10-2 子リスちゃんに渡されたもの
「わ……私が……生徒会長付……?」
(主人公が、フェリクス様付になるのでしたわね……)
驚愕によろめいたリリアンを見て、アンジェは深々と溜息をついた。
「あらあ、残念、貴女と一緒に会計に引き込めたらと思っていましたのに」
「そうですわね……」
コロコロ笑っているイザベラに、アンジェは上の空で相槌を打つ。リリアンが自分と同じチームになれたらと思わなくはなかったが、彼女が生徒会に入るからには、十中八九、フェリクスルートに沿って事が展開するに違いない。それはリリアンが生徒会に入りたいと言った瞬間から予想がついていたことだった。
(……予想外だとすれば)
「むむむ、無理です、私がっ生徒会長付なんて……私ドジだし間抜けだしチビだし、ヘマして殿下のお顔に泥を塗ってしまいます!」
(ご本人が……あそこまで嫌がるとは……思いませんでしたわ……)
(ゲームでも、多少驚いたような台詞はありましたけれど……)
(あれは完全拒絶ですわね……)
リリアンはくじ箱の前でぶんぶん首を振り、引いてしまったくじの紙を畳んで箱に戻そうとしている。副会長と新入生がそれをたしなめて押し戻そうとしている。
「だって……だって、生徒会長付になりたい人、いっぱいいると思うんです!」
副会長に縋るようにして必死に訴えるリリアン。彼女に注目していたメンバー、特に新会員達はその言葉に思わずうんうんと頷く。
「私っ……どこでも、頑張る、つもりでしたけど……責任が……重すぎるし! 出来れば、あ、アンジェ様と……ご一緒できたらと……思って……」
リリアンはがっくりとうなだれて肩を震わせる。痛々しい姿に入学式を思い出してしまったアンジェは、ハンカチ──リリアンが刺繍をしてくれたシルクのハンカチを取り出して握り締めてしまう。それを見ていたイザベラが、クスクスと笑いながらアンジェの耳元でこそりと囁く。
「貴女の子リスちゃんが呼んでいらしてよ、アンジェちゃん?」
「ええ……ですが、くじは公平ですもの……」
(ゲームでは、主人公ではなく
(「生徒手帳をわざと落としたり、くじに不正をして、フェリクス様に取り入ろうとしているのでしょう、泥棒猫!」って……)
(そんなことをしたら……人望も、フェリクス様の御心も失ってしまいますわ……)
「そう? 子リスちゃん、貴女のカゴに入りたいって泣いていてよ」
「そうなったら素敵とは思っていましたけれど、皆がくじて決めていますもの、我欲を押し通すわけにもいきませんわ」
(大丈夫よ、アンジェ……生徒会に入会すると伺った時に、こうなることは覚悟しておりましたもの)
(わたくしは悪役令嬢にはならない……正々堂々、リリアンさんと、殿下をかけて勝負する心づもりですわ)
「お願いです、どうか、どなたかと交代させてください……誰か、会計チームの人……お願いします!」
リリアンの必死な訴えを聞きながら、アンジェは内心首を傾げる。
(……勝負になるのかしら、これ……?)
(そんなにフェリクス様がお嫌……? 仮にも王太子殿下でしてよ……?)
「殿下。どうされますか」
リリアンにぴーぴーと泣きつかれて苦い顔の副会長がフェリクスの方を仰ぎ見る。
「おや、僕が決めていいのか?」
「はい。くじの結果を遵守せよとこの者に仰るか。生徒会長付として、殿下をお支えしようという気概をより強く持つ者を募るか。お決めいただきたく存じます」
「そうか……じゃあ」
議長席で手を組んでいたフェリクスは、いそいそと立ち上がると、最高に嬉しそうな笑顔でアンジェの手を取りリリアンのところまで連れて行き、自分は二人の後ろに立つと、アンジェとリリアンの肩をぽんと叩いた。
「この二人で」
「ふぇっ、フェリクス様!?」
「あああ、アンジェ様!?」
今度はアンジェも慌てふためく。
「フェリクス様、お話をお聞きになりませんでしたの!? 新会員から生徒会長付になるメンバーを選出するのですわ!?」
「ああ、僕の業務遂行の意欲が最も湧きたつ人選をしたつもりだよ」
「私……アンジェ様とご一緒なら……」
「ちょっと、リリアンさん!?」
ざわめく室内、慌てるアンジェ、涙目でホッとしているリリアン、にっこにっこと上機嫌なフェリクス。ものすごく何か言いたそうだが何も言えなさそうな副会長、じっと三人を見つめているイザベラ。アンジェの脳内ではルナが爆笑して窒息しかかっている幻影が見える気がして目眩がしてくる。
「どうだろうか、引き受けてくれるかい、二人共」
「……ダメよ、フェリクスくん。だーめ」
アンジェとリリアンが何か言う前に、イザベラの鈴のような声がそれを遮った。
「アンジェちゃんは私と一緒に会計補佐なの。いくら生徒会長でも王子でも、さすがにこれはダメよ」
「イザベラ……」
イザベラは扇子で口許を隠して微笑んだ様子ではあるが、緑色の瞳の奥は笑っていない。
「ねえ、アンジェちゃん?」
眼差しだけで、にっこりとアンジェに微笑みかけるイザベラ。彼女とスカラバディだったアンジェにはイザベラの怒りのほどが手に取るように分かり、ヒッと息を呑む。獰猛な迫力に内臓が握り潰されてしまいそうだ。従妹の迫力に気圧されつつ、フェリクスは切なげな眼差しでアンジェを見つめる。
「アンジェ……」
「フェリクスくんが決めてはダメよ。アンジェちゃん、貴女がお決めになって? わたくしと一緒に会計補佐となるか……フェリクスくん付になって、そこな三人で楽しく過ごすか」
(恐ろしい、恐ろしくてよ、本気でお怒りのイザベラ様……!)
(もう……フェリクス様があんなこと仰るから……!)
(フェリクス様、どうされてしまったというの……!?)
(わたくし……わたくしがイザベラ様のお怒りをお鎮めしなくては……!)
「わ、わたくし……」
(イザベラ様のお怒りは別として……リリアンさんがフェリクス様ルートということを考えると、無理にでも生徒会長付になっていたほうが良いのかもしれない……)
(けれど……)
「……申し訳ありません、フェリクス様。わたくし、イザベラ様とご一緒に、会計補佐を務めます」
(もともと、フェリクス様の助けになりたくて、会計補佐になったのですわ……)
(そのフェリクス様に呼ばれたからと言って、今まで学んだことをすぐに放棄してしまうのは、浅慮にもほどがありますわ)
「アンジェ……」
「アンジェ様ぁ……」
「フェリクス様、同じ生徒会なのですから、過度なご配慮は無用でしてよ。……リリアンさん、誰にだって初めてはあるものですわ。貴女が生徒会長付となったのも
「アンジェ様……」
「フェリクス様はお優しい方よ、一度のミスも許さないような狭量な御方ではなくてよ……ね、フェリクス様?」
「ああ、それはもちろんだが、アンジェ……」
「アンジェ様……」
「殿下、お聞き届けくださいまし」
「アンジェ……」
「フェリクス王太子殿下」
アンジェが語気を強め、フェリクスの手を取ってぎゅっと握り締める。その手を優しく握り返し、それでもまだ何か言いたそうにしていた王子は、ようやっとのことで苦笑いを浮かべ、ため息をついた。
「……分かったよ、アンジェ。ありがとう」
「……勿体ないお言葉ですわ、フェリクス様」
アンジェも微笑み返すと、名残惜しげに手を握っているフェリクスの手をそっと抜け出した。イザベラは満足げに微笑みながらゆっくりと頷き、扇子を音を立てずに閉じる。リリアンはアンジェのすぐ横で泣き出しそうになりながらゆっくりと首を振るが、アンジェも同じく首を振って見せる。
「大丈夫ですわ、リリアンさん。……貴女ならきっと出来ます」
「アンジェ様……」
「何か困ったことがありましたら、必ずお力になりますから。勇気を出して、どうぞお受けになって」
リリアンは何か言いたそうに口を開きかけたが、悲しそうに顔を歪め、首を振り、俯いて──ようやく、小さく、頷いた。
「騒いでしまってごめんなさい……栄えあるお役目いただいたこと、嬉しく思います。リリアン・スウィート、謹んで生徒会長付をお受けさせていただきます」
その言葉にアンジェの胸が痛んだのは、誰を想っての事なのか。
どうしてリリアンは、悲しそうに首を振ったのか。
定例会が終わるまで、アンジェにはそれらがどうしても分からないままだった。
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