27-2 練習

 フェリクスの誕生日を祝う贈答品の披露は、アンジェおよびベルモンドール王国からの懐中時計の後は、国王夫妻から若き王子に首都セレニアスタード郊外の別邸が贈られ、それが締めくくりとなった。王族は一度退室し、参列者たちは引き続き大広間で歓談や食事を楽しむ。アンジェも使節団と共に退室し、彼らをよくよく労い、両親から安堵と称賛の言葉をかけられてから、王族の控え室へと向かう。祝賀会の一日は長く、贈答品贈呈式の後は、ずっとフェリクス達と行動を共にすることになっている。案内する執事が王子の控室の扉を叩くと、はぁい、と鈴が鳴るような声が中から聞こえた。


「アンジェ様っ!」


 扉が開くと同時に転げるようにリリアンが出てきて、ぼふりとアンジェにしがみつく。


「さっきのとってもとってもお綺麗でした! アンジェ様とってもとってもカッコよかったです!」

「ありがとう、リリアンさん」


 アンジェは目をキラキラさせているリリアンを押しながら控室に入った。暖炉と魔法ランプを置いてある台以外は大した家具のない部屋だ。中央の応接セットではフェリクスがくつろいだ様子で長椅子に座ってお茶を飲んでおり、その対面で定規でも背中に入れているのではないかと思うほどカチコチに緊張したエリオットが座っていた。


「フェリクス様、お待たせいたしました」

「やあアンジェ、僕の可愛いアンジェリーク。素晴らしい贈り物をありがとう」


 フェリクスはニコニコしながら、胸元のポケットから先の懐中時計を取り出して見せる。


「まあ、もう身に着けて下さっておりますのね」

「もちろんだとも。君の心遣いとベルモンドールの職人たちの卓越した技術が生み出した傑作だね。大切に使わせてもらうよ」

「ありがとうございます、フェリクス様」


 アンジェはリリアンがくっついたまま略式の礼をし、席に座ろうとしてたじろいだ。フェリクスの隣に座るべきか、それは避けて対面に行くべきか。フェリクスが、エリオットがアンジェの逡巡を見て取り、二人してリリアンの方に視線を送る。リリアンはアンジェにしがみつく腕に力を籠め、じっとフェリクスを見たが、すぐににこりと微笑んだ。


「アンジェ様。お疲れでしょう、殿下のお隣におかけください」

「まあ……よろしいの?」


 アンジェが思わず聞き返すと、リリアンは勿論です、とニコニコしながら頷く。


「私、一点勝ち越してますから。今日は殿下のお誕生日なので、どうぞ殿下の御心のままに」

「あはは、ありがとう、リリアンくん。アンジェ、お許しをいただいたのだから心置きなくこちらにおいで。君がどうしても嫌だというなら無理強いはしないけれど」

「……では、わたくしも、お二人の御心のままに」


 アンジェがリリアンの手を外すと、フェリクスがさっと立ち上がって恭しくアンジェの手を取り、長椅子へと座らせた。そのまま自分もすぐ隣に腰掛けてぴったりとアンジェに寄り添い、肩を抱いて至極嬉しそうに微笑む。


「素敵……」


 リリアンは王子の一連の動作を見て目を輝かせ、頬を染め、うっとりとため息をついた。エリオットはつまらなそうに一同を交互に見比べていたが、長椅子に座ったまま面倒くさそうにリリアンに向かって手を差し出す。リリアンは差し出された手を見て少しばかり驚いたが、すぐに微笑むとその手を取り、エリオットの隣にちょこんと座った。


「えへへ、ありがと、リオ」

「ん」


 照れたのか、少年は仏頂面で視線をあさっての方向に逸らす。リリアンはその横で上機嫌に微笑み、自分のお茶のカップを手に取っている。


(……リリアンさん……)


 リリアン達に競技コートに呼び出された日は、ルナがライトニングダッシュについてエリオットを質問攻めにするばかりで、アンジェはあまりリリアンと話すことが出来なかった。すぐにでも練習を始めたいところだったが、ベルモンドール王国の使節団の滞在が予定より早まり、アンジェは自宅で使節団のもてなしに大いに時間を取られてしまうことになった。剣術部にもほとんど出席することが出来なくなってしまい、事情をガイウスに話して了承を得て、それでも朝稽古だけは毎日参加している。稽古が終わる頃にはフェリクスとリリアンが鍛錬場にやってきて、交換日記のやり取りをし、クラスルームまで連れ立って歩く。それがここしばらくのアンジェの日常だった。


「失礼、アンダーソンくん。差し支えなければ君のことをファーストネームで呼んでも良いだろうか」

「わっ、殿下、勿論です、光栄です!」

「良かった、ありがとう、エリオットくん」


 フェリクスに話しかけられたエリオットは、思いがけない申し出にギョッとし、首を何度もぶんぶんと振る。フェリクスは女子の呼称は厳格にファミリーネームとファーストネーム、そして愛称を区別しているが、男子は比較的気さくにファーストネームで呼んでいるようだ。


「君とリリアンくんは特に仲が良いと聞いているよ。リリアンくんの生まれ故郷でのご縁だそうだね」

「はい、シルバーヴェイルっていう田舎町なんですけど」


 エリオットの隣でリリアンもうんうんと頷いている。


「シルバーヴェイルか、僕も一度訪れたことがある。若草が綺麗な時期だったから、色とりどりの花があちこちに見えるのが素晴らしかったな」

「へへ、ありがとうございます」

「あの美しい村で、君たち二人は仲の良い友人だったのだろうね。その友情が、エリオットくんのご両親をリリアンくんの身元引受人たらしめ、今日こうしてリリアンくんのエスコート役になるほどの信頼関係の礎となったのだと思うと、感慨深いものがあるよ。幼馴染というのは良いものだね」

「そうなんでしょうか」


 エリオットは日頃から比べるとずいぶんと行儀のいい言葉遣いで、フェリクスの言葉にひとつひとつ相槌を打ち、頷き返している。


「新年会の後、リリアンくんはそちらで暮らしていたのだろう? 彼女はどんな様子だったかな、気落ちしていないかとアンジェと心配していたんだよ」

「気落ち……」


 エリオットとリリアンは二人して顔を見合わせた。どちらもきょとんとして、フェリクスの言葉は全くの的外れと言いたげな表情だ。


「殿下、お気遣いありがとうございます。私、リオの家ではとてもよくしていただいて、元気に過ごしていました」

「そうか、それは良かった。エリオットくんと楽しく過ごしていたんだね」

「楽しくというか……」


 リリアンは首を傾げる。


「練習してました」

「れ、練習?」

「そだな、練習だな」


 シルバーヴェイルの幼馴染二人がうんうん頷きあうのを見て、アンジェもフェリクスも首を傾げたのだった。




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