第6話 まずは問題の確認から

「そういうわけだ。魔導士殿の力は必要ない」

「分かりました。何かお困りの際はおっしゃってください。私はいつでも力をお貸しいたしますよ」


 強めの断りにも、魔導士は余裕の笑みを浮かべたまま去っていく。

 まずは、問題の確認からだ。

 年齢は18歳くらいだろうか、本編に少しだけ出てくる赤茶髪の兵士の名はそう――。


「それじゃあリック、宿舎の魔物の話を聞かせてもらえるか?」

「レオン将軍、俺の名前を……!?」

「ん?」

「い、いえ! 説明させていただきます!」


 なぜかわずかに驚くようにした後、リックは少し笑みを浮かべながら話し出す。


「最近、夜中になると兵舎内を黒い犬のような魔物がうろついているんです」

「兵士宿舎の中を……?」

「はい。夜な夜な狩りでも楽しむかのように兵舎内をうろつき、すでに何人ものケガ人が出ています」

「夜な夜な……昼間はどこかに潜伏でもしているのか?」

「それがどこを探してもいないんです。昼間は姿が見えず、必ず夜にやってきます。どこから入り込んでいるのかも分からないですし、どうやって出ていっているのかも分からない。実は僕も一度だけ対峙することがあったのですが、戦闘には至らなくて」

「その時はどうやって切り抜けたんだ?」

「はい、僕の時は明け方4時過ぎ。魔物は何かを思い出したかのように突然去っていったんです」

「なるほど……」

「これが原因で、最近は夜警を嫌がる兵が多くなっています。兵舎の問題なので、大っぴらに助けを求めるわけにもいかなくて」

「まあ、面子の問題もあるよな」


 兵舎内で起きてる問題を、外部に助けてもらう。

 帝国の『武』を担う兵士たちには、できれば避けたいところだろう。

 ……それにしても。

 死傷者が出るようなことになれば、解決した時に魔導士の株は大きく上がる。

 そして自身の管轄で起きた問題を、解決された将軍の評価は下がることになるだろう。

 そうなれば必然的に、魔導士の発言力が強くなる。

 よくできたやり口だ。


「一度、兵舎に向かおう」

「は、はいっ」


 こうして俺は、数人の兵士たちと共に兵舎へ。

 地方から出て来た兵士たちが住むこの兵舎は、歴史を感じる石積みの建物。

 飾られた盾と剣のモチーフが、なかなかの威厳を発揮している。


「待ってください兵長! 俺はこの前も夜警をしたばかりです!」

「だがそれは『ヤツ』が現れる前だろう? 今の兵舎警備に回る人間が必要なんだ!」

「それなら他にもいるじゃないですか! そもそも兵長がやってくれてもいいはずです!」

「へ、兵舎の夜警は兵長の仕事ではない……っ!」

「いえ、こういう時だからこそ兵長が先頭になって――」

「お、おい!」


 にわかに揉め始めていた兵士たち。

 その内の一人が、俺の姿に気づいて慌てて背を正す。


「将軍殿……!」


 すると兵長たちも、それに気づいて背筋を伸ばした。


「夜警の問題だよね?」

「も、申し訳ありません……! 今夜の担当者が体調を崩して空きができてしまったんです。その穴埋めが必要なのですが……揉めていまして」


 やはりこの問題は、兵士たちの中で悩みの種になっているんだろう。

 兵長の表情にも、焦りが見えている。


「分かった……それなら今夜の夜警には、俺が加わろう」

「しょ、将軍殿がですか!?」


 将軍の住まいは城内。

 兵舎の問題に、自ら乗り込んでくるとは思わなかったのだろう。

 兵士たちは一様に、驚きの表情を浮かべている。


「それなら僕も、ご一緒させてください!」


 するとリックは自ら志願して、今夜の警備担当に名乗りを上げた。


「頼む。兵舎の事情に詳しい者がいてくれると助かる」

「はいっ、よろしくお願いしますっ!」


 こうして俺たちは、兵舎の夜警問題に立ち向かうことになった。



   ◆



 時間は、深夜の二時前ほど。

 俺とリックは一階にある、夜警担当室で過ごしていた。

 他にもリックと共に来た若手が三人と、出入り口でも揉めていた兵士たち。

 そして揉めてた兵士たちは今、二度目の巡回に向かっているところだ。


「……遅いな」

「そうですね……一度の巡回でかかる時間の平均を超えているように思います」

「少し見に行ってみようか」

「は、はいっ」


 リックは気合を入れるように頬を叩き、「お供します!」と剣を取る。

 ブロックをしっかりと積んで作られた頑強な兵舎の廊下には、ランプが並んでいる。

 しかしやはりこれだけでは、光量が少なく心もとない。

 この暗さだと、怖さも倍増だ。


「わああああああ――――っ!!」

「「「ッ!!」」」


 突然聞こえた声に、思わずリックと顔を見合わせる。

 明らかな悲鳴。

 俺は聞こえた方向に向けて、全速力で走り出す。

 たどり着いた廊下の先に見えたのは、倒れ伏す三人の兵士たち。


「おい! 大丈夫か! リックは倒れた兵士たちを頼む!」

「はいっ」


 俺は兵士の救助をリックたちに任せ、今も激しい音を鳴らす何者かのもとへ駆ける。


「あれか……!」


 角を曲がると、その先には二人の兵士と、影の様に黒い巨犬の姿。


「ハアッ!」


 兵士の一人が、大きく踏み込んで剣を振るう。

 するとそれを回避した黒の巨犬は、その禍々しい赤い目を輝かせて突撃。


「ぐっ!」


 直撃を喰らった兵士が倒れ込む。


「ここだ!」


 だがその瞬間を狙ったもう一人の兵士が、代わって踏み込み払う剣。

 それは確かに黒犬の胸元を斬りつけたが、なんと――――ダメージはなし。

 傷すら負っていない。


「そんな……! どうしてっ!」


 衝撃を受ける兵士。

 その隙を突き、黒犬はその喉元に飛び掛かろうとして――。


「おい! 大丈夫か!?」


 声をかけることで、黒犬に増援が来たことを知らしめる。

 すると狙い通り、黒犬は目の前の兵を襲うのをやめて逃げ出していった。


「ケガは?」

「は、はい、問題ありませんっ!」


 倒れた兵士を起こし、傷を確認する。

 どうやら、緊急性はなさそうだ。


「こっちも大丈夫です! 傷を負った者はいますが命に別状はありませんでした!」


 倒れていた兵士たちの安否を確認したリックも、すぐに駆けつけてきた。

 こうして戦いは一段落。


「む、無理だろあんなの相手にするの……」

「攻撃が効かない相手だなんて、どうしろっていうんだよ」


 時間は深夜。

 恐ろしい化物を目の当たりにして、こぼれ出す恐怖の声。


「どうなっちまうんだろうな、この兵舎……」


 ……なるほど。

 傷すら与えられないというのは、普段鍛えてる兵士からすればつらいだろう。

 こうやって精神的に落ち込ませてから、救世主のように現れるわけだな。

 あの魔導士は。


「明日も俺が夜警に入ろう」

「い、いいのですか?」


 俺の言葉に、わずかに希望をのぞかせる兵士たち。


「今夜は皆、しっかり休んでくれ。俺は倒れた兵士たちを部屋に戻してくる」

「は、はいっ」


 残った二人の兵士は、不安そうな表情で応えた。


「でも、攻撃が通じない魔物が住み着いてるんじゃ、ここに住み続けるのはつらいな」

「いつ部屋にあの魔獣が飛び込んでくるか、分からないもんな」


 恐怖にあらためて、肩を落とす兵士たち。


「それなら問題ない。この件は明日解決する」

「……え?」


 リックと兵士たちは、驚きの表情を見せる。

 その心配を払しょくするように、俺はハッキリと告げてやる。


「あの魔物の謎はもう――――解けている」

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