第26話 パソコン部の朝練!

 俺は、なぜだか美鈴と登校している。

 それも、とても朝が早い。


 五十嵐さんとの登校だって、もう少し遅かった気がするのに。


 電車に乗る前も、電車に乗ってからも、電車から降りても。

 俺は美鈴と、ずっと手を繋がされた訳で。

 なんだか、よく分からない気分な訳で。


 段々と、美鈴が普通の女の子のように見えてしまうんだよな。


 パソコン部の部室に着くと、やっと手を離してくれた。

 そして、美鈴はニコニコしながらパソコンを起動させている。

 控えめに言っても、すごく可愛い。


「パソコン教えるからさ、睦月も早くパソコンつけて」

「お、おう」


 俺は、美鈴の隣に座ってパソコンを起動させた。



 これで、やっと手が解放されたからな。

 とりあえず、手汗拭いておこうかな。


「じゃあ、パソコン教えていくね?」

「おう。よろしく」


 美鈴は、そういうと席を立った。

 そして、俺の後ろに回り込んで、手取り足取り教えてこようとする。

 昨日、美鈴が五十嵐さんにやっていたのと同じ構図だ。



「えっと……。俺も一応パソコン部だから、ブラインドタッチくらいはできるわけで……」

「それでも、手取り足取り教えられろ! ‌後ろからじゃないと、睦月のパソコン画面が見えないだろ!」


 そう言って、俺の背中にピッタリと美鈴の身体をくっつけてくる。


 ……変な気分になっちゃ、ダメだぞ、俺。


 これは、きっとシミュレーションだ。

 どういう風に教えなきゃいけないっていうことを、身をもって俺に教えてくれてるんだ。


 多分、そのはず。

 だったら、俺は抵抗せず、五十嵐さんになり切ってみた方が、学ぶことが多くなるんだと思う。

 きっとそうだ。


 よしよし。

 朝から冴えてるぞ、俺!


「わかったけど、少し待ってくれ、美鈴。心の準備だけさせてくれ」


 深く息を吸い込んで。

 止める。


 落ち着け俺。

 変な気を起こすのはNG。

 俺は純粋に、五十嵐さんを演じる。

 そうすることで、美鈴から何かを学び取れるはずだ。


「お待たせ。それじゃあ、教えて下さい」


 俺は抵抗をやめて、美鈴に身体を預ける。


「どうしたの睦月……? ‌急に素直になると、なんだか恥ずかしいな……」


 美鈴を喋らせ続けると、またオーバーヒートしちゃうから、俺から仕掛けるのがベストだな。

 女の子言葉じゃないけれども、五十嵐さんを意識した言葉遣いを心掛けて。


「美鈴さん、恥ずかしがって無いで、早く教えて下さい」

「わ、わかった。そうしたら、まずはココなんだけどね……」


 耳元でささやかれる美鈴の言葉。

 これは、ドキドキしちゃうだろ……。

 優しい吐息が、耳に当たって……。


 うぅ……。何も頭に入ってこない……。



 横を見るとすぐ近くに美鈴の顔がある。

 柔らかそうな美鈴の肌。

 プルンとした美鈴の唇は、喋る度に小さく動いてる。

 触ったらとても柔らかいんだろうな……。


 ……ごくっ。



「おーい、睦月。何よそ見してるの? ‌ココだよ、ココ?」


 そう言って、後ろから抱きついて、俺の手を取ってくる。

 いつもは冷たいはずの美鈴の手が、今は温かい。

 抱きついてくる美鈴の身体自体が、温かい熱を持っているように感じる。

 パソコンも、ずっと起動させておくと熱を持つから、それは当たり前なのかな?


 ……というか、心臓の鼓動のようなものが伝わってくるぞ?



 ――ドクン、ドクン。



 そんなところまで精巧につくられてるのか?


 いやそんなことよりも。

 これがきっとコツなんだ。


 自分の鼓動の音を、相手に聞かせるっていうテクニック。

 緊張してるということを表してるのか、心なしか鼓動が早い気がする。


 美鈴先生、すごいです。

 俺でさえ、ドキドキしちゃう……。


「ココだよ。ちゃんと前を見て。ここを選択して、エンターを押してね?」

「はい」


 美鈴に手を誘導されて、一緒にエンターキーを押す。


「そう。よくできました。偉いよ、睦月」


 俺を褒めて、そして頭を撫でてくれる美鈴。

 これは、どうかしちゃいそうだ……。



 ――ガラガラ。



 その時、いきなりパソコン部の部室のドアが開いた。

 予想外の事に驚いてドアの先を見ると、そこには五十嵐さんが立っていた。


「おはようございまーす!」


 美鈴は驚いて、俺から離れてしまった。



「あっ! ‌睦月君と、美鈴ちゃん! ‌二人とも、流石ですね。朝から練習をしてたんですね! ‌私も朝練しようと早く来たんです!」


 そう言いながら、爽やかな笑顔を浮かべて近づいてきた。


「あぁ、そうか! ‌‌美鈴はこれも見越して、すごい早朝に登校してきたわけか。五十嵐さんが来る前にテクニックを教えてくれて。そうしたら、早速今のテクニックを使って五十嵐さんに教えればいいっていうことだな!」


 美鈴の方を振り向くと、美鈴は五十嵐さんの事を睨んで、大きな舌打ちをしていた。

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