第8話 始まる夜戦
深夜、月の輝きがまばゆく見える頃。
等間隔で置かれたランプが橙の明かりを灯す中、俺たちは兵舎を歩いて回る。
リックたちはまだ、入舎2,3年ほどの若手兵士だ。
緊張に、何度も息を飲む音が聞こえてくる。
所定のルートを回り、武器庫で休憩。
また巡回に向かうという流れも、これで三度目だ。
リックは一つ大きく息をつき、気合を入れ直す。
「なかなか出てこないとなると、疲労がたまってきますね」
どこからやってくるのか分からない魔物。
その緊張は、精神的な摩耗を加速させる。
こうして三度目の巡回を終え、武器庫に戻ってきたところで――――。
「で、出た! 出たぞぉぉぉぉっ!!」
遠く聞こえてきた、緊張感のある声。
「行くぞ!」
「「「はいっ!」」」
俺たちはすぐさま、声のした方に駆け付ける。
石作りの廊下をかけ、角を曲がり、王城へとつながっている廊下の方へ。
「「「うおおっ!!」」」
するとそこには、強烈な飛び掛かりに慌てて下がる兵士たちの姿があった。
「やはり無理だ、勝てるはずがない!」
「攻撃が効かないってなんだよ! 向こうの攻撃は一方的に喰らうのに……!」
「理不尽すぎだろ!」
黒犬、再びの飛び掛かり。
対応したのはなんと、兵長だった。
「落ち着け! 守って足止めに集中すれば時間は稼げる!」
槍の柄を両手で持ち、兵長は敵の牙を抑える。
「兵長、どうして?」
「将軍殿が中心になって若手たちと巡回すると聞いて、交代の合間に来たんです! 見回りをするくらいなら役に立てるかと思いまして。新兵たちに任せっきりにはできませんからね!」
「助かった! よく来てくれた!」
そう言って俺は駆ける。
一気に戦いの先頭まで。
「あと、お願いします!」
そして先頭を交代。
すると黒犬は一度下がり、体勢を整える。
「ッ!!」
「ガォォォォォォ――――ッ!!」
気色の悪い唸り声をあげながら迫る黒犬に、手にした剣を振り上げる。
猛烈な飛び掛かりに、カウンターのような形で入った一撃は黒犬を斬り飛ばした。
それでもやはり、ダメージらしきものはなし。
「レオン将軍の攻撃でも、ダメージにならないのか……!?」
「そんな……っ!」
兵士の悲痛な声が聞こえる。
すると黒犬は息を吸い、牙の並んだ口を開く。
放たれるのは、煌々と輝く炎弾。
「させるかっ!」
剣の振り一つでこれを斬り払うと、続けて黒犬の頭上に上がる魔力の球体。
「皆! 目を塞げ!」
そう叫んで、すぐさま左腕で目を覆う。
直後、魔力球は炸裂して猛烈な光を発した。
それは直視してしまえば、しばらく視界を焼いたままにする光による攻撃だ。
発火からの発光。
この攻撃にはやっぱり、見覚えがある!
生まれる確信。
「やはり間違いない! こいつは【ヘルハウンド】だ!」
それは中央大陸のラフィール森道で、夜にだけ出る魔物だ。
そのタイプは『ゴースト』に当たる。
したがって――――。
「物理攻撃は通じない!」
動きは早く、獰猛。
夜中に赤い目を輝かせる姿は、確かに恐ろしい。
だが、こいつの相手も本編で数百回はやっている。
飽きるほど見た【飛び掛かり】の軌道はもう、見なくても分かる!
「――――【炎鳳剣】」
視界を焼かれることもなかった俺にとって、安易な飛び掛かりはあまりにぬるい攻撃。
相手の軌道に合わせて、手にした剣を振り上げる。
真上への斬り上げは炎を巻き上げ、狙い通りヘルハウンドを両断。
二つに切り裂かれた黒犬は燃え上がり、火の粉を散らして消滅した。
「す、すごい……!」
「本当に、一発で仕留めた!」
あまりに短い戦闘に、唖然とする兵士たち。
驚くのも無理はない。
幽霊の話くらいはどこにでもあるだろうが、帝国に『ゴースト』タイプの魔物は出てこない。
魔物の分布も、しっかり本編に即しているんだろう。
「武器での攻撃が効かない時は、まず炎や風みたいな物理以外の攻撃を試してみた方がいい」
「なるほど……さすがレオン将軍だ!」
「見事です、レオン将軍!」
歓声をあげる兵士たち。
その姿を見て、兵長も歓喜の声を上げた。
「……ッ!!」
しかし、その表情が一瞬で凍り付く。
「待て! もう一匹いるぞッ!!」
その言葉に、走る衝撃。
振り返れば、最後列に立つリックたちの背後にもう一匹、黒犬の姿が。
魔導士め、ダメ押しのためにもう一匹用意していたってわけか!
攻撃の効かない夜の魔物が、一匹どころか二匹となれば兵士たちの心も折れる。
そしてこの事件が死傷者を出すレベルになれば、魔導士に頼ろうとする者だって出てくるだろう。
「ギャオオオオオオオオ――――ッ!!」
全身を震わせる猛烈な咆哮に、呆然とする兵士たち。
その隙を突き、猛然と走り出した新手のヘルハウンドは、リックたち若手に襲い掛かる。
「に、逃げろぉぉぉぉ!!」
部下の窮地に、必死の命令を出す兵長。
煌々と輝く赤い瞳。
容赦なく殺しに来るヘルハウンド相手に、今の状態の若手たちでは間違いなく惨事になるだろう。
それだけは間違いない。だが。
「――――慌てなくていい。すでに武器はその手にある!」
大きな動揺の中にある若手組。
しかし俺の言葉が届いたのか、リックたちは咆哮の衝撃から回復した。
「はあっ!」
新兵の振り払いが、ヘルハウンドをけん制して足を止める。
すると二人目の突きがその頭部をかすめ、体勢を崩した。
そこへ続くのはリックだ。
「これでも……喰らえぇぇぇぇ――っ!!」
その手から放たれたのは【聖水】
俺が昼の間に用意して、ついさっき手渡しておいたものだ。
「ギャアアアアアアアア――――ッ!!」
咆哮は一転、断末魔に変わる。
ゴーストタイプの敵は、基本的に聖属性に弱い。
中でもヘルハウンドは、【聖水】による一撃死が狙える魔物だ。
やっかいな敵だけど、その『攻略法』が明かされていれば、恐れる必要なんてない!
「や、やった……」
「やったぞ!」
【聖水】の効果によって、消滅していくヘルハウンド。
勝利に抱き合うリックたち。
「ああ、よくやった! 見事な勝利だったぞ!!」
気が付けば俺は、将軍の立場も忘れて拳を突き上げ、歓喜の声まであげてしまっていた。
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