第7話 再戦へ向かう夜

 兵舎に、再び夜がやってくる。

 俺は少し早めに現場に入って、一応内部を確認して回る。

 深夜になると動き出す、黒い巨犬。

 やはりどこを探しても、隠れ潜んでいる感じはない。


「ここは……武器庫か」


 兵士たちが使う装備品が収められた部屋には、壁に複数の剣や槍などが掛けられている。


「…………すごい」


 壮観な光景。

 これまでは転生の衝撃と状況の把握で慌ただしくて、気づかなかったけど……。


「これが【帝国兵の剣】か……!」


 俺は思わず駆け寄り、並んだ剣を手に取った。


「剣というよりはシンプルなブレードという方がしっくりとくるデザインをしたそれは、どこか工業製品を思わせる一面がある。万人向けの大量生産品だが、柄や刃渡りを交換することで個人の体格や戦い方に即した変更を入れることできる。攻撃力15!」


 設定資料の武器の欄は、ページがよれるほど読み返した。

 一言一句間違えなしの、完全暗記だ!


「この量産品ならではの作りがいいんだよなぁ……! ついついコレクションしたくなるんだよ!」


 手にはずっしりとした、本物の武器の重み。

 何百回とみた武器イラストを思い出して、息も荒くなる。

 やっぱり、本物はすごい!


「振り降ろし! 払い! 振り上げ!」


 そのまま俺は【帝国兵の剣】を、仮想ドラゴン相手にブンブン振り回す。


「いやぁ、やっぱ本物は手元においておきたくなるなぁ……!」


 思わずそのまま刀身に頬ずりして、ひんやりとした感触を確かめる――!


「はぁーっ! やっぱ武器防具こそ、RPGの華なんだよなぁぁぁぁ……っ!」

「…………レオン……将軍?」


 聞こえた声に、ビクリと震える身体。

 振り返るとそこには、赤茶髪をした兵士リックの姿。


「…………」

「…………」


 俺たちは互いに互いを、言葉なく見つめ合う。


「遅かったなリック、さあミーティングを始めよう」

「まままま待ってください! なかったことにするのはさすがに無理ですよ! もう遅いですっ!」


「無理無理無理!」と、首を振るリックに俺は頭を抱える。


 やっちまった……。

 将軍への転生から幾日。

 頭がこの現実に少しずつ追いついてきたことで、つい隙が生まれてしまった。

 いくら俺自身に威厳がないとはいえ、さすがにこれは恥ずかし過ぎる!


「で、でも分かりますよ! 僕も初めて帝国から剣が支給された時は、ブンブンしましたから! やっぱり武器は男のロマンですよね!」

「リック……」


 必死に取り繕ってくれるその姿に、思わず心を打たれる。


「恥ずかしいところを見せてしまったな。できればこの事は……内緒にしておいてもらえないかな?」


 俺はできるだけ穏やかに、頼み込む。

 しかしリックは、申し訳なさそうに目を伏した。


「すみません」


 そんな謝罪の言葉に続いて、武器庫へ入ってくる三人の兵士たち。


「あ、皆さんご一緒だったのね」


 どうやら俺の奇行に気づいて、代表してリックが入ってきたらしい。

 俺は赤くなる顔を落ち着かせるのに、精いっぱいだった。



   ◆



 ランプに火を灯し、俺たちはそのまま武器庫で深夜が来るのを待つことにした。


「そうだ、そろそろ腹が減る時間だろ?」


 俺は食堂にいたメイド長に頼んで、いくつか持たせてもらった夜食を取り出す。


「鳥の揚げ物は注意してくれよ」

「もしかして……油物を取ると戦う際に体調の変化があったりするんですか?」


 ゴクリとノドを鳴らしたリックは、真剣な目で俺を見る。


「いや、油で武器がすっぽ抜ける可能性があるだろ?」


 そんな俺とリックのすれ違いに、クスクス笑う兵士たち。


「そういえば、どうしてリックはそんなに剣の教えを受けたいんだ?」


 赤王竜討伐を果たして帰還した際も、王子に負けじと教えを求めてきてたよな。


「俺は出稼ぎで帝国に来ていて、実家の妹に錬金術の勉強をさせてあげたいんです」

「そうなのか」

「はい。妹には良い才能があるので、なんとか学校に通わせてあげたくて。あのまま村から出ずに一生を過ごすのではなく、夢である錬金術師になって欲しい」

「リックは妹思いなんだな」


 そう言うとリックは、少し恥ずかしそうにした。


「それに……学校で変な男が出てきても、僕の剣で斬れますから」

「……ん?」


 今爽やかなリックから、似つかわしくない言葉が聞こえたような。


「妹をいじめる同級生も斬れますし、イヤらしい目で見る先生だって、ライバル錬金術師も、僕が駆けつけて一刀両断にするんです!」

「とんでもないシスコンだった!」


 これには兵士仲間も苦笑い。

 どうやらリックも、意外と癖のある青年のようだ。


「ち、ちなみに妹さんはなんていうんだ?」

「アニタです」

「……ッ!」


 しかしその言葉に、俺は思わず息を飲む。

 思い出す、本編での言葉。


『――――ごめんな、アニタ』


 戦場で倒れ伏すリックの最後の言葉は、妹へのものだったのか……!

 やはり魔導士の野望は、打ち砕かなくちゃならない。


「でもレオン将軍は、本当にあの黒い巨犬との戦い方が分かるんですか?」

「ああ、それについては問題ない。遭遇できるかどうかだけだよ問題は」


 四人だと、必然的に一緒に見回る形になる。

 どの時間なら遭遇できるか、そしてこの広い兵舎で戦いに持ち込めるかどうか。

 大事なのは、そこだ。


「あ、あの」


 俺がそんなことを考えていると、武器庫に兵士たちが入ってきた。


「昨日の兵士たち?」

「このまま将軍殿と、新兵たちに任せたままではいられません。俺たちもお供させてください」


 なんと昨夜怖いを思いをしたであろう兵たちも、巨犬討伐に名乗りを上げてくれた。さらに。


「俺にも手伝わせてください!」


 怪我を負った兵士まで来てくれた。

 いいぞ。これなら探索範囲も、時間も大きく融通が利くようになる。


「助かるよ。それじゃあ巨犬退治を始めようか」

「「「はいっ」」」


 俺は集まった面々を集めてさっそく、準備してきた『アイテム』を配る。


「いざとなったらこれを使ってくれ。皆、頼んだぞ」

「「「はいっ!」」」


 こうして俺たちは、夜の兵舎に巣くう巨犬退治に乗り出した。

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