第52話 シンデレラ役!

 ストレッチのはずなのに、プロレス技のように三人からガッツリ掴まれている。

 これは、さすがにやりすぎだろ……。

 身動きが取れない。


「睦月、入念に伸ばさないとだぞ!」


 誰か助けて欲しい……。


 ――ガチャ。



 部室のドアが開く音がした。

 状態をそらされていて、誰が来たか見えないけれども。

 こんな朝早くに、誰だろう。


「皆さん、おはようございます。ちょっとお話しようかと思いましたが、お楽しみのようですね、失礼しました」


 六波羅さんの声だ。

 誰でもいいから助けて欲しい。


「ちょっと、待って待って……」



 ――ガチャ。


 きつい体勢から、どうにか声を絞り出したのだが、六波羅さんは挨拶だけしたら、いなくなってしまったようだ。

 もうお手上げか……。誰でもいいから、助けて……。

 こういう時は卯月に……。



「卯月、ちょっと、六波羅さんのところに行こう……。脚本気になってただろ……?」


 俺の思いが通じてくれたらしい。

 卯月は手を緩めてくれた。


「そうだね。これじゃあ埒が明かない。みんな朝練してて。ちょっと私と睦月で行ってくる」


 やっぱり頼りになるのは、卯月くらいしかいない。

 俺の手を思いっきり引っ張って、拘束から解いてくれた。


 俺と、卯月はすぐにパソコン部を出ると、六波羅さんの後を追った。



 ◇



 演劇部の部室へと戻っていた六波羅さん。

 そこには驚くことに、如月もいた。


 ホワイトボードの前にいる如月と六波羅さん。

 そこには、シンデレラのキーワードが散りばめられていた。


 六波羅さんが口を開いた。


「あら? お楽しみ中だったのに、もういいんですか?」

「あれは、予定外だったから、もういいの。それよりも、脚本の相談がしたい」


 いつも通り卯月は、単刀直入に言うんだな。

 今日の卯月の調子は良いらしい。

 役が気に入らなかったから、直談判したかったのだろう。

 卯月も含めて、パソコン部の女子はシンデレラがやりたいって顔に出てたからな。


「もしかして、役の相談ですか? 今色々と考えているところなんですよ」

「そうそう、オイラも一緒にね」


 この二人に任せるのは、危ないんだよな……。



「卯月さんが、馬役だと見せ場が無いなって話しててね」

「そうそう」


 あれ? ‌意外と真面目な話し合いになってそうなのかもしれない。

 二人で「ねー?」と、言い合ってる。

 なんだか意気投合しているみたいだから、逆に危なく感じるんだよな……。


「役を変えるにしても、卯月さんがどこまでできるかなって試したいなーって思って」

「そうそう」


 六波羅さんと如月は、ニヤニヤとしている。

 そのままの顔で卯月へと近づいてきた。


「私ですね、人の嘘を見抜けるんですよ」


 そう言って、卯月の手を取った。


「脈拍を感じれば、分かるものでして。卯月さん、嘘をつくって、大変ですよね?」

「……何が言いたいの?」


 六波羅さんは、悪い顔をしていた。



AIらしいんですってね、卯月さんって」

「……うん」


 どうやら、バレてしまっているらしい。

 隠す必要は無いのかもしれないが、色々と厄介な気もするな。


「そう言い張れる度胸は、とても素晴らしいですし、評価してるんですよ。卯月さんは、知らない人が大勢集まっても、堂々としてると思うんです。けれども、一部の人の前だと恥ずかしがって演技どころじゃない気がするんですよね? ‌それだと、話にならなくて」

「……これは、テストなんだな?」



 六波羅さんは、不敵に笑う。


「ふふふ。睦月君? こっちへ来て、卯月さんと向かい合ってください‌」

「えっ? ‌俺? ‌よく分からないが、シンデレラのオーディションといった事なのか? ‌俺は王子役を演じてみればいいのか?」



 六波羅さんは、「うん」と頷いた。


「睦月君は、シンデレラに近づいて。卯月さんは、何があってもしっかりと演じてくださいね」


 六波羅さんは、卯月の手を握りながら、横へとズレた。

 俺は、卯月の目の前に立つ。


 相変わらず、六波羅さんはニヤニヤとしている。


「ふふふ、これだけでも反応するんですね。卯月さん、思った以上に凄いですね」

「……うるさい」


「ふふ、卯月さんはこっちを向かないで、しっかり睦月君を見つめてください。睦月君は、如月君がホワイトボードに書くカンペを読んでみてくださいね」

「お、おう」



 ホワイトボードの前で如月もニヤニヤとしている。

 そして、今書いたばかりの文字を指し示してくる。

 なんて書いたんだよ。


 んーと……。

 そ、それを読むのか……。

 しょうがない。

 これも卯月のためだと思えば……。



 俺はしっかりと卯月を見つめる。


「……卯月、いつも可愛いと思ってる」


 そう言うと、卯月は少し顔を赤くして目を逸らしてしまった。

 如月は、首を縦に振りながら、次のセリフを書いてくる。

 これは、王子役もシンデレラ役も大変だな……。


「俺は、卯月に会えるだけで心が弾むんだ」


 如月は、次々に書いていく。


「卯月に出会えて良かった。こんな気持ちは初めてで……。俺は、卯月の事が……」



 そこまで言うと、六波羅さんは俺のセリフを止めた。


「オッケー、オッケー! ‌ここまでで大丈夫! ‌残りは取っておきましょ」


 目の前の卯月は、爆発しそうなくらい顔を赤くしていた。

 その反応に、六波羅さんも如月も、うんうんと頷いていた。


「卯月さん、合格です」

「……?」



 六波羅さんは、話を続けた。


「私ですね、卯月さんのこと嫌いじゃないですよ。可愛いって思いますし」

「……うん」


「私の『可愛い』って言葉には反応してくれないんですね、まぁいいですけど。私は、シンデレラを成功させることを一番に優先しているのです。これは、嘘じゃないですよ?」

「……それは、そうだよね」



 卯月や俺の相槌を受けながら、六波羅さんは話す。


「それで、誰をシンデレラにするのが良いかと考えたんです。私は、リアリティを追求したいもので。だから確かめさせてもらいました。やっぱり卯月さんをシンデレラにするのが一番良いです」


 なんだか、卯月は六波羅さんを睨んでるようだった。

 六波羅さんは、慌てて首を横に振る。


「別にハメようなんて思っていないんですよ、今回は。舞台は用意してあげるので、きっちり成功させてくださいね」


 なんだか、六波羅って良い奴だったんだな。

 主役のシンデレラを譲るなんて。

 それほどまでに、演劇が好きなんだな。


 卯月は、相変わらず六波羅さんを睨んでいた。


「何か企んでることは、分かるよ」


 六波羅さんは、笑い出した。


「はは。勝てないか。パソコン部って、卯月さんがリーダーでしょ? ‌これで、色々チャラにしてよ。YAYOIさんを説得して下さい。売上の四割をあげるなんて、キツいって」


 今までに見たことがない六波羅さんの笑顔を見れた気がした。

 卯月も、顔を和らげる。


「上手く行ったら、考えなくもない」



 手を握りあった状態の二人。

 そのまま強く握りあっていた。



 交渉術は、卯月にお任せだから、これで良かったんだろう、きっと。


 俺も卯月の肩を叩いて、言ってやる。


「卯月なら、絶対上手く行くよ! ‌俺も、相手役が卯月なら安心だし。頑張ろうぜ! ‌みんな協力してくれる良い奴ばかりで良かったな!」


 みんなは、ホッとしたような、呆れたような表情を浮かべていた。

 卯月も、やれやれといった表情を浮かべていた。


「睦月が一番良いやつだよ。まったくさ」

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