第5話 最初の問題

 帝国を滅ぼし、将軍を死に追いやる魔導士との出会い。

 破滅の運命を打ち破るため、俺はまず自分自身の『能力』を確認することにした。

 私室を出て向かうのは、城の裏手にある林。

 ここは将軍が個人訓練に使っている場所だ。

 俺は手にした剣を取り出し、さっそく振ってみる。

 単純な振り降ろしからの払い、そして突き。

 自分でも驚くほど、流麗で力強い動きができる。


「いい感じだ。続いて【剣気】!」


 ゲーム本編でのレオン将軍は、剣から空刃を生みだすことで攻撃の有効範囲を広げていた。

 こうすることで、ただの振り上げが大きな『斬撃』に変わる。

 剣を振ると鋭い風切り音に遅れるように、付近の木の葉が斬れ飛び舞い始めた。

 赤王竜を倒したこのスキル、やはり強力だ。

 俺はそのまま反転し、後方から迫る敵を想定。


「【雷煌剣】」


 片手で放つ振り下ろしは雷光を伴い、そのまま地面で弾ける。

 よし、これも思い通りだ。

 レオン将軍のスキルはもちろん全部知っているし、これでその再現も可能だと分かった。


「それなら移動からの攻撃はどうだ? 【瞬動】」


 爆発的な踏み込みで敵との距離を詰める、高速のステップ。

 瞬きも許さない、疾風のごとき接近術から放つのは――。


「【炎鳳剣】!」


 全力で振り上げる一撃は、炎の軌跡を描く。

 すると枯れ木を剣が両断し、昇る炎が天を焼く。

 それから遅れて、火の粉が舞い落ちてきた。

 ……さすが将軍。

 退場が約束されたスポット参戦キャラだけあって、反則的な強さだ。


「す、すごい……」

「ん?」


 聞こえた声に振り返ると、そこには数人の兵士たちが呆然とたたずんでいた。


「……あっ! 鍛錬中お邪魔してしまい、申し訳ありませんでしたっ!」


 俺の視線に気づいて、慌てて頭を下げる。

 その身体は、全身緊張でガチガチだ。

 もともとレオン将軍は、厳格な武人。

 そのうえ無類の強さを誇るから、畏怖の対象でもあるんだよな。


「ごめんごめん、何か用でもあった?」

「えっ、あ、それが……っ」


 とはいえ、そんな威厳などまるで無縁で生きてきた俺。

 急に『お人好し会社員』みたいな感じになった将軍に、兵士たちはちょっと驚く。


「じ、実は最近、夜警の兵が襲われる事件が起きていまして……」

「城内で?」

「いえ、兵舎です。魔物の類だとは思うのですが、打倒するどころか足取りすらつかめないのです」

「そのため夜警の兵は疲弊し、兵舎から逃げ出そうとする者も出る始末」

「揉め事の火種になりそうなんです」

「そんなことが起きてるのか……」


 突然持ち込まれた事件。

 どうしたものかと、俺が悩んでいると――。


「おやおや、それは大変ですねぇ」


 聞こえてきた、妖しい声。


「魔導士シャルル・ディマリア……!」

「何か私に、お力になれることはありますか?」


 ……そういうことか。

 変わらぬ穏やかな笑みに、一滴混じる邪悪の気配。

 俺はゲーム本編の帝国の状況と、設定資料にあった情報を思い出す。

 帝国にやって来た魔導士はまず、各所に影響力を広げていった。

 本編の兵士も魔導士に心酔してる者が多く、最終的には一部を残して忠実な手下みたいになっていた。

 それは魔導士が様々な事件を解決して、信頼を築いたからだ。

 だが、そもそもその事件自体が魔導士の自作自演。

 魔物や悪人を自ら仕込んで事件を起こし、それを解決する形で収めていったんだ。

 兵士たちは魔導士の鮮やかな自演劇に妄信を始め、言いなりになっていく。

 そしてそれは他国への侵略を加速させ、帝国崩壊のスピードを速めてしまうことになる。

 だけど、魔導士にとって兵士たちはあくまで道具でしかない。

 他国への侵略や魔神の復活のため、次々使い捨てにされてしまうんだ。


「いや、待てよ……!」


 俺は思わずつぶやき、兵士の一人に目を向ける。

 それは「自分にも剣を教えて欲しい」と、駆け寄ってきた青年だ。

 そうだよ、この赤茶髪の兵士には本編で見覚えがある。

 帝国が起こした侵略戦争の中で倒れ、主人公として最後を看取ったあの哀しい兵士じゃないか……!


「何か困ったことがあれば、いつでもご相談ください」


 そんな俺の思いは知らず、妖しい笑顔で告げる魔導士。

 兵士たちは、以前からこの問題に困っていたという。

 そして魔導士がやって来たのは、昨日今日という話のはずだ。

 それなら時系列的に、この問題を『持ち込んだ』犯人だと疑われることもないだろう。

 そのうえで、さも今知ったかのように近づいてきた。

 ……やっぱりこいつ、とんでもない悪党だ。


「助けなど必要ない」


 俺はそう、ハッキリと魔導士シャルルに言い放った。


「魔導士殿に手間は取らせない」


 俺はこいつが、どういうタイプの悪人かを知っている。

 これは間違いなく、自作自演の事件。

 そして兵士や貴族、さらに街の住人たちからも狂信的な人気を得ていくための第一歩だ。

 やがてその言葉は、『お告げ』と言われるほどになる。

 そんなこと、させてたまるか。


「この問題は必ず――――俺たち帝国兵団で解決する」


 静かに首を振って申し出を断ると、俺は怪しい笑みを浮かべている魔導士に宣戦を布告した。

 謎も魔物も片付けて、この赤茶髪の兵士の未来も変えてやる!

 ゲーム本編はもちろん、資料集から小説版まで読み込んだ俺を舐めるなよ……っ!

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