26-3 部室でお昼

「アンジェリーク様、わたくし、本当に、ずっとアンジェ様に憧れていたんです」


 マギーのスカラバディ、明るいブラウンの巻き毛のマリナがしみじみと頷く。


「わたくしと年が一つしか違わないのに、こんなにもご自分の意志をしっかりとお持ちの方がいらっしゃるのだなと。恋というのはこんなにも女性にょしょうを強くするものなのかと、ずっと、応援させていただいておりましたの」

「まあ、どういうことですの?」

「分かりますわ、マリナさん」


 尋ねたアンジェに、マリナではなく紺色の直毛を切りっぱなしのおかっぱにした、シエナのスカラバディのシャイアが答える。


「セルヴェール公爵といったら、ベルモンドール王家にもゆかりある名門中の名門ですもの。殿下とアンジェ様の意志がどこにおありであろうと、そう簡単に婚約破棄できるはずもないと、誰もが考えていますわ。けれどアンジェ様は、殿下のお心がご自分に向いているかどうかを何よりも大切になさって……既に誰もが羨むような素晴らしい令嬢ですのに、更なる努力を重ねて……」

「かと思っていたら、リリアンさんに想いを寄せているご様子でしょう?」


 シャイアの言葉を、緩やかなウェーブの橙色の髪をした、エリンのスカラバディのエリアナが引き継いだ。


「お二人の仲睦まじいご様子を、可愛らしいなと見守らせていただいていたら、リリアンさんのために婚約破棄までなさるなんて! なかなか出来ることではありませんわ」


 ルナのスカラバディ、黒髪おさげのグレースが、少し興奮した様子でうんうんと頷いた。


「まるで、恋愛小説のようでした……本当に素敵で。私たち……いえ、令嬢も殿方も、みな結婚は家同士の契約ですもの。好き合った同士で結婚できたとしても、最終的にそれを良しとしたのは両家の意向ですわ。特に女性にょしょうは、結婚して跡継ぎを生んでからようやく自由を手に入れることが出来る、なんて、おばあ様ほどの世代の方は仰いますでしょう?」

「そうよねえ……」

「お母様も口うるさいわ……」


 グレースの言葉に、令嬢たちはみな顔をしかめて同意する。


「だから……アンジェ様が、リリアンさんへの想いを明らかになさって……彼女をお救いするために、殿下に戦いを挑むだなんて……私、それだけで、とてもワクワクしてしまうんです。どんな小説よりも胸がときめきます!」

「……ありがとう、グレースさん、みなさん」

「……あのう……」


 アンジェが目にうっすらと涙を浮かべながら微笑んだ横で、ストロベリーブロンドのリリアンが、小さく小さく縮こまりながらぽつりと呟く。


「そ……そ……そういうのは……私の、いないとこで、……は、話してください……」

「ごめんなさいリリアンさん、わたくしったら配慮が足りなくて……いった……もう嫌……」

「今更何言ってんだ子リス、新年会で二人して叫びまくってたからにまだそんなこと言ってんのか」


 アンジェは慌ててリリアンに手を差し伸べたが筋肉痛に襲われて呻き、リリアンとは反対側の隣に座っていたルナがクックッと笑うと、リリアンはばっと顔を上げ、泣きそうな顔でアンジェを見上げる。


「だって……まだ……アンジェ様と、お部屋でお話しできてないのに……」

「えっ?」

「…………えっ?」


 素で聞き返したアンジェを見て、リリアンは茫然と目を見開き、それから眉を吊り上げた。しまった、とアンジェが思った時には、紫の瞳にみるみる涙がたまり、少女は子供のように唇を尖らせる。


「り、リリアンさん、ごめんなさい、わたくし」

「……ずっと……待ってたのに……」

「あの、ごめんなさい、忘れたわけではなくて……いろいろ、立て込んでしまって」

「いいんです、アンジェ様。別に私たち、単なるスカラバディなんですから。アンジェ様いろいろお忙しいと思いますし、別に、私、怒ってなんてないです」


 リリアンは仏頂面になってアンジェとは反対の方に顔を背ける。アンジェは必死に立ち上がって(筋肉痛で呻いた)リリアンに手を差し伸ばすが、ストロベリーブロンドの頭は一向にアンジェのほうを向いてはくれない。一同初めは驚いて、それからニヤニヤしたり微笑んだり隣のバディとお互いをつつきあったりしながら二人の様子を見守っていたが、既に肩を震わせていたルナが、なんだ、と面白がっていること極まりない声を出した。


「お前ら、そんだけ痴話ゲンカしといてまだ何も進展してなかったのか? てっきりもうヤりたい放題かと思ってたが」

「ルナ! 口を慎んで!」

「子リス、お前、恋人でもないのにどんだけ妬いてんだ、お前はどこのめぞんのオトナシキョウカだ」

「えっ、キョウカ? 何ですかそれ」

「るっ……! ルナ貴女、突然ネタをぶち込んでこないで下さる!?」

「アンジェ、お前もゴシロみたいにのらくらしてるから子リスがキレるんだぞ」

「ああ、やめてルナ、読み返したくなってくるわ」

「全巻紙で持ってるから……って、くそ……ないんだった……」

「そう……そうよね……」

「損失は計り知れないな……」

「全く持ってその通りだわ……」


 アンジェとルナは何故が二人して酷く落ち込み、怒っていたリリアンと他の一同はその様子にギョッとしたが、二人とも何でもないと首を振った。リリアンはあからさまに不機嫌なままだったが、アンジェが必死に謝り倒し、他の面々も二人の関係性を話題に取り上げてしまったことを次々と謝ったので、しぶしぶながらも溜飲を下げる形となった。


 その後の話し合いで各バディが引き継ぐ業務と当面のタスクが洗い出された。アンジェがノートを見ながらきびきびと指図するのを見て、ルナがぼそりと「プロマネ……」と呟いたが、隣のグレースが不思議そうに首を傾げただけだった。話し合いの結果、お菓子クラブの通常のクラブ活動の運営はエリンとエリアナ、文化祭参加についての諸々の準備はシエナとシャイア、そして両方の材料などの調達や備品の管理はマギーとマリナが担当することになった。たまたまそれぞれの髪の色がエリンとエリアナは黄色系統、シエナとシャイアは青、マギーとマリナは赤だったので、ルナが「アールビージーあるいは三原色チームプレイ」と名付け、アンジェが噴出したが、他の面々はやはり不思議そうに首を傾げた。


「あと少し時間がありますし、文化祭について少しでも進めておきましょう。全員の時間を合わせるのはなかなか大変になってくるでしょう」


 アンジェの言葉に一同は頷く。


「アンジェリーク様、あの、せっかくお菓子クラブだから、お菓子を出すことはできるのでしょうか?」

「早速ありがとう、シャイアさん。クラスの出し物で食品を扱うこともあるから、クラブでも申請すれば問題ないかと思いますわ」

「それは、その場で食べるものだったり、お土産として買って持って帰るものもできたりするんでしょうか?」

「どちらも出来るかと思いますけれど……シャイアさん、何かお考えがありますの?」

「ええ、……あの、クラスの手芸クラブの友人が、文化祭の出し物で、作品の販売と手芸体験の二本立てで行くって話していたんです。だからお菓子でも出来るかなと思って……」

「まあ、いいアイディアじゃない、シャイア!」


 シャイアのバディのシエナが嬉しそうに手を叩いた。


「こんなのはどう? 半分はカフェのようにして、その場で作ったお菓子を召し上がっていただくの。わたくしたちが作ってもいいし、お客様に体験していただくのも楽しそうね。それでもう一方は、わたくしたちが作ったお菓子をお買い上げいただくのよ!」

「まあ、シエナさんも素敵なイメージをお持ちですこと!」


 令嬢たちは次々とアイディアを口にする。お茶を出そう、おそろいのエプロンをつけよう、係は当番制にして……。アンジェは一同の様子を見ながら隣のリリアンをちらりと見ると、不貞腐れていた少女は、いつしか身を乗り出し、一人一人の話を聞き、うんうんと頷き、時々首を傾げて何か考え込んでいる。その瞳は好奇心にきらきらとしていて、楽しそうで、アンジェは胸が甘やかに締め付けられる。


「リリアンさん、どうかしら、なにかぴったりのお菓子は思いつきまして?」

「そうですねえ」


 リリアンははちみつを舐めた小熊のようににんまりと微笑む。


「クレープはどうでしょう? 生地を私たちで焼いておけば、トッピングはとても簡単にできますから、みなさんに体験していただくやつが出来ると思います」

「まあ……素敵!」

「ぴったりだわ!」

「お土産には焼き菓子をつくって、可愛くラッピングしておいておいたらどうでしょう。他にも数を限定して、パイとかタルトを用意しておけば、作らなくていいよって人も楽しんでいただけると思います」

「素敵、素晴らしいわ、リリアンさん!」

「えへへ、パン屋さんでも、季節の企画とかを考えたりしてたんですよ~」

「トッピングを可愛く並べたら、見た目も楽しくなりますわね」


 議論が活発になって来たのを見て、アンジェは満足げに微笑んで椅子の背もたれに寄りかかる。


「なあ、アンジェ。お前がみんなに私用を頼むついでに、私も頼みごとをしていいか」

「まあ、何かしら? 構わないのではなくて? ご自分でお話しなさいな」

「祭りはデカい方が楽しいかと思ってな」


 ルナはクックッと笑いながら、一同に声をかけ、ことのあらましを説明した。令嬢たちは話を聞くやはわわと興奮し、ルナの言葉に耳を傾け、頼みごとに瞳を輝かせてうんうんと頷く。こうしよう、ああしようとはしゃぎ始めた頃に予鈴が鳴り、全員が残念そうにため息をつき、食べ終えた昼食の包み紙などを片づけ始める。アンジェも腰をさすりながらゆっくりゆっくり立ち上がる。


「おう、手伝うか、ばあちゃん」

「初日で……痛むのは……若い証拠でしょう……?」


 ルナがニヤニヤしながら手を差し出したが、アンジェは首を振り、作業机に手をつきながらそろりそろりと背筋を伸ばした。が、あと少しで垂直になるというところで脇腹が痛み、悲鳴を上げて硬直する。


「ああ……駄目……」

「殿下に気付かれなくて良かったな。間違いなく姫抱っこだろ」

「ええ、……そうね……」


 アンジェが頷きながらそろそろと机の上の筆記用具と昼食の残骸に手を伸ばすと、すぐ横から伸びてきた小さな手が、ひょいひょいとそれらを取り上げてしまった。


「行きましょう、アンジェ様」


 ルナとアンジェの間に割り込むように入り込んできたリリアンが、アンジェの筆記用具を抱え直し、アンジェの顔を覗き込んだ。


「リリアンさん!?」

「そんなよろよろしてたら危ないです、捕まってください」


 リリアンはアンジェの青い瞳に映る自分自身を確かめるようにじっと見つめると、にこりと微笑み、アンジェの手を自分の肩の上に乗せる。その状態でちらりとルナを見て、にっこりと微笑む。


「では、失礼します、ルネティオット様」


 目を見開いて爆笑したルナを押しのけ、赤面するアンジェを引き連れて、リリアンは得意げに退出していったのだった。



 

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