出来る」

「……はい、父上」


 フェリクスはうなだれたまま力なく答えた。ヴィクトルはふむと鼻を鳴らし、医務室の中をぐるりと見渡す。


「今はこの局面を打開せねばならぬぞ。ソフィアとヴォルフが来るまでに、次の一手を定めねば」

「……恐れながら、陛下」


 机の脇に控えていたルナが、胸に手を当て頭を下げながら一歩前に出る。


「このシュタインハルト、陛下にお尋ねしたいことがございます」

「うむ、申してみよ」

「ありがとう存じます」


 頭を下げたまま、ルナは横目にフェリクスを、アンジェをじっと見た。特にアンジェの方を長く見てきたので、アンジェも視線を国王に移す。ルナは口の端を軽く上げると、コホン、と咳払いをした。


「陛下に転生の知識をもたらした者について、ご開示いただきたく存じます」

「あー……うむ」


 ヴィクトルは間延びした声を出し、ルナから視線を逸らす。先ほどまでの炯眼はどこへやら、視点は定まらずにあさってのほうをうろうろし、何か言いたそうに僅かに口を開く。


「その……何だ。アレだ」

「陛下。私に前世の記憶がありますのは、そこなアンジェリークがお伝えした通りです。私も彼女と同じ、物語の中のフェアウェルを見ました。その中で私は、主人公に情報を与え道を指し示す、案内人のような役割を担っていました」

「……ほう」

「ですから、この世界に転生してきた者は、まず私に声をかけてくるのです。ルネティオットなら何か知っているかもしれないと……まだ両手で数えらえるほどではありますが、何人か心当たりがございます」

「えっ、更に他にも転生者がいらっしゃるの!?」

「……いつか言っただろ。転生してくるとみんなまず私に声をかけて来るって」


 ルナは声を上げてしまったアンジェの方を見てニヤリと笑う。


「そんな……そういうことはもっと早く仰って下さる!?」

「言ってどうにもならんよ。俺たちとは何の接点もないし、普通に平民として暮らしてる、モブですらないような人ばっかりだぜ?」

「でも……」

「まあ聞いてろよ」


 ルナはアンジェの肩をポンポンと叩くと、やりとりをじっと観察していたヴィクトルに頭を下げた。


「失礼いたしました……お聞きの通り、転生者で物語の登場人物となれる者は稀です。大体が一介の市井として生まれ、己の領分でつつましやかに暮らしておられます」

「……うむ」

「よろしいですか、陛下。彼らはみな市井なのです。陛下に謁見も叶わぬ、平民の者たちがほとんどです。私の覚えている限り、前世の記憶があり陛下に謁見できるような者はごく僅か……私と、アンジェリークと、あともう二人。その二人が陛下に前世のことをお話になるのであれば、おそらく事前に私に相談するでしょう。……私には、誰が陛下に上奏したのか、心当たりがないのです」

「……うむ」


 国王はルナと目線を合わせないまま頷く。アンジェは思い切り顔をしかめ、ヴィクトルを、傍らのフェリクスをちらりと見る。

 

(……イザベラ様と、ローゼンタール先生のことね……)

(他にも転生者が何人かいるって……)

(その中に、もしかして、凛子ちゃんがいる……?)

(いいえ、ユウトさんなら凛子ちゃんに気が付くはずだわ……)


「陛下」


 どこか面白がるような口調で、ルナは国王に呼び掛ける。

 

「私の前世は男だったのです。それも相当の色男でした。売り物の服を着たところをシャシン……絵姿に描かせるような仕事でしたから、見目麗しい男でないと務まりません。私が声をかければ十人でも二十人でも簡単に女が集まり……よくそれで女を侍らせて遊んでは、妻に叱られたものです」

「……なんと」

「ゆ、ユウトさん!? そうでしたの!?」

「アンジェリークの前世のような、妻の友人には手を出さないと自分なりに決めていましたがね」


 ギョッとしたアンジェを見て、ルナはニヤニヤと笑う。フェリクスは首を傾げながら少女剣士をじっと見ている。ヴィクトルは目線を逸らしたまま気難しそうに唇を歪めている。


「その私が、陛下にお尋ね申し上げます。……妃殿下がお越しになる前の方が良いでしょう」


 伊達眼鏡の奥で、グレーの瞳がきらりと光った。


「……愛妾ですか、隠し子ですか」

「……えっ?」


 声に出してしまったアンジェを、ヴィクトルは一瞬恨めしそうに睨み──右手で顔を覆い、ため息をついた。


「……隠し子だ」

「……えっ!?」


 今度はフェリクスが声を上げてしまう。


「ちっ、父上、その転生した者というのは、あっ兄上ということなのですか!?」

「……違う」

「でっ、ですがっ、兄上のほかに僕に兄弟などおりません!」

「……少し黙ってくれ、フェリクス」


 ヴィクトルは両手で顔を覆うと盛大にため息をついた。


「ソフィアには言うてくれるな……あれと婚約するよりも前のことなのだ、時効だ、時効」

「左様であらせられましたか」


 ルナは言いながら肩が震えてしまっている。


「父上どういうことなのですか!? 正しく説明してください!」

「……フェリクス。我が息子よ。我が息子にして義に篤く一途な愛を重んじる、清らかなりし我が息子よ」


 動揺するフェリクスに、ヴィクトルは恨めしそうな口調で語りかけた。


「そなたの母后たるソフィアと婚約する前のことなのだ……くれぐれもソフィアに言うてくれるなよ」

「ですが、父上!」

「そなたとクラウスの姉に当たるが、アシュフォードの姓は与えておらぬ、あれの母が辞退したからな。首都セレニアスタードにもおらぬ、のどかな領地で侯爵令嬢ととして気ままに暮らしておるわ」

「侯爵令嬢であらせられましたか」

「僕に……姉上が……」


 フェリクスは茫然とした顔を隠しもせずによろめき、アンジェが座る椅子に縋った。アンジェはギョッとして立ち上がり、フェリクスの身体を支えてやる。


「アンジェ……アンジェ……今日はなんという日だろう……恐ろしい謀略の話を聞いたばかりだと言うに、僕に姉上までいるだなんて……」

「フェリクス様、お気を確かに、わたくしがおりますわ」

「ああ、そうだね、アンジェ……君はいつだって僕のそばにいて僕を支えてくれる」

「ああ、もう、フェリクス様、おかけになって」


 アンジェはよろめくフェリクスを自分が座っていた椅子に座らせてやった。フェリクスは座りながらアンジェの手を取り、腰に手を回してがっしと抱き寄せる。


「お願いだ、アンジェ、しばらくこうさせてくれ……でないと僕は耐えられない」

「ええ、ええ、仰せの通りにいたしますわ、お気を確かに……ちょっと、ルナ」


 アンジェはフェリクスの肩に手を添えながら、ぎっと親友を睨む。


「なんてことを仰いますの!? 心当たりがあったのならもっと時と場合を選んでちょうだい!」

「時と場合ねえ」


 ルナはニヤニヤ笑いながら肩をすくめて見せる。


「陛下。アンジェリークも、まだまだ実戦の経験が必要ですな」

「うむ……」


 ヴィクトルは呻き、顔を覆っていた手をのろのろと降ろした。


「さすがシュタインハルトの孫娘よ……しかし、どうやって言い出すかのう」

「御身のお覚悟を決めるしかありますまい。ご婚約の前ということであるならば、妃殿下のお心もさほど乱れはしないでしょう」

「……ルナ、何の話をしているの?」


 フェリクスに抱き寄せられたまま顔をしかめたアンジェを見て、ルナはクックッと笑う。


「いかな私でも、この緊急事態に興味本位でこんなことを陛下にお尋ねしたりしないさ。アカデミーを脱出した後の避難先の候補だよ」

「えっ」

「セルヴェール公爵家か、私のシュタインハルト伯爵家か……そのあたりは王族の避難先として誰もが真っ先に思いつきそうなところだろう。避難するつもりで行った先に待ち伏せされて袋のネズミ、なんてことになったら目も当てられんぞ」

「左様。しかしのう……ソフィアがのう……」

「言い分はご自分でご用意されよ、陛下」

「うむ……」


 先ほどのまでの威厳はどこへやら、ヴィクトルはしかめ面で自分の頬を搔いている。


「あとはまあ、子リスとエリオット少年がいたシルバーヴェイルか? その侯爵家がどのあたりか知らないが、王家との関係性が薄ければ薄いほどいい」

「ルネティオット……」


 フェリクスがアンジェを抱き寄せながら、独り言のように呟いた。


「君はいつも飄々としているが……こんなにも君のことが頼もしいと思ったのは、生まれて初めてのことだよ」

「まったくもって同感ですわ……」

「はは、そいつは光栄だな」


 ルナは目を細め、楽しそうな笑い声を上げたのだった。

 


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