第2話 帰還した英雄

「あの赤王竜を倒しての帰還だろ!? すごいな……!」

「あんなのが街に来てたらどうなっていたか! さすが将軍殿だ!」


 赤竜との戦いを終えての帰還。

 街の通用門まで戻ってきたところで、俺に気づいた住人たちが声をあげ始めた。


「いきましょう、将軍殿」


 遅れて追いかけてきた兵士が緊張の面持ちでそう言って、先導を始める。

 促されるまま街に入ると、住人たちは沿道に集まっていた。

 街の造りは、完全に俺が知っている帝国そのもの。

 この道は何万回と通ったから、店の位置も完璧に覚えてる。

 俺たちはゆっくりと馬を歩かせ、中央通りを進む。

 通りの右手に武器屋、隣は鍛冶師の工房だ。

 その少し先には、酒場もある。


「間違いない。本当に帝国だ……」


 見れば見るほど、ここがあのガレリア帝国なのだと確信させられる。

 ガレリア帝国は、ティアーズ・オブ・ファンタジアの中核となる国の一つ。

 西大陸の中心国家で、屈指の豊かさと強さを誇る城壁の街。

 並ぶ石造りの商店は三階建て以上のものも多数あり、中世というより近世の雰囲気を見せている。

 本編では物語の中盤に海を渡ることでたどり着き、物語の重要な位置を占めることになる。

 ただその時はもっと街の空気が重く殺伐としていて、こんなに活気のある感じじゃない。

 それは皇帝が中心となり、他国へ侵略を仕掛けているからだ。

 それもあって帝国は、その武力で世界を緊張をさせている、悪の大国っていう感じなんだけど……。


「将軍さーん!」

「ん?」


 聞こえた歓声に、思わず視線を向ける。

 列の最前に見えたのは、酒場の制服。

 店員であろう若い女性が、大きく手を振っていた。

 ふわっとした短めのスカートからのぞく、健康的な太もも。

 空いた胸元から見える谷間。

 簡素にしたメイド服のような、可愛い格好が良く似合っている。


「将軍さーんっ!」


 そんなことを考えていると、肩までの茶髪の女子店員がもう一度、こっちを見ながら手を振ってきた。


「……俺、なんだよな?」


 あらためて辺りを見回してみる。

 周りの兵士たちは向けられる歓声に動じることもなく、真面目な面持ちで道を進んでいる。

 誰もその子に、手を振り返す感じはない。

 それでもぴょんぴょんと跳ねながら、精一杯手を振る少女。

 さすがに応えてやらないと、申し訳ないよな……?

 俺は訳が分からないまま、彼女に手を振り返してみた。


「「「キャアアアアアアアア――――ッ!!」」」


 何だ何だ!?

 途端に付近一帯からあがる、歓声と悲鳴の入り混じったような声。


「あ、あの厳格な将軍殿が、手を振り返した!?」

「どうしたんだ!? 一体何があったんだ!?」


 周りの連中も、続々と驚きの声をあげる。

 すると今度は一斉に、付近の男女が競うようにして俺に手を振り始めた。


「…………」


 だから俺はもう一度、小さく手を振り返してみる。


「「「う、うおおおおおおおお――――っ!!」」」


 俺の返事に、再び驚きの声をあげる住人たち。

 見れば兵士たちも「マジで……?」みたいな顔をしている。


「ああ、そうか……!」


 レオン・ガーランド将軍と言えば、ティアーズ・オブ・ファンタジアでは最強の武人として登場するキャラクター。

 ガレリア帝国の兵士たちを率いる武将で、二つ名である『帝国の剣』に恥じない圧倒的な強さを持っている。

 実際プレイ中に帝国編で一度共闘する形になるけど、その驚異的な剣技は限界まで強化した主人公キャラでも、届くかどうかというレベル。

 まさに格が違う。

 また忠義の人物であり、帝国に最後まで尽くした男として描かれている。

 年齢は30と余年ほど。

 徐々に程よい渋みが出始めてくる頃合いだ。

 ただ残念なのは装備品を勝手に外せない事と、将軍と共に行動する時間はそう長くないから一緒にレベル上げをしたり、連れて世界を回れないこと。

 だが、何より。

 レオン将軍はとにかく、厳格で寡黙な男なんだ。

 部下である兵士たちに、常に緊張をもたらしているような。

 それがこんな場で女の子に手を振り返したら、騒ぎになるに決まってる。


「……まずかったな」


 今ので『帝国の剣』と呼ばれる将軍のイメージを少し、壊してしまったかもしれない。

 なぜあんなに過剰なリアクションが起きたのかにようやく気づいて、反省する。


「……でも」


 うれしそうに笑っていた酒場の少女。

 元気に手を振る彼女の弾けるような笑顔は、なんだか強く目に焼き付いた。

 俺はそっと、振り返る。


「っ!」


 そしてまた、目が合ってしまった。

 すると彼女は笑顔はもう一度、大きく手を振る。


「しまったぁ……!」


 もう勘弁してくれ。

 急に恥ずかしくなって、視線をそらす。

 しかし少女はそれでも、ブンブン手を振り続けている。


「……ああもう、分かったよ。これで最後だからな……!」


 諦めてもう一度だけ手を振り返すと、再びどよめきがわき起った。

 こうして兵士たちの列は、街を抜け城へと入っていく。

 俺もそのまま後に続き、駆けつけてきた新兵らしき男に馬を預けてそのまま城内へ。すると。

 聞こえてくる、激しい足音。

 付近の兵士たちが、大慌てでその場にヒザを突く。


「あれは――」


 その足音の主には、見覚えがあった。


「ガレリア帝国皇帝、ジェラルド・オルレアン……!」


 尋常ではない顔をした皇帝は真っ直ぐ、ものすごい勢いで俺のもとに駆けてきた。

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