第11話 受け止めて鮮烈
11-1 受け止めて鮮烈
リリアンが生徒会長付になることを承諾してからは、定例会はつつがなく進行した。各チームごとに分かれて役員が簡単な挨拶と一年間の流れを説明する。最後にもう一度全体に向けてフェリクスが挨拶をして解散。フェリクスと役員だけ残りもう少し打ち合わせをするが、他のメンバーは退室を促される。アンジェがイザベラと共に室外に出ると、出入り口のすぐ横で、リリアンが目を真っ赤にして立っていた。
「アンジェ様……ごめんなさい!」
「……リリアンさん」
両手を握り締めて、がばりと頭を下げるリリアンにアンジェはたじろぐが、アンジェの横に並ぶイザベラがその様子を眺め、面白いものを見つけたとでも言いたげにふうん、と鼻を鳴らした。
「リリアン・スウィートさん。貴女、それは誰の何に対して謝っていらっしゃるの?」
「……あの……」
リリアンは、聞こえてきた声がアンジェではないことに怪訝そうな表情で顔を上げ、イザベラと目線が合うと、ぴゃっとその場に飛び上がる。
「あああ、あ、あのっ! 自分で、生徒会にはい、入ったのに、せ、生徒会長付という、大役に……驚いてしまって! 取り乱してしまって……あ、アンジェ様と、王子殿下に! みなさんに、ご迷惑を……おかけ……してしまって……その……ごめんなさい……」
「そう」
リリアンは両手をばたばた振りながら慌てふためき最後にもう一度頭を下げる。イザベラは扇子で口許を隠してクスクスと笑うと、自分より少し背の高いアンジェに顔を寄せ、耳元で小さく囁いた。
「子リスちゃん、素直な子じゃない」
「ええ……そうなんですの、イザベラ様……」
「可愛がって差し上げてね、アンジェちゃん」
「はい」
イザベラはアンジェの瞳を覗き込むようにして見上げる。フェリクスと同じ緑の瞳を見返し、アンジェは気圧されてごくりと喉を鳴らすが、イザベラは何も言わずに微笑んだ。
「貴女の子リスちゃん、素直でよろしくてよ。素直さは未熟者に持たされた最初にして最後の武器ですものね」
「あの……本当に、申し訳ありませんでした……」
リリアンがおずおずと話しかけると、イザベラはそちらを向いて再び微笑んで見せる。
「よろしくてよ、楽になさって。今度アンジェちゃんも一緒にお茶に致しましょう」
「わ、はい、ありがとうございます、光栄です」
リリアンが今度は比較的落ち着いて頭を下げると、イザベラはくすりと笑い、傍らの護衛官に何か話しかけた。護衛官がクリーム色の紙包みを取り出して恭しくイザベラに渡す。イザベラは包みを受け取って軽く持ち上げ、中身の重さを確かめると、それをリリアンの手にそっと握らせてやった。
「可愛い子リスちゃんに、おやつを差し上げましょう。アンジェちゃんと召し上がってね」
「えっ、わっ」
「まあ、イザベラ様! ありがとうございます!」
「あああ、ありがとうございます!」
「見たかったわ、貴女が召し上がるところ」
包みを持って慌てふためているリリアンを見て、イザベラはフェリクスの面影がある顔でニコニコしてる。きっと子リスのように食べるところを見たかった、ということなのだろう。
「あの……ありがとうございます、王女殿下。私……」
「いいのよ。ではわたくしはこれで」
「イザベラ様、今日はわたくしのスカラバディにご高配を賜り、ありがとうございました」
「うふふ、いいのよアンジェちゃん。スカラバディは特別可愛いと思うものでしてよ、わたくしが貴女をそう思うようにね。わたくしも貴女の子リスちゃんと仲良くなりたいわ」
「まあ、是非、では今度お二人をサロンにお招きさせていただきますわ」
「嬉しいこと。……アンジェちゃんは今日もフェリクスくんのことを待つのでしょう? よろしくお伝えしてね」
イザベラは微笑むと──ようやく瞳の奥で燃える怒りが消えて、柔和そのものの微笑みになった──護衛官を伴って、廊下を歩いて行ってしまった。窓から差し込むオレンジ色の光が、廊下に窓枠の形の影を落としている。アンジェとリリアンはイザベラが廊下の角を曲がって姿が見えなくなるまで待って、彼女が見えなくなっても数秒待って、それから二人して大きく大きくため息をついた。
「……リリアンさん」
「……ひゃい」
ぎくりとした自分のスカラバディに、アンジェはにこりと微笑みかける。
「今日は疲れましたわね。カフェテリアでお茶にしながら、イザベラ様のおやつをご一緒に頂いてもよろしいかしら?」
「……はい、もちろんです!」
リリアンはてっきり叱られると思っていたのだろう、眉根を寄せて唇を噛み締めていたが、アンジェの言葉にぱあっと笑顔になった。
「王女殿下、素敵な方ですね! 大人っぽくて!」
先立って歩き出した少女の足取りはもう軽い。
「そうでしょう、あの髪型が淑女然としていてとても素敵だと思いますの。わたくし髪の量が多いから、一人ではシニョンに出来なくて」
アンジェも笑いながらリリアンの後についていく。フェアウェルローズ・アカデミーでは、女子の髪型は自分自身で整えることができる髪型、と規定されている。貴族の子女は特に髪結いに髪をセットさせることが多いが、課外授業などで髪が乱れた際、それを直すために髪結いを呼んで、入り組んだ髪を解いて……としているといくら時間があっても足りない。そのためアンジェやリリアンのように髪を背に下ろしてリボンなどで飾るなどする生徒が多い。イザベラのような
「分かります……私もいつもぼさぼさで……」
「リリアンさんの髪は、そのままでも巻き毛が可愛らしくてよ」
「えへへ、そうでしょうか。アンジェ様の赤い髪も豪華で素敵だと思います。夜会の髪型がお似合いになるんだろうなあって思います」
「まあ、ありがとう」
リリアンは後ろ向きに歩きながら、えへへ、と笑って首を傾げた。一度子リスという言葉を聞くと、リリアンのちょこまかした動作の一つ一つが何もかも子リスめいて見えてくる。背中で揺れるストロベリーブロンドは、髪ではなくてしっぽだったのかもしれない。もし本当に子リスだとしたら、小さくなって、わたくしの手の上に乗って……。
「……それにしてもリリアンさん」
妄想を自分で打ち消すように、アンジェは口を開く。
「生徒会長付、あんなに拒否なさるとは思わなくてよ。いささか驚きましたわ」
「あはは、そうですよね、自分でも本当びっくりしてしまって……」
リリアンは笑っているが、少し気まずそうに目線を逸らし、カフェテリアへの廊下につながる階段を降りる。
「何度かお目見えして、フェリクス様のお人柄はご存知でしょう? それなのにどうしてあそこまで強硬なご様子でしたの?」
「いえ、あの……本当に、驚いてしまって……。アンジェ様とご一緒がいいなあと思っていたのもありますけど……」
「そう、それならよいのですけれど」
アンジェも手すりに手を添わせながら、リリアンに続いて階下に向かう。
「私はそれよりも、殿下がアンジェ様をお連れになった時の方がびっくりしました」
「あれは、わたくしだって青天の霹靂でしたわ……!」
「アンジェ様とご一緒できるのかと、ちょっと嬉しくなっちゃいましたよ……」
「まあ、そう……でもわたくしは会計チームで学んで、将来の役に立てると決めていたの。ごめんなさいね」
「あはは、いいんです、それは。殿下はアンジェ様のことを本当に愛していらっしゃるんだなーと思って、嬉しくなりました」
階下に着くと視界が開ける。回廊の向こうに、カフェテリアと芝生と競技場が見え、賑やかな声が風と共にやってくる。
「まあ、そう?」
「はい、だって、憧れの王子様とお姫様が……あっ」
リリアンはバッと自分の口を覆ってその場に立ち止まった。アンジェもつられてその横に立つ。
「憧れ?」
「あの……はい」
アンジェが見下ろした先で、少女はみるみる顔が赤くなっていく。
(そういえば……)
「おうじさまとおひめさまって、医務室で初めてお会いした時にも仰っておりませんでしたこと?」
「えっ、嘘っ」
ギョッとするリリアン。
「私声に出してました!?」
「ええ、わたくしにしか聞こえていなかったでしょうけど」
「やだ……」
リリアンは両手で顔を覆ってしまった。アンジェは訳が分からず、その耳と首筋が赤くなっていくのをただ眺めている。医務室でもこんな風にこの子の首筋を見たな。そんなことを考えていると、リリアンはそろそろと両手を下ろし、ものすごく恥ずかしそうに話し始めた。
「あの……、私、シルバーヴェイルの田舎町で育ったので……殿下とアンジェ様のこと、ご本人をお見かけしたのは、フェアウェルローズに入学してからが初めてなんです。子供の頃……王子様と、ご結婚の約束をされたお姫様がいるよ、と、……母に、聞かされて……ずっと、憧れて、いたんです……」
「まあ……そうなの?」
「はい!」
きらめく瞳がこちらを見上げる時、きらきらと星屑の音が聞こえるのではないか。
「私、憧れのお二人にお会いできて嬉しくて! アンジェ様のスカラバディになれて……嬉しいんです!」
恥じらいはもう消えたのか、赤い顔のまま笑うリリアンに、アンジェは眩しそうに目を細める。
「そう……」
(……きっと……わたくしとリリアンさんは……勝負はしないのでしょう……)
(良かったわ……)
(フェリクス様も……可愛い貴女も、失わずに済むのだもの)
「あ……あれ……」
リリアンは急に顔をしかめる。ハンカチか何かを出そうとしたのだろうか、制服のジャケットのポケットに手を入れてまさぐるが、探すものは手に当たらないようだ。
「どうなさったの?」
「あれ……ない……」
反対のポケットも、胸ポケットも内ポケットもスカートのポケットも手を突っ込んでひっくり返してリリアンの探し物は続く。思わずアンジェはリリアンの筆記用具を持ってやり、少女は更にあちこち念入りに調べたが(子リスの毛づくろいのようだとアンジェは思った)、やがて顔から血の気が引いていく。
「アンジェ様、ごめんなさい。私、忘れ物をしてしまったみたいです。戻って取ってきます」
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