第43話 嘘だとしても

 怪我をさせてしまった六波羅さんをつれて、俺は部室を後にした。

 六波羅さんには、俺の腕を支えにしてもらいながら、保健室へと向かう。

 倒れた時に足も挫いたのか、足を引きずるように歩いていた。


 そんなに怪我をさせてしまったみたいで、申し訳ないな……。


「その手、大丈夫なの、か? ‌他にも足とか痛そうだけれども、大丈夫か?」



 美鈴がやってしまったとしたら、俺の責任でもあると思う。

 きっと、俺と六波羅さんを二人きりさせるためなのかもしれないが、これはやりすぎだよ……。



 そんな俺の言葉を六波羅さんは聞いてるのか、聞いていないのか、ちらちらと部室の方を見ていた。


 しばらく痛そうに足を引きずって歩いていたが、段々と歩き方が普通に戻ってきた。


「あれ? ‌私なんだか、もう大丈夫そうです!」


 六波羅さんは、ケロッとして言ってきた。

 さっきまでは、痛そうに眉をしかめていたのに、なにか厄介事が終わった時のようにスッキリした顔をしていた。


「いや、そんな事ないだろ、血だって出ていたし……」

「んー、指を拭いてみたら、血じゃなかったみたいなんですよ。演劇部にあったペンキが付いてたみたいです」


 そう言って指先を見せてもらうと、確かに切れてる箇所は見えなかった。

 それなら良かった。


 六波羅さんは、俺の腕を振り払うと、笑顔で言ってくる。


「それじゃあ、私はやることがあるので、演劇部に戻ります!」

「あ、あぁ。大丈夫そうなら良かったよ」



 六波羅さんは、陽気に少しスキップしながら、廊下を戻っていった。

 怪我が無かったのなら良かったが。

 一体、なんだったんだろうか……。



 六波羅さんは、何かを思い出したかのように、振り返る。


「睦月君は、いい人過ぎますよ。嘘を嘘と見抜けないと損しちゃいますよ!」


 今まで見せなかった優しい表情だった。

 そして、続ける


「あと、本当の事言わないのも、嘘をついているのと一緒だよって、美鈴ちゃんに言っておいて下さいな。嘘をつき続けるっていうのも、辛いだけだからさ」



 あっけに取られていると、六波羅さんの姿が見えなくなってしまった。

 とりあえず、俺もパソコン部に戻るか。


 これで良かったんだろうか。

 相変わらず熱い廊下を一人戻っていく。



 せっかく美鈴が用意してくれたチャンスだったのに、上手くできなかったのかな。

 何を間違えてしまったんだろうか。



 パソコン部へと戻ると、美鈴は一人で掃除をしていた。

 もくもくと。

 文句も言わずに。


 窓の無くなった窓枠から、夏の暑い空気が入り込んできていた。



「お疲れ美鈴。俺も掃除手伝うよ」

「あれ? ‌六波羅さんはどうしたの? ‌大珠部だった?」


 どことなく、美鈴も申し訳なさそうにしていた。

 やっぱりやり過ぎてしまったと、反省しているみたいに。


「六波羅さん、なんだか急に元気になって、演劇部に戻って行ってしまったよ。俺のしたこと、何か間違っていたかな」


 美鈴は、ため息をついた。


「はぁ、そうか……。いや、睦月は悪くないよ。私が着いていながら。六波羅さんにやられちゃったね……」


 俺はついでに、六波羅さんが言っていたことを美鈴に伝えた。



「本当の事を言わない私も、六波羅さんと一緒か……」


 美鈴は何か悩んでいるみたいにうつむいて、固まってしまった。



 そうだよな。

 部屋が暑いもんな。

 俺が美鈴にしてあげられるのは、頭を休ませてあげることくらいしかないな。


 美鈴が人間じゃないっていうのはわかっても、これだけ一緒にいると、なんだか情が湧いてきてしまう。

 俺は、それで良いと思う。

 AIでも、人間として扱ってやるのが、やっぱり一番だって思う。


「美鈴も、一旦考えるのをやめて、ゆっくり片付けしようぜ」


 うつむいていた美鈴は、俺の方を向いて話を聞いてくれる。


「俺もさ、嘘を嘘と見抜けないと損しちゃうって言われたんだよ。けど、別に俺は損してないと思うんだ。嘘だとしても、それで幸せだって思えれば、それでいいんじゃね」



 美鈴は、聞いてるのか聞いてないのか、反応なく俺を見つめたままになってしまった。


 ……うーん。

 美鈴ハングアップだな。

 矛盾したことを言い過ぎちゃったかな。


 固まっていた美鈴が、口を開いた。


「睦月は、やっぱりお人好しだよ。そういうところがさ……」



 そこまで言うと、美鈴はまた固まってしまった。


「はは、美鈴無理するなよ。暑いんだからさ。片付け終わったら、またアイス食いに行こうぜ!」


 美鈴は、うんと返事だけしてくれた。

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