33-6 共に過ごした日々 一生推す


 祥子は酒に強い方だったが、飲むと上機嫌になりひたすら喋りまくる性質だった。


「もうね、本当、フェリ様の顔面がいいでしょ? そのお兄さんだからクラウス先生の顔面もいいでしょ? いい顔面といい顔面が並んだらもう、拝むしかなくない?」

「あはは、そうだねえ」


 ロゼワインを片手に、カフェバーの一席で祥子は心の赴くままに自分の想いを吐露しまくる。


「別に初見ってわけじゃないよ? 何回見ても、全部覚えててもやっぱりまたやりたくなっちゃうんだもん、それでクラウス先生ルートだとショタフェリ様が出てくるでしょ? もう本当、天使かなと思う可愛さで、一億回は保存してスマホの容量が爆発したよね」

「祥子ちゃん、ずーっと『セレネ・フェアウェル』好きだよね」

「うん、だって、フェリ様は一生推すもん」

「一生かあ」

「そう、一生。一億と二千年後に生まれ変わっても! どれだけ過疎になっても私は推す!」


 クスクスクス、と蕩けた表情で笑う祥子を見て、対面に座る凛子はスパークリングワインを含みながら目を細める。


「そんなにハマってくれるとは、勧めた甲斐があったなあ」

「ほんとありがとうね凛子ちゃん、人生を変える出会いってあるんだなって思った」

「クーデターのあたりって、文化祭の後だったっけ? 割と終盤だよね」

「うん、そう」


 祥子はグラスをテーブルに置きながら、かくりと舟を漕ぐように頷いた。


「ショタフェリ様とクラウス先生が絵本を読んでるスチルがあるじゃん? その時のフェリ様がもう天使かなと思う可愛さでさ。罪を犯した母違いの兄を、許しちゃうフェリ様の懐の広さがさ、絵本を読んでもらったショタフェリ様の原体験から来てるのかなって思うと、いろんな可能性を見出して滾るよね、シブの検索がはかどるよね」

「クラ×フェリで検索してるの?」

「クラ×フェリもいいけど、フェリ×クラもいいよね、選べないよリバーシブルだよどっちもとっても美味しいよ……!」

「へえー」


 店内にかかるボサノバの音楽がけだるげにあたりに漂っているようだ。安藤祥子はふふふふ、と笑うと、椅子の背もたれにもたれかかり、対面の凛子をまじまじと眺めた。


「凛子ちゃん、ありがとう、聞いてくれて」

「急になあに?」


 凛子は微笑みながら足を組み直す。ふわふわしたシフォンのスカートが、その動きに合わせてふわりと揺れた。


「凛子ちゃんが友達でいてくれてよかったなーって」

「……さてはマサくんと別れたな?」

「…………なんで分かるのぉ」


 ニコニコしている顔のまま、祥子の頬をぽろりと涙が零れ落ちる。祥子が指先で目尻を拭う様を、凛子はじっと見つめている。


「分かるよ。何年友達やってると思ってるの」

「……二十代の子に告白されたから、そっちに乗り換えるんだってぇ」

「ハァ!? 何それ!!!!! ひっど!!!!! えっぐ!!!!!!!」

「もう、それ聞いた瞬間にサーッと冷めちゃったからいいんだけどさ。だからって傷つかないわけじゃないっていうか」

「当たり前だよ! 祥子ちゃん何も悪くないじゃん! マサキ最低ブロックしよ! 最っ低!!!!!」

「ほんとだよね……」


 凛子はスマホを取り出すといくつか操作をする。用事が完了したのか、スマホを両手で覆うようにして自分の膝の上に置くと、深々とため息をつきながらうなだれた。


「悪くないと思ってたんだけどなあ、マサキ……祥子ちゃんが一番に決まってるじゃん……」

「なんでこうなっちゃうんだろうね、私」

「祥子ちゃんは悪くないよ!」


 身を乗り出した凛子に、祥子はありがと、と力なく笑う。


「……あーあ、フェリ様みたいに一途なスパダリはこの次元には存在してないのかなあ」

「でもフェリクスも婚約破棄してるけどね」

「あー、なんだっけ、悪役令嬢……アンジェリークだっけ。今だけはあの子に同情できるなー。長く付き合ってたのにポッと出の聖女に略奪されるとか」

「あーいたねえ、そんなキャラも……確かにその子の目線からだったらそうなるね」

「でも、フェリ様だから許す!!! だってフェリ様だから~!!!!!!」


 祥子はロゼワインのグラスを掲げると、残っていた淡いピンク色の液体をごくごくと乱暴に飲み干した。


「ちょ、祥子ちゃん!? 無理しないで!?」

「へーきへーき! 今日は飲む! 久々に凛子ちゃんに会えたしフェリ様のこといっぱい語る!」

「もー、悪酔いしないでよぉ?」

「へぇーき! 凛子ちゃん大好き! 結婚しよ! 私にはフェリ様と凛子ちゃんがいればいい!」


 凛子がほんの少しだけ目を見開く。


「……私も、祥子ちゃんがいればいいよ」

「ほんとぉー? 両想いだねえー!!! 乾杯しよ! ……て、空だった!」

「お代わりする前にチェイサーかソフトドリンクにしな? 急ピッチで飲むと二日酔い残るよ」

「えー、じゃあノンアルにする」

「……ねえ、祥子ちゃん」

「なあに、凛子ちゃん」

「あのさ」


 シフォンスカートの上で、ネイルはしていないが丁寧に手入れされた手がきつく握りしめられる。


「その……ほんとに……」


 酒のせいで頬が赤らんだ祥子が、蕩けた眼差しでじっと凛子を見ている。凛子はそれを真正面から見つめ返してしまい、言葉に詰まり、それから俯いた。


「……凛子ちゃん?」

「……ほんとに、『セレネ・フェアウェル』の中に入れるとしたら、どのキャラになる?」

「何それ、急に……転生するってこと?」

「なんでもいいよ」

「そりゃあやっぱり、リリアンでしょ! フェリ様とラッブラブになって結婚できるもん!」

「……そうだよね。フェリ様、顔も中身もスパダリだもんね」

「でしょぉ~。マサなんか目じゃないよね!!!」

「そうだねぇ」


 無邪気に笑う祥子を見て、凛子は痛みを隠しているかのような曖昧な微笑みを浮かべていた。






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