第8話 二人きりの登校デート

 早朝、こんなに早く家を出るのは初めてだ。

 朝の空気がこんなに美味しいって知らなかったな。


 なんだか、それを知れただけでも、俺は高校生活を満喫できてるって少し思ってしまう。

 なんてことはない、日常なのに。

 見える景色が全然違う。


 電車も空いてるし。

 ちょっと起きるのは辛いけれど、今度から早起きするのも悪くないかもな。


「美鈴、ありがとう」


 電車の中では、チャットで文字を打って美鈴へと伝える。


「別に私のおかげじゃないし」


 美鈴からの返答は、ワイヤレスイヤホンから返ってくる。

 美鈴の朝は、ツンデレモードなのかもしれないな。

 これもこれで、可愛らしいけど。


 電車に揺られて、学校の最寄り駅についた。

 改札を出たところで、美鈴に言われたのでスマホを周りにかざす。


「いつも、そこの改札から出ているはずだから、よく見ててね」


 我ながら不審者だなと思いつつ、スマホを構えながら周りをきょろきょろと見る。

 学校近くの駅前は、電車の中とは違って人が増えてきていた。


「いつもよりは少ないと言えど、こんなに人の多い中から五十嵐さんを見つけるなんてできないだろ」

「大丈夫、分かるはず」


 改札を出たところでしばらくきょろきょろとしていると、ふわっといい香りが俺の鼻へと届いた。

 この香りは、彼女だ。


 そう思うと、五十嵐さんが改札から出てくるのが見えた。

 俺が彼女に気づくと、あちらも俺に気づいたようだった。


「あ、昨日のパソコン部の方。昨日は大丈夫でしたか?」

「あ、はい。大丈夫でした」


 自然な流れで会話が始まると、そのまま一緒に学校の方へと進んでいく。

 本当に美鈴の言った通りになってる。すごいな、AIの力って。



 ◇



 五十嵐さんの質問通り、窓が割れた後は意外と大変だったんだよな。

 美鈴のセットアップに気を取られてて、忘れてたけど。


 一通り掃除をした後で、先生に知らせたんだ。

 そしたら、応急処置として、ブルーシートを付けて。

 窓の外側には、ブルーシートが飛ばないようにブロックを置いてみたりして。


 そんな感じの作業だったけど。

 俺にとっては、久しぶりの力仕事。

 そんなだから、筋肉痛がすごい。

 足も、腕もくたくたで。


「あれ? もしかして、あの時、足を怪我でもしましたか? サッカー部だったら一大事ですよ!」

「いや……、そういうわけじゃ……」


 イヤホンから、美鈴の声が聞こえる。

「そうだって言っておけ。ガラスの破片で、ちょっと怪我しちゃったって」


 うーん……。

 本当は違うんだけれども。美鈴を信じてみるか……。

 俺は恥ずかしくて、五十嵐さんのことを直接見れないから、前を向きながら答える。


「あの、少しだけガラスで怪我を……」

「そうなんですか! 大変です。そうでしたら、私が支えますね」


 そう言うと、五十嵐さんは俺の手を取って歩いてくれた。


「こんな私でも、少しは支えになるはずです」


 俺に対して、優しい笑顔を向けてくれる。

 ……何だこれ。これって、夢か何かか?



 イヤホンからは、美鈴の満足気な声が聞こえる。

「よしよし。これで良いだろ」


 五十嵐さんに嘘を言ってしまった手前。

 俺は、別に痛くも無い足を引きずるように少し演技をしながら歩く。


 そんなことをしているとしても。

 これは、普通にカップルが手を繋いでいるようにしか見えない気がする。


 こんなことが俺にあっていいのだろうか。

 朝早いから、通学路には学校へ向かう生徒も見当たらない。


 友達に内緒で付き合ってるカップルって、よくこういうことしてるんだよな。

 朝早く誰もいない中、二人で手を繋いで登校する。



 ……これは、まさに、今青春的な状況なんじゃないか。

 朝の清々しい空気の中。


 誰にも見られることも無く、五十嵐さんと二人で手を繋いで歩く。



 ……これは、良い。

 まさに俺の求めていた青春。


「そう言えば、パソコン部って大変なんですか?」

「そ、そうだね」


 朝の涼しい空気が、俺と彼女の間を流れていく。



 いくら理想的な状況だと言っても、そこは現実。

 俺には、会話スキルがねぇ……。

 会話が続かねえ……。


 そりゃそうだよな。

 コミュ損だからこそ、パソコン部なんかに入ってるわけで。

 俺に何か会話を膨らませるなんて、無理な話で。


 ……うん。

 俺は、爽やかな空気だけ吸っておこう。

 イヤホンから声が聞こえる。


「パソコン部の事なんかよりも、サッカー部の事を話題にして。皐月ちゃんは、今年のサッカー部に賭けてるから。話だけふれば、勝手に話してくれるはずだから」


 そうなのか……?

 AIは、やっぱりすごいな。

 この状況を察知して、アドバイスをくれるのか。頼りになりすぎる。


 相変わらず俺は前を向きながら話す。


「あ、あの。サッカー部ってさ、大変?」

「うん、大変だよ。サッカー部は毎日朝練もしてるし、部活のみんなの方がもっと大変そうなんだ」


 話題にしてっていうアドバイスはありがたいが。

 具体的に何を聞けばいいんだ?

 話題の振り方が分からない……。


 俺の考えが分かるかのように、美鈴がアドバイスをくれる。


「まったく、睦月はしょうがないな。私が言うことを繰り返して」


「た、大会があるんだよね。サッカー部は、今年こそ全国に行けるかな?」

「あ、よく知ってるね! そうなんだよね。それで毎日頑張っててね」


 その後、五十嵐さんは楽しそうに毎日のサッカー部の練習について話してくれた。

 俺は美鈴の言う通りに、相槌を打ったりして。


 サンキュー、本当に助かる。

 こんな近くで、五十嵐さんの笑顔が見れるなんて。

 俺は幸せ者だ。


「睦月君は、サッカーに興味あるんだね。今度の大会、応援に来てよ」

「ははは。行く行くー」

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