37-11 君を見ている 罪を焼く業火③

 面差しを鋭くしたソフィアの横顔は凛としていて美しい、とこんな時なのに思ってしまう。


「ねえ……ヴィー……教えてちょうだい」

「何かしら、可愛いソフィ」


 オリヴィアはマラキオンの後ろで首を傾げ、自分の頬を撫でながら嫣然と微笑んで見せた。マラキオンが片眉を上げ、面白がっている顔でソフィアとオリヴィアを見比べる。クラウスは隙が生まれやしないかと踠いたが、首に食い込む力を強められて呻く。


「貴女達は……ヴィーとその変な人は、リンコをどうするつもりなの? どうしてクラウスに酷いことをするの?」


 オリヴィアは問いには答えずに顔をしかめ、頬に当てていた指先をくるくると回す。ソフィアは顔を歪め、身体がぐらついたが、若き王妃は頭を垂れなかった。マラキオンが身体の向きを変えたので、クラウスからも二人がよく見える──ソフィアの背が、布越しに何かが光ってるのが見て取れる。


「ソ……フィ……」

「お願い、答えて、ヴィー」


 ソフィアは下腹に手を当て、泣きそうな顔で訴える。


「……可愛いソフィア。わたくしは、いつだって貴女の味方よ」

「ええ……私も、そうだと思いたいわ」

「クラウスは、わたくしがやや子を殺そうとしていると早合点してしまったの……つわりの重い貴女に障りがあってはいけないから、きつく折檻したまでよ」

「……これが」


 ソフィアは目を見開き、唇を戦慄かせながら吊り上げられたクラウスを見た。


「折檻なわけないでしょう! こんなの酷いわ、拷問だわ! 勘違いならそう言えばいいだけじゃない、クラウスを離して! でないと言うことは聞けないわ!」

「ソフィ、落ち着いて」

「落ち着けるものですか! クラウスを離し……う……」

「ソフィ!」


 王妃の語気は、呻き声に奪われて萎んでいく。クラウスは叫ぶ、オリヴィアはわざとらしくため息をつき、ゆっくりとベッドに歩み寄った。


「ほら、無理をするからよ」

「クラウスを……離して……」


 下腹を押さえ、青ざめた顔に脂汗をかきながら、ソフィアはオリヴィアを睨む。


「この子が……リンコが必要なんでしょう? クラウスを離さないなら、私、舌を噛んで死んでやるわ」

「……その程度で人は死なないし、死ぬ前に魔法で治してしまうわよ」

「じゃあ何だっていいわ! そこから飛び降りるのだって、その辺で首を吊るのだって、何だって死んでやるんだから! とにかくクラウスを離して!」

「……申し訳ありません、マラキオン様。この子も躾が足りないようです」


 オリヴィアが面倒くさそうに顔をしかめると、マラキオンはクックッと肩を揺らした。


「よい声で啼いているではないか。痛めつけ怯えさせるだけが躾ではないぞ」

「ええ、そうなのですけれど」

「そう苛つくな。若造一匹増えたところでどうということもあるまい。此奴も己の力量不足は十分理解しているであろう」


 マラキオンもベッドまで歩み寄ると、太い腕を、その手に掴むクラウスを高々と掲げる、そのままぱっと手を離す。クラウスはちょうどベッドの縁に落下し、背中と腰を打ち付けて呻いた。ソフィアがベッドの上を四つん這いに移動して、クラウスの顔面にがばりと覆いかぶさった。


「クラウス!」


 ああ、ソフィ。

 僕のために、怒って……泣いてくれたの。


「ソフィ……」

「クラウス、クラウス、クラウス、大丈夫!? 痛かったでしょう!?」


 ソフィアが自分の服をぐいぐいと引っ張るので、クラウスはベッドの上に這い上がった。ソフィアは涙を拭いもせずにクラウスの胸のあたりにしがみつく。良かった、ソフィ、やっと触れることが出来た、ソフィ。父上、貴方はまた肝心な時に傍にいないのですね。生まれてしまった優越感を打ち消すようにクラウスは首を振る。


「ソフィ……大丈夫?」

「私は大丈夫よ、クラウス……ずっと貴方と話したかったの、私」

「ソフィ……」


 ソフィアが自分を揺さぶるたびにあちこちが痛む。クラウスは呻きながら自分に治癒魔法をかける。


「あのね、ヴィクトルが貴方に何か言ったんじゃないかと思って……でもね、クラウス、貴方は悪くないのよ、私が全部悪いの、何か言ったなら私が言い返してやるわ」


 自分の胸元辺りを握り締める細い手が、うなだれた首筋が、小刻みに震えている。


「この子はきっと貴方の子なの、それをね、伝えたくて、でも、あのね、それで、あの、クラウス……私、この子のこと、大切にするから、ヴィクトルが何を言っても、絶対、絶対……だから……お願い……」


 ソフィアは泣きそうで、必死で、幼い頃の自分のようだ。


「嫌いにならないで……」

「ソフィ……」


 クラウスの目頭が熱くなる。血の味がする喉の奥がずきりと痛い。


「嫌いになんかならないよ、ソフィ、絶対に」

「……本当?」

「……うん。どこにいても、何があっても、絶対、ソフィアのことを想うよ」


 クラウスはおそるおそる、まだ軋む腕でソフィアの肩を抱く。肌が予想よりも冷たくてぎくりとすると、ソフィアが胸元に頬を寄せた。


「嬉しい……」

「ソフィ……」

「さて、すぐにでも乳繰り合いたいところであろうが」


 二人が手を重ねたのを見計らってか、マラキオンがニヤニヤしながら口を挟んできた。


「先に凛子を貰い受けよう。その後で存分にまぐわうが良い」




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