第2話 サッカー部のマネージャー
空気中にある水蒸気が冷やされることによって出来た氷の粒。
そこに太陽の光が射しこむことでキラキラと光って見える。
それがダイヤモンドダストの正体。
そんな幻想的な景色が目の前に広がった。
俺は一度、冬の北海道で見たことあったが。
夏の地下室で、そんな景色が見れるとはな。
そんな幻想的な景色を見せてくれたのは、ガラスであって。
そのガラスを降らせてきた来た正体は、サッカーボールだった。
眼前にキラキラした光が出るのは、可愛い女の子が登場した時だけにして欲しい。
窓を割ったサッカーボールは、俺の前にあるディスプレイを倒した。
その勢いでボールが跳ね返ってきて、俺の顔面目掛けて飛んできた。
不意打ちも良いところで。
そんなボールを避けられるわけも無く、俺は顔面で受け止めた。
――ガン!
「……いてぇ」
もう、踏んだり蹴ったりだな。
何にもいいこと無いな。
「何だよ。ちきしょう」
パソコン部の部室にある高窓は、横に細長い形をしている。
高さとしては、ちょうどサッカーボール一個分くらい。
そこを、奇跡的に貫いて、ボールが勢いよく入ってきたのだ。
如月は、ダイヤモンドダストに感心していた。
「奇跡なんてあるもんだね、とても綺麗だ。ちなみに僕は何も被害が無かったよ。日頃の行いが良かったのかな」
呑気にそんなことを言っている。
少しは、俺の事を気にして欲しい。
細かいガラスの破片が、ボールと一緒に顔面に少し刺さったようで、おでこのあたりが痛い。
おでこ以外は怪我は特に痛みは無いようだった。
こんなことをしてくれたのは、サッカー部か……。
如月は、俺の顔をまじまじと見ると、安心したような顔をした。
「君もあまり怪我は無さそうかな?良かった良かった」
「……あまり良くないけどな」
如月は、少し深刻な顔をしてくれた。
「そうか。窓が壊れちゃうと、空調が効かなくなっちゃうから大問題だよね。PCの温度が心配だな」
一瞬俺のことも心配してくれたけれど、すぐにパソコンの事だな。
こいつを友達と思って良いんだろうか……。
そう思って如月のことを睨んでいると、流石に気遣ってくれた。
「後で保健室にでも連れて行ってあげるよ。とりあえず、まずはガラスを片付けようか」
「そうしよう」
地下室に散らばった、ガラスの破片を、ほうきとちりとりで集め始める。
その間、割れた窓から、外のサッカー部の楽しそうな声が聞こえる。
特に誰かが謝りに来るでも無く。
別に、そんな扱いを受けるのは慣れてるから、俺も気にしないけど。
世界の違いを感じてしまうな。
日の当たるような世界の人には、俺たちパソコン部は認識されていないんだろうな。
こういう地下室で、誰にも知られずに地味な作業をしているのが似合っているのかも知れない。
いつか、日の当たる世界の人に認識されてみたいもんだ。
割れた窓から吹き込んでくる風は、夏を感じさせた。
段々と外気温が部屋の中に入り込んでくる中で、片付けを進めていると、部室をノックする音が聞こえてきた。
――コンコン。
こちらが合図をする前に、断りもなく、その娘は入ってきた。
入ってくるなり、部屋をフローラルな香りが包んだ。
夏の雰囲気は一変した。
俺は、季節外れの春が来たのかと思った。
「すいませーん。ボール飛んできたと思うんですけれども、大丈夫でしたか?」
部室に入ってきた女の子は、そう言う。
茶色に染めた髪の毛。
それを、左右に二つに結んで、肩くらいまで垂らしている。
整えられた眉毛は少し下がり目で、申し訳なさそうな顔をしている。
口元は、優しい色をした、ほんのりピンク色の唇。
そこから吐き出される言葉は、とても心地よく地下室を爽やかにしてくれた。
「わぁ。窓が割れちゃってますよ、それもガラスがいっぱい飛び散ってて」
「……えっと、君は?」
「あ、私サッカー部のマネージャやってます」
さっき見えたマネージャのうちの一人。
五十嵐皐月ちゃんだ。
近くで見ると、とても可愛い。
「片付け、私も手伝わせてください」
「……あ、ありがとう」
俺は、そのくらいしか答えられなかった。
可愛すぎて声が出なかった。
そんな俺とは正反対に、如月はずけずけとモノを言った。
「君サッカー部? ガラスの破片がキーボードの隙間とかに入ってるかもだからね。ちゃんと全部掃除していってよ?」
「あ、はい。本当にごめんなさい。ガラスの破片が細かいので、一度先生に言って、掃除機借りれないか聞いてきます」
そう言って、皐月ちゃんは部屋を出ようとする。
如月は、椅子の背もたれに寄りかかりながら偉そうに言う。
「頼むよ?」
確かに悪いのは、サッカー部だけれども、皐月ちゃんは悪くないよな……。
俺は、皐月ちゃんが部屋を出る寸前で、止めた。
「いや、五十嵐さん、いいよ。そこまでしなくても大丈夫。俺たちでどうにかするよ。君は悪くないから、サッカー部に戻りなよ」
「いや、でも……」
俺は、柄にもなくイケメンのような態度を取ったものの、どういう表情をしたら良いかわからず、ぎこちなく笑顔を返した。
皐月ちゃんは、そんな俺に優しく微笑むと、部屋を後にしていった。
「ありがとうございます。サッカー部が休みの時に、お詫びをさせて下さい」
笑顔とともに皐月ちゃんは去っていった。
部室には、フローラルな香りを置いていった。
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