第3話 皇帝と魔導士

 凄まじい勢いでやってきた、銀色の髪の男。

 皇帝は、そのまま俺の両肩を強くつかんだ。


「あの赤王竜を討ったのだな! この帝国の危機、よくぞ救ってくれた!」


 皇帝は興奮気味に、俺の肩をバンバンと叩く。


「どんな激戦が行われたのだ? 兵にケガ人は?」

「ございません。将軍殿が先陣を切り、わずか数秒で片付けました」

「数秒だと……真か!?」


 兵士の言葉に、皇帝は驚きの表情を見せる。


「陛下自らの出迎えだなんて……」

「さすが将軍殿だな」


 戦いの顛末を聞き、うれしそうに笑うこの男は間違いない。

 ジェラルド・オルレアンだ。

 年齢は40過ぎ。

 引き締まった身体に、強い眼光。

 ガレリア帝国の皇帝として強引な治世を行う暴君……のハズなんだけど。

 なんだか、雰囲気が違うぞ。

 皇帝は他国に容赦ない要求を突きつけ、逆らえば即派兵という恐ろしい男だったはずだ。

 もっとピリピリしていて、そのせいで王城には常に嫌な空気が漂っていた。

『主人公』をひどくあしらい、「この者を処刑しろ!」と言い出したところはよく覚えてる。


「さすがは帝国の剣。将軍が我が国にいてくれて良かった。これからも頼むぞ、レオン・ガーランドは帝国の誇りだ!」

「あ、ありがとうございます」


 皇帝の意外な雰囲気に、思わず頭を下げる。


「はっはっは! これでは兵が育たぬな。全くぜいたくな悩みだ」


 すると皇帝は、冗談めかした感じでそう言った。


「皆もよくやってくれた! 今夜はたっぷりと休むが良い!」

「「「ハッ!!」」」


 こうして、赤王竜討伐の任務は終了。

 この場で解散となった。


「しょ、将軍殿っ」

「……ん?」


 宿舎へと引き上げていく兵士たち。

 残された俺に声をかけてきたのは、淡い金髪の少年。


「お願いします! 僕に剣を教えてください……っ!」


 華奢な少年は緊張の面持ちでそう言って、頭を下げた。


「このままか弱い王子として、守られているのは……嫌なんです!」


 王子? あ、王子様なの、この子?


「ええと、その」

「お願いします……っ!」


 もう一度深く頭を下げた王子は、必死の様子で繰り返す。


「お願いします! お願いしますっ!」


 続け様に何度も頭を下げ、向ける真剣な視線。


「……ま、まあ、俺に教えられるようなことがあれば」

「え……?」


 王子はなぜか、「信じられない言葉を聞いた」とばかりに、目を大きく見開いた。


「い、今なんと!?」

「俺に教えられることがあれば」

「よいのですか!? これまでは『私のような未熟者が師にはなれない』の一点張りだったのに……!」


 しまった……!

 将軍は自分自身にも、とにかく厳しいんだ。

 こういう大事なことを、安請け合いするはずがない!


「良かったですね! おにいさま!」


 しかしこの流れは止まらない。

 駆けつけてきたのは、同じく淡い金色の髪をした美少女。

 長い髪は美しく、その青い目は宝石の様。

 10代であろう少女は、スラリとしながらもスタイルがいい。


「アルテナ! やったよ!」


 この子がアルテナ……?

 ゲーム本編中そこまで顔は出さないが、それは帝国の姫の名だ。

 姫らしき少女は、よろこぶ王子の肩に手を乗せほほ笑む。そして。


「実は私、一度旅行をしてみたいと思っているのです。ですが父上は、将軍さまの御同行があれば……などと言うのです」

「は、はあ……」


 上品なのにどこか、いたずらな一面を見せる笑み。


「そこで将軍さま、ぜひご一緒頂ければと思っているのです。お願いできませんでしょうか?」


 王子に負けない真剣な目で、姫は俺を見つめる。

 これで王子だけ許可して、姫はダメっていうのは可哀そうだよな……。


「……ま、まあ、いいですけど」

「ええっ!?」


 その場のノリで言ってみたら、まさかの許可が出た。

 そんな感じの驚きを見せるお姫様。


「た、楽しみにしております……っ!」


 そう言ってうれしそうにほほ笑むと、いまだ歓喜で拳を握りしめている王子と共に歓喜する。


「マジか……」


 すると今度は、兵士たちまでざわつき出した。

 恐る恐るといった感じで、俺の前にやってくる。


「お、お、お待ちください! ご無礼を承知で申し上げます将軍殿! 直接のご指導なら、私とて念願としているところ!」

「その通りです! 帝国の兵士として、ご指導いただきたいと思っておりました!」


 もうダメだ。

 ここまで来てしまったら、『お前はダメ』とか言える感じじゃない。


「……わ、分かったよ。誰であってもいいよ」

「「やった!!」」


 兵士はこの光景を見ていた王子と、思わず歓喜のハイタッチ。

 いきすぎた無礼講に気づいて、大慌てで王子に頭を下げる。


「なんだか今日の将軍殿は、人が変わったみたいだ!」

「本当だな!」


 兵士たちも楽しそうに、兵舎へと戻っていく。


「どうなってんだ……これ」


 あまりに不可解な状況。


「……俺も、部屋に戻ってみよう」


 とにかく一度、落ち着いて考えたい。

 ここが本当にティアーズ・オブ・ファンタジアの帝国なら、将軍の私室の場所も分かってる。

 俺は少し足早に、城内を進んでいく。


「将軍さんお疲れさま! 今夜はあんたの好きな芋料理、いっぱい作っておくからね!」

「あ、ありがとうございます」


 メイド長的な人なのであろう、通りがかりのおばあちゃんに言われて思わず頭を下げる。


「……いい国だな。ここは本当に帝国か?」


 こんなに賑やかなのは、ずいぶんと久しぶりだ。

 俺はしがない中小企業の社員だった。

 そこそこブラックだったがゆえに、仕事と睡眠とゲームを繰り返すだけの毎日。

 少しお人好しな部分があるんだろう俺は、色々と仕事を引き受けてしまっていた。

 それで自由な時間を失い、一人暮らしゆえの不摂生を加速。

 そこそこいい年だった身体は、負担を溜め込んでいたんだろう。

 唯一の楽しみだったティアーズ・オブ・ファンタジアを起動しようとしたその時、ついに発作を起こして――。


「そうか。俺……転生したのか」


 ようやく、その事実に行き着く。


「でもそんなしがない社会人の俺が、帝国の将軍に転生ってなぁ」


 見れば見るほど、見覚えのある風景。

 やはりここは、ティアーズ・オブ・ファンタジアの世界で間違いない。


「……いや、待てよ」


 そこまで考えて、不意に足が止まる。


「皇帝はある時期から急変して、悪の帝国への道を走り出した。ということは今はまだ、急変前の活気ある時代なんじゃないか……?」


 帝国にそういう時代があったことは、設定資料や小説版から確認済みだ。


「そこにいたかレオン将軍!」


 そんなことを考えていると、皇帝の声が聞こえた。

 だが振り返ると、そこにいたのは皇帝だけではなかった。


「ちょうどいい、今日から我が国の客人となった者を紹介しよう」


 皇帝の後に続き、やってくる人物には見覚えがある。

 夜の様に深い紺色のローブに、雪のごとき白髪。

 ウサギみたいに赤い目をした、妖しい雰囲気の優男。

 俺はようやく、そいつの存在を思い出した。


「彼の名は――――シャルル・ディマリアだ」

「魔導士シャルルと申します。よろしくお願いいたします」


 ……そうだ。

 やはりここは、変わってしまう前の帝国だ。

 なぜなら目前に現れた魔導士、この男の手によって――――帝国は滅びる。

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