28-2 文化祭に向けて 姫抱っこと鮮烈
あくる日の放課後、エリオットのサッカー部が休みの日、アンジェ、リリアン、ルナが屋外競技コートに集まった。数日前に雪が降ったので芝生のコートは全体的に湿っぽく、吹く風も身体の芯が凍るかと思うほど冷たい。アンジェはジャージの上にコート、リリアンはコートの下に何か着込んでいるようでもこもこに膨れ上がり、ルナは何故か道場で着ていた袴姿でやって来た。対するエリオットはジャージの上にハーフコートという出で立ちだった。
「さて、どうやって教えたらいいスかね。んでなんでシュタインハルトパイセンまでいるんスかね」
「私もご教授願いたいからに決まっているだろう、少年」
「別にいいっスけど……」
エリオットは少し照れたような顔をし、ルナがクックッと楽しそうに笑い声を上げる。
「この前のおんぶ戦法はなかなかどうしていい作戦だったじゃないか、どっちが考えたんだ?」
「あ、それは私です」
「ほう、子リスだったか。意外だな」
「はい、冬至祭の時は、ヘレニア様が助けて下さってたんですけど……もしそうじゃなかったら、向こうからも攻撃してくるだろうから、逃げなきゃなって思って……最初は私もライトニングダッシュをやってみようと思ったんですけど、全然ダメだったんです」
リリアンはアンジェの手を離し、頬を軽くかきながらえへへと笑った。
「もともと運動がある程度できないと使えないみたいで……身体が空中でぐるぐる回ってもみくちゃになるだけでした。それなら、リオに運んでもらったらいいんじゃないかなって」
「まあ……適性のようなものがあるんですのね」
「そうみたいです。私は前の抱っこが良かったんですけど」
「バーカ、姫抱っこなんかしてたら五分もしないでお前落として終わりだよ」
「でもそっちの方がかっこいいもん!」
「うるせーバカリコ」
「それは何か、事前に調べたら分かるものなのかしら? 水に葉っぱを浮かべたコップに手をかざしたりとか……」
「葉っぱ?」
「コップ?」
「みッ」
ルナが盛大に吹き出し、意味の分からないリリアンとエリオットは首を傾げる。
「何スかそれ、葉っぱで分かったら苦労しないっスよ。実際に魔法を使ってみないと」
「だとよ、アンジェ。自分のオーラが何なのかはそう簡単には知れないらしい」
「残念ですわね」
笑いっぱなしのルナに首を傾げつつ、エリオットはライトニングダッシュの説明を始めた。ライトニングダッシュに限らず魔法サッカーや他のスポーツで使うような身体を強化する魔法は、身体の表面に魔法を走らせることでその動きを強化させる仕組みらしい。一方のエリオット独自のライトニングダッシュは、身体の内面、神経や筋肉に直接作用するように改良されており、繊細な調整が必要な反面、絶大な効力を発揮するとのことだった。サッカー部でも少しずつエリオット式のライトニングダッシュを取り入れようとしているが、身体の内面に魔力を走らせる感覚をつかむのがとても難しいらしい。
「身体の中の神経のイメージを掴むのが難しいらしいっス」
「私も全然できなかったんです」
「お前は単に自分の体の動かし方が分かってねえだけだ」
「なにそれ! リオひどい!」
「うるせーノロリコ」
「また変なあだ名つける!!!!!!」
エリオットの説明と、茶々を入れたリリアンがぷりぷり怒るのを尻目に、アンジェとルナは互いに顔を見合わせ──
「……大体、キレアくんがやってたのと同じですわね」
「お、キレア派だったか」
「最推しはクレピーですけれどもはや箱推しね」
「まあそうなるよな……ああ、続き読みたいなあ……」
「言わないで……」
ひとしきりうんうんと頷いてから二人してどんよりと落ち込み、やがて気を取り直してエリオットの方に向かい直った。
「大体のところは理解できたと思いますわ。早速試させていただいてもよろしいかしら?」
「えっ、今の説明で分かったんスか!?」
「やってみないことには分かるものも分からなくてよ」
「ええー……セルヴェール様マジ理解力半端ねえな……」
「……ありがとう存じます、そういうことにしておきましょう」
「そーだよアンジェ様すごいんだからっ!」
「お前が威張るなよノロペタリコ」
アンジェは褒めちぎるエリオットに若干罪悪感を感じなくもなかったが、説明すると混乱させそうなので曖昧に笑って誤魔化した。
「それで……セルヴェール様が魔法を使ってる時って、どんなふうに使ってますか?」
「どんな風に? 授業でやる通りですけれど……」
「ああ、いえ、そうじゃなくて、あの変態野郎と戦うような時です」
この世界に生を受けた者であれば、誰でも魔法を使う素質を持っていることになる。フェアウェルローズ・アカデミーの授業では、基礎的な魔法の使い方や注意点を網羅的に学ぶことが出来る座学と実習がカリキュラムに組み込まれている。それに忠実にのっとるならば、魔法を使う際は、特定の呪文を唱えたり、ものによっては手の動きで印を結ぶ必要がある。しかして明かりをつける、マッチ程度の小さな火を起こすといった基礎中の基礎の魔法は、それらを省略して魔法を使う意志のみで発動させられる者も多い。
「戦う時は……」
アンジェは授業以外で自分が魔法を使ってしまった時のことを思い起こした。リリアンが階段から転落した時が最初だろうか。食器を割ってしまったこともあった。花を咲かせてしまったことは何度もあったし、道場でマラキオンを追い払った時、先の祝賀会で魔物の腕に噛みついた時は、理屈は分からずとも身体に力を込めていたような気がする。
「呪文などは分からないのですけれど……こう、意志と力を込めるんですの」
「今って出来ます?」
「……試してみますわ」
冬の競技コートに冷たく湿った風が吹き、アンジェ達の髪を揺らす。アンジェはマラキオンとの対峙を思い出しながら腕に力を込めてみる。腹の奥、胸の底あたりからじわりと何かが染み出して、全身をめぐり、手のひらあたりに集まってくるのが分かる。
「……やっ!」
掛け声と共にアンジェが両手をぐっと握りしめると、右手と左手の間にばちばちと火花が散った。
「できた! できましたわ!」
「アンジェ様、すごい!」
自分自身の所作にアンジェは驚き、リリアンは歓声を上げた。エリオットとルナも目を丸くしてアンジェの手の間の火花をまじまじと覗き込む。
「完全に無動作無詠唱じゃないっスか! まじ半端ねえセルヴェール様!」
「最初に魔法を使ったのがほぼ無意識でしたから、その流れなのかもしれませんわ」
「何の魔法、とかは何か意識してたのか?」
「いえ、特には……ただ力を込めるだけですの」
「マジか」
ルナはどこか嬉しそうに笑い、アンジェの背をばしんと叩いた。
「自慢だが、ルナ様は剣の腕は国内最強レベルだが、魔法は凡人でね。女でも実戦で男に負けないように重力魔法を使ってるが、発動できるようになるまでに年単位でかかったぞ。それでも未だに詠唱なしじゃ発動できてないからな」
「アンジェ様の魔法の才能は、本物だと思います!」
リリアンは自分のことのように誇らしげに胸を張った。驚嘆に目を見開いていたエリオットは、そんなリリアンの様子を見るとニヤリと笑う。
「セルヴェール様、どうせならもうライトニングダッシュ試してみましょうか。俺の言うとおりにやってみてください」
「えっ、そんな、もうですの!?」
「はい、きっとセルヴェール様なら出来ます」
エリオットが力強く頷いたので、アンジェも唇を引き結び、真剣な表情となった。少年の指示に従い、先ほどと同じように両手に魔法を集めてくる。ただしそれが勝手に手のひらに集まるに任せるのではなく、肩から手首にかけての間に留まるよう、しっかりイメージするようにと指示が飛ぶ。
「その状態を崩さないようにしつつ、神経……分かりますか? そこに、貼りつけるというか、縫い付けるというか、細い管を通すというか……そういうイメージと一緒に発動してみてください」
アンジェは頷いて深呼吸をした。魔力が腕の中をふわふわ動いていて、両腕がかゆいような心地だ。神経や筋肉については、祥子がマッサージやヨガにはまっていた頃の記憶が助けてくれるだろう。一つ一つの筋肉。血管。神経。それらを思い浮かべ、特に腕の中を走っているはずの白い神経の束のイメージを膨らませながら、ぎゅっと全身に力を入れた。
「やっ!」
アンジェの掛け声に合わせ、手のひらではなく両腕から火花が上がる。それと同時に、温かくもチリチリとする何かが、腕の中の道をすっと通っていくのが分かる。
「出来た……の、かしら?」
「すげ……やっぱ、天才っているんスね」
先輩がサッカーやってなくて良かったっス、とエリオットは苦笑いをしつつ、アンジェの横で目をキラキラさせているリリアンを肘で小突いた。
「ペタリコ、今のうちだぞ」
「えっ、何?」
リリアンがきょとんとエリオットを見返すと、少年はニヤニヤと笑い返す。
「セルヴェール様、腕の筋肉マシマシだから。姫抱っこしてもらえよ」
「えっ!!!!!!????????」
「あ、アンダーソンさん!!!!!??????」
慌てふためく二人、ぶぶっと吹き出すルナ。
「おうおう、少年、いいこと言うじゃないか、もっと焚きつけろ」
「ままま、お待ちになって、まだうまくできてるかどうか分からないし落としてしまったら怪我をさせてしまうし」
「大丈夫っス、出来てますよ」
「わわわわわ私おおおお重くてそのアンジェ様ごめんなさいあの嫌ってわけではなくて」
「お嫌……では、ないの?」
混乱しかかっていたアンジェが虚を突かれて思わず聞き返すと、リリアンははっと息を呑み、みるみるうちに真っ赤になった。
「リリアンさん……」
「……はい」
「わたくしの、練習に、お付き合いいただくと思って……」
「……はい」
「………………よろしいかしら?」
リリアンも、アンジェも、どちらも真っ赤になって、何も言えなくなる。リリアンは紫の瞳を潤ませて、しばらくふるふると震えていたが──
「……はい」
小さな声で、そっと、頷いた。
* * * * *
リリアンを抱き上げてほんの数秒でアンジェは鮮烈と共にひっくり返ってしまい、肝心なことをほとんど覚えていられなかった。リリアンはハンカチで鼻を押さえるアンジェの膝の上で、赤い顔のままニコニコと至極上機嫌そうだった。
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