第33話 美鈴からのお願い

 俺は、美鈴に連れられて屋上への階段を登っている。

 美鈴は俺の手を引くが、こちらを一回も振り向かず、すごく急いでいるようだった。

 何があったのか一向に話してくれない。


 そして、屋上への扉を開ける美鈴。



 屋上には遮るものもなく、夏の太陽がモロに降り注ぐ。

 外の世界は、相変わらず暑い。


 その中を歩いていく美鈴。

 大きな白い雲と、青い空が視界に広がる。


 俺は、美鈴の後を黙って着いていく。



 外の世界は、相変わらず綺麗で。

 こうやって、朝から屋上にいると、独房のような半地下の部屋にいるってことが馬鹿らしくなっちゃうな。



 五十嵐さんと仲良くなるために、パソコン部で大会に出るっていうイベントは終わったわけだし。

 もう俺は、外の世界に飛び出てもいいんじゃないだろうか?

 例えば、五十嵐さんと外でデートしてみたり。

 こんな暑い日にはアイスでも食べたり。

 そういうのも、ありかもしれないな。



 美鈴は屋上の端まで行って、フェンスにもたれかかった。

 真剣な表情で俺の方を見てくる。


 話したいことってなんだろうな。

 けど、俺からも美鈴に伝えたいことがある。

 こんなにも、俺の高校生活を変えてくれたのは、美鈴のおかげだから。


 俺の方から口を開いた。



「まずは、俺から伝えないといけないかもだな。美鈴、ありがとう。こんな俺なのに、これ以上ないってくらい楽しい青春を送れてる気がするよ。それもこれも美鈴のおかげだよ。ありがとう」


 俺は美鈴に頭を下げる。

 下げた頭を元に戻すと、美鈴は少し泣きそうな顔をしていた。


「……私もだよ。今までありがとう」


 なんだか、「今まで」って言う部分が引っかかる。

 俺が美鈴からお礼言われることなんて何もない気がするんだけどな。

 美鈴は、話を続けた。


「もっと、睦月と一緒にいたかったけれど、これで終わりだよ。大会で勝てなかったんだもん……」


 震える声を出し、美鈴の目からは透明な液体が零れ落ちた。

 ……泣いてるのか?



「いや、勝つことが目的じゃなくて、五十嵐さんとの仲を深められたから、大成功だろ……?」


 美鈴からは、いつものツンツンとした雰囲気が無かった。

 いつでも冷静で、何か計算をしているように見える美鈴なのに。


 これも、俺に何かを学習させようとしているのだろうか?

 頭の悪い俺には、いくら考えてもやっぱり分からない……。

 美鈴は、下を向きながら俺に言ってくる。


「最後にさ、卯月ってもう一回呼んで欲しい……」


 うーん……。

 いつもの如く、俺は話についていけないぞ……。

 何かを試されているのか?


 考えても分からない時は、前に進もう。

 しょうがないから、素直に呼ぼう。


「卯月」


 俺の呼びかけに、美鈴は顔を上げた。


「睦月……」


 美鈴は、泣きそうな顔で俺を見つめてくる。

 俺はどうしろっていうんだよ。

 教えて欲しいよ。


 AIなんだから、答えをくれてもいいじゃないか。



 美鈴は、俺の両肩を掴んできた。

 今から何が行われるんだ……?


 どうすればいいか分からない俺は、成すがままに美鈴に体を預けた。


 美鈴の顔が、徐々に近づいてくる。

 俺の顔も美鈴の方に引き寄せられていく。

 今から、キスのシミュレーションでもするのかっていう雰囲気だな……。



 これは、雰囲気に流されるままキスしてしまっていいのか?

 俺のファーストキス。

 いや、AIとのキスはカウントされないか。


 美鈴の顔は止まることなく、ゆっくりと迫ってくる。

 俺は、恥ずかしさのあまり、顔を少し引いてしまった。


「睦月、私の言う通りにして。キスしなさい」


 言葉はいつも通りでも、涙を浮かべた目で訴えてくる。

 しかも上目遣い……。

 これは、反則だろ……。


「あ、やっぱりキスですよね……」



 立場が逆なのかも知れないが、俺は目を閉じてキスを待った。

 美鈴の成すがままに。

 もう好きにして下さい……。




 ――ガチャガチャ。


 その時、屋上に上がってくるための階段のドアが鳴った。



 ――バーン。


 そして、それが勢いよく開いたのだ。



 驚いてドアの方を見ると、そこにいたのは、YAYOI。

 こんな朝早くに、なんでこんなところにいるんだ?


 YAYOIは、大声でこちらに向かって叫んできた。


「卯月! ‌ちょっと待ちなさい!」


 そう呼ばれると、美鈴は固まってしまった。

 俺も、どうしたは良いか分からずに、その場に立ち尽くした。

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