第10話 子リスちゃんに渡されたもの
10-1 子リスちゃんに渡されたもの
フェアウェルローズ・アカデミー生徒会は新年度開始からおよそ一ヶ月後に発足する。昨年度末の総選挙で選出された生徒会長を筆頭に、副会長、会計、書記、広報、総務の役職があり、それぞれのリーダーには最高学年の生徒会メンバーが就任する。大抵は一年の頃からその役職補佐につき、業務内容を深く理解しているメンバーが着任することが多い。一学年あたり例年五人ほどが入会してくるので、四学年合わせて二十人ほどになるが、ここ数年はフェリクスが参加している影響で途中入会も多く、四十人近くが会議室に集まった。
新年度最初の生徒会定例会は、アカデミーの一番大きな会議室にて開催される。クッションのついた立派な椅子、カーペットの敷かれた床、無垢材の机、大きな窓。国王やその客人が滞在することもあるアカデミーでは、調度品も一流のものが取り揃えられている。
(豪華なものね……)
自席に座って会議が始まるのを待っていたアンジェは、前世である安藤祥子の記憶を思い出して内心呟いた。彼女は学生を卒業するとどこかの企業で働き始めていた。フェアウェル王国の建物とは似ても似つかない、真っ平らで灰色の建物、白い壁ばかりで調度品どころか窓の一つもない会議室、その中で祥子は、毎日忙しそうに働き続けていた。仕事の内容がどんなものなのか、全てはアンジェには理解できなかったが、祥子がそれなりにやりがいを感じながら働いていることは感じ取れた。
(彼女の記憶がなければ、この会議室に違和感を感じることもなかったでしょう)
(私は……アンジェリークなのかしら? 安藤祥子なのかしら……?)
自分でも時々どちらなのか分からなくなる。祥子の記憶にある小説や漫画では、前世の人格が身体を乗っ取ってしまったかのような描写があるが、アンジェは生まれた時からの自我を保ち続けていると断言できる。一方の祥子の記憶も、確かに自分が体験したものだと言えるほどリアルな体感を持って記憶している……。
「アンジェちゃん、考え事?」
アンジェが顔をしかめているのを見て、隣に座っていた女生徒が微笑みながら声をかけてきた。色白で、プラチナブロンドの髪をきっちりとシニョンにまとめて結っている。緑の瞳の微笑んだ形が、フェリクスによく似た雰囲気だ。
「イザベラ様、ごめんなさい」
「いいのよ」
彼女は三年生のイザベラ・シュテルン・フォン・アシュフォード。王妹の娘──フェリクスの従妹にあたり、アンジェの昨年のスカラバディだ。今年度の生徒会では会計補佐を担当することとなっていた。我に返って慌てたアンジェを見て、イザベラは柔らかく微笑む。
「夢見がちなアンジェちゃん、可愛らしくてよ」
「もう、イザベラ様……」
「でももうすぐ始まるから、前を向いていましょうね」
「はい」
アンジェは背筋を伸ばし、改めて室内を見回す。フェリクスは全員が揃い、かつ全員が揃ってから臨席する手筈となっている。イザベラも王族なので彼と同じタイミングでよいのだが、彼女はそれを辞退し、後ろに一人護衛官を立たせていた。二年以上のメンバーは昨年のアンジェの記憶と変わりなく、全員が席についている。会議室入り口あたりに固まって座り、そわそわしているのは新一年生だろう。その中にはまだあのストロベリーブロンドの少女はおらず、アンジェは再び顔を曇らせる。
「まだお見えでないの? 貴女のスカラバディ」
「そのようです……わたくし、様子を」
バタン!
様子を見て参ります。アンジェの言葉を遮る、あるいは答えるかのように会議室の扉が明けられた。ひそひそと雑談しつつも会議の始まりを待っていた一同は反射的にそちらを向く。そこには小柄な少女、ストロベリーブロンドのリリアン・スウィートが、筆記用具を抱え、何故か汗だくで室内を見回しているところだった。
「し……失礼します」
蚊の鳴くような声で呟き、不安そうに室内を見回す。アンジェを見つけるとパッと顔が輝いたので、アンジェは小さく微笑んで手を振る。それから一年生が座っている席を指差してやると、リリアンの視線が指先を追い、自分を凝視している一年生らを見つけると、慌ててその端の席に座った。筆記用具を置き、ぼさぼさになった髪を急いで撫でつけて、ふうと一息をつく。一連の動作をアンジェと一緒に眺めていたイザベラが、口許を手で隠しながらクスクスと笑った。
「小さくてせかせかしていて、何だか子リスみたいね。可愛らしいこと」
「まあ、イザベラ様もそうお思いになりまして? わたくしも、何か小さな可愛らしい動物のようだなと思っておりましたの。子リスならぴったりですわ」
「ええ、くるみか何かを渡してあげたいわ」
王族の女性、そして王族の妃となる女性は、王室が主催する祝賀会や晩餐会のホスト役を務めることとなる。フェリクスがアンジェと結婚して即位すれば、当然それはアンジェの役目だ。妃教育の一環として会計理論や晩餐会運営を学んではいるが、こうした場で実践してみるのは良い経験になるだろうと、昨年度は自ら進んで会計補佐となった。イザベラも同様の考えで、二人して引き続き会計チームに所属する予定だ。
リリアンが座ると、副会長が手許の紙──おそらく生徒会会員名簿を見ながら人数を数え始めた。最後にうん、と頷くと、立ち上がって出入り口まで行き、ドアから半身を出して、またすぐに席まで戻った。ひそひそとした雑談が一気に引き、緊張感が一気に高まる。二年生以上の生徒は全員立ち上がり、服の乱れや髪形が見苦しくないように整え、それを見た一年生も慌ててそれに倣う。時計の針は、開始予定の三時の一分前を指している──ほどなくして、コツコツコツ、と快活な足音が近づいてきて、がちゃりと扉が開けられた。
「やあ諸君、お待たせしたね」
フェアウェル王国王子にしてアカデミー生徒会長、フェリクスその人だ。生徒会会員一同はそれぞれ目礼し、王子は議長席まで歩いて行く。
「素晴らしい出迎えをありがとう。どうか楽にしてほしい」
議長席に立った王子がにこりと微笑むと、一同もう一度目礼し、しずしずと席に着いた。昨年までの生徒会では、生徒会長は貴族ではあるものの一般生徒なので、他の会員と一緒に入室し、人数が揃ったら会議が始まるだけだった。フェリクスもイザベラと同様に、護衛を伴うだけで普通に着席していたのだ。それが、誰か何か言いだしたわけでもないのに、まるで国王の御前会議でもあるかのような畏まりぶりだ。アカデミー内ではあるが、メンバーは皆それぞれ王子直属の部下となることに喜びと誇りを感じ、王子と、その右腕としての自分の活躍を期待しているのだ。おそらく何も知らされていなかったであろうフェリクスも、一同の様子を見ただけで事態を察し、さして動じもせずに開会の挨拶をした。
「諸君と共にフェアウェルローズ・アカデミー生徒会を運営できることを僕は誇りに思う。この一年間が諸君にとって、何より僕にとって最高の一年となるよう、互いに研鑽していこう。未熟な僕には到らないところも多くあるから、諸君の助けを必要としている」
(ゲーム展開と同じですわ……)
フェリクスの誇りと自信に満ちたスピーチを聞きながら、アンジェは考える。
(フェリクス様が生徒会長で、ご挨拶をして……)
「今日は各々の自己紹介から始めようか。僕は生徒会長のアシュフォード。フェリクス・ヘリオス・フォン・アシュフォード・フェアウェルだ。よろしく」
記憶の中のゲームでは、各メンバーの自己紹介などは容赦なく割愛されたが、当たり前だが現実ではきちんと全員分行う。フェリクス、副会長、書記、会計、広報、総務……。
「三年のイザベラ・シュテルン・フォン・アシュフォードです。会計補佐でしたわ」
「二年のアンジェリーク・ルネ・ドゥ・セルヴェールです。昨年は会計補佐を務めさせていただきました」
「りっ、りりり、リリアン・スウィートですっ頑張りますっ」
(全員の自己紹介が終わったら、各チームが仕事内容を説明して……)
「昨年度から引き続いての者、新年度から参加してくれる者、そして新入生諸君。こんなにも多くの仲間が集ってくれたこと、僕は嬉しく思う。では次は、新しく入会してくれた者の所属を決めるとしよう」
(新会員の所属を、くじか何かで決めて……)
「どの役も責任ある大切な業務だ。新入会の諸君らがどのチームになるかだが──」
「くじなどがよろしいでしょう、殿下」
「そうか?」
「今年は例年より新規入会の人数が多いです。希望を聞いてやりたいところではありますが、そうすると生徒会長付を希望する者が多数出ることは明白です」
「そ、そうか? 僕は」
「明白です、殿下」
「では……くじにしよう。素晴らしい意見をありがとう、カーマイケル」
「光栄です」
フェリクスに意見した副会長は、いろいろと見越して用意しておいたらしいくじ箱を取り出して、新入会員が列をなして一つずつ引いていく。私、広報! 僕は総務だ! あちこちで歓声が上がる中、リリアンはちらちらとアンジェの方を見ながらくじを引き──
「わ……私が……生徒会長付……?」
(主人公が、フェリクス様付になるのでしたわね……)
驚愕によろめいたリリアンを見て、アンジェは深々と溜息をついた。
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