第27話 フェリクス王太子誕生祝賀会
27-1 贈り物
フェアウェル王国次期国王、フェリクス・ヘリオス・フォン・アシュフォード・フェアウェルの誕生祝賀会は、新年祝賀会からおよそ一か月ほど後に催される。眉目秀麗、文武両道、温厚篤実な王太子の誕生日は本当は一月半ばほどなのだが、新年祝賀会と日が近すぎるため、開催時期を少し遅らせるのが慣例だった。
「フェリクス様、未来のフェアウェル王国の国王陛下。偉大なる
祝賀会当日、華美に飾り立てられた大広間は、謁見の間のごとく大理石の床に緋色の絨毯を敷き詰められ、奥のひな壇の上にはきらきらしい椅子が二脚置かれ、そこに国王夫妻が座って優雅に微笑んでいる。彼らの嫡子、白と金と緑を基調としたフロックコートに身を包んだ王太子のフェリクスは二人の横に凛々しく立ち、ニコニコと上機嫌に微笑んでいた。
「フェリクス様の十八歳のお誕生日を記念して、わたくしから贈り物がございます」
アンジェは緋色の絨毯の上に跪く一団の先頭で、ことさら優雅に完璧に微笑み、美しくも恭しく礼をしてみせる。
謁見の間の壁際にずらりと並ぶのは王国の重臣たちだ。アシュフォード王家の王族でも壇上の三人以外の者たち、宰相や大臣、各省庁長官。どれも名だたる貴族ばかりで、この場に席があるかどうか、それが玉座からどれほど近いかどうかが貴族の権勢をはかる一つの物差しとなっている。当然セルヴェール家も王族に次いで近い位置に席があり、今日はアンジェの父がその席に座っていた。彼らの間から漏れ聞こえる感嘆の声が、アンジェの口上と礼儀がどれほど優雅で洗練されているかを褒め称える。
「どうか、わたくしの心がフェリクス様に届きますよう──」
先日執り行われた
「わたくしのおばあ様の祖国、ベルモンドール王国より、今日この日のために最高の技術を結集させて作り上げた品でございます」
使節団の面々が恭しく前に進み出て、アンジェに二十センチ四方ほどの革張りの箱を手渡した。アンジェはそれを大切に胸に抱え、しずしずと玉座に、フェリクスの方に進み出る。フェリクスは自分の瞳の色と同じ若草色のドレスをまとい、「十六人の天使たち」から最も大きなネックレス、ピアス、指輪、ティアラを身に着けたアンジェを満足そうに眺めると、ニコニコと笑いながらひな壇を降りてきた。周囲がどよめく。今までは開帳されたものを壇上から眺めて頷くか、近衛兵がフェリクスの許まで運んでいくかのどちらかだったからだ。
「アンジェ。僕の愛しいアンジェリーク。心からの贈り物を、ぜひ僕自身の手で受け取らせてほしい」
「フェリクス様、光栄ですわ」
アンジェの後ろに控えているのはベルモンドール王国からの使節団だ。彼らは自国の王家の血筋を引く姫が王子に親しげにファーストネームで呼びかけ、この場の誰よりも丁重に扱われたことに誇らしそうに胸を張っている。フェリクスは頭を下げていたアンジェに寄り添うと、その手を取って顔を上げさせた。視線が重なると、フェリクスは変わらずに優しく微笑んで見せる。
(……フェリクス様……)
フェリクスは箱を持つアンジェの手に自分の手を重ねた。二人で覗き込むようにしながら、ゆっくりとその蓋を開ける。
「……おお、これは」
現れたのは、柔らかな布に守られた懐中時計だ。両国王家の紋章である獅子と鳥を組み合わせた意匠の細工が施された上蓋に、サファイアとエメラルドがはめ込まれている。
「どうか、お気に召しますよう」
「素晴らしいよ、アンジェ……」
フェリクスはため息交じりにそう言うと、丁重にその時計を手に取った。ボタンを押して上蓋を開くと、中の文字盤が現れる。数字と針にも恐ろしいほど細かい細工がされ、文字盤にはところどころ小さな窓があり、小さな太陽や月、星の絵が覗いている。
「フェリクス様とわたくしが共に手を取り合い時を刻んでいくように、フェアウェル王国とベルモンドール王国も、良き隣人として共に助け合いますよう、願いを込めてお作り致しました」
「そうだね。僕たちの愛のように、両国の絆が強固なものとなったら何と素晴らしいだろう」
フェリクス誕生祝賀会でのエスコートについて、アンジェは駄目もとで辞退したい旨を両親に告げてみたが、頭に鬼の角が生えているのではないかと確かめたくなるようなアンジェの母と、苦い顔をした父によってあえなく却下された。二人の婚約は、すなわちフェアウェル王国と隣国ベルモンドール王国の外交同盟の基盤でもある。この懐中時計も、ベルモンドールでも最高、いや世界最高水準の技術を持つ時計技師たちによって三年以上かけて綿密に組み上げられた特別製なのだ。アンジェがフェリクスの婚約者である以上、アンジェ自身の意志がどこにあろうとも、その時計をアンジェ以外の人物がフェリクスに渡すわけにはいかない、それが両親の主張だった。それを言われるとアンジェは何も反論できず、苦々しくもエスコートを受ける他なかった。
去年までは植樹だとか肖像画だとか揃いの食器や服だとか、思い返せば可愛らしい贈り物のやり取りばかりしていた。アンジェが十六歳となり社交デビューすることで、二人のやり取りにも政治的な意味合いが含まれるということだろう。
「アンジェ。僕の最愛のアンジェリーク。愛しているよ」
フェリクスは愛し気に目を細めながらアンジェの手を取り、その手の甲に長々と口づけた。あたりは盛大な拍手が沸き上がり、父が満足そうに頷いているのが視界の隅に見える。
アンジェはリリアンがまた怒るか泣くかするのではないかと気が気ではなかったが、リリアンはこの件に関してはあっさりと承服し「王子様とお姫様のお二人が見たいです!」とニコニコしていた。リリアンが良しとしても自分としては納得がいかないアンジェ、そしてベルモンドール王国との関係を失うリスクを負ってでもリリアンとフェリクスを婚約させたい王室の意向により、リリアンもフェリクスの近くに侍ることとなる。かといって、社交デビュー前とはいえセレネス・シャイアンであるリリアンをアンジェとフェリクスの横に一人ぼんやりと立たせるわけにもいかないし、公式の場でアカデミーのようにアンジェと手をつないで三人仲良く、という間抜けな構図にするわけにもいかない。リリアンにもエスコート役が必要だと、一同が協議した結果──
「アンジェ様あぁぁ素敵ぃぃぃぃ!」
「おい、落ち着けよ、リコ……」
リリアンの身元引受人であるアンダーソン家より、リリアンと同い年のエリオット・アンダーソン少年がエスコート役として抜擢されることになった。二人は玉座の横の王族の席の一角に座り、リリアンが目をキラキラさせて手を激しく打ち鳴らしているのを、緊張いちじるしいエリオットがたしなめている。その様子をイザベラが近くから眺めており、扇子で口許を隠してはいるがその肩が小刻みに震えていた。
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