第44話 気持ちの整理【有馬姫架 視点】
「姫架?」
「お、お母さん......なに」
「どうしたの、ぼーっとして。疲れてるの?」
「ううん、大丈夫」
「そう、なら良いけど。今日は20時からだっけ、配信」
「うん」
「がんばってね」
「......ありがとう」
あの日、クロノーツライブのスタジオで行われたライブのあと、お母さんは私がVTuber活動することを認めてくれた。
学業をおろそかにしないという条件で、好きにやっていいと。
『......姫架。歌、やっぱり上手ね』
そう言って微笑むお母さんを見たとき、勇気を出してライブをして良かったなと心の底から思った。
でも、それもこれも背中を押してくれたあの人がいたから。
お兄さんがいなければ、こうしてお母さんに認めてもらえることもなかった。
「......お、お母さん」
「ん?」
「お兄さん、は?」
「ああ、敬護くん?帰ってきてるわよ。多分部屋じゃないかしら」
「......そ、そっか」
喫茶店での事。あれはデートなのかデートではないのか。すごく気になる。
......でも、知りたい気持ちと知りたくない気持ちがある。
何故かはわからないけど。でも、怖いって気持ちが強くて、時々息ができなくなりそうに苦しい。
喫茶店の事だけじゃない。あの日、スタジオや食事の時から、お兄さんと加星さんが会話をしている所を見るたびに......変になる。
これは、なに?
「姫架はホントに敬護くんの事が好きね」
「......は、え、ふぇ?」
にこにこと微笑みながら私の頭をぽんぽんと撫でるお母さん。「好き」という言葉に体がびくっと跳ねた。
それは、そう。好き、だよ?なんで驚いたんだろう、私。.......家族なんだから、好き。うん、私はお兄さんの事が.......好き、好き。
お父さんとお母さんと同じように。
......同じ?
違和感がする。でも、私は妹でお兄さんはお兄さん。これが家族に対する好きじゃないとしたら、なんなんだろう。......家族の好き、じゃないなら。
「妹、おかえり」
「――はひっ!?」
バッ、と振り返る私「ぐはっ!?」その際に裏拳がお兄さんの腹部に入る。
「!?、ご、ご、ごめん、なさい!?」
「だ、大丈夫!あはは......妹、外寒くなかったか?」
「え?あ、少し」
「だよな?寒いよな?」
うんうん、と頷くお兄さん。寒いけど、なんだろう。殴られてむかつくから外出とけってことかな。
「あのさ、ちょっと遅くなったけど......これ」
「え?」
目の前に差し出されたダークブラウンの大きな箱。
「な、なんですか、これ......え?私、の?」
「そうだよ。これは妹へのプレゼント。ほら、前にライブがんばっただろ?大成功だったし、お祝いに」
「......も、貰えません!」
「マジで!?」
「だ、だって、絶対高いやつ!これ、みたことあるもん.......!」
「そんなことないよ。てか、これ女性もんだからさ、返されても俺使えないし。貰ってよ」
正直、嬉しい。でも、こういうのって受け取っちゃって良いのかな......プレゼントとかお母さんに誕生日にもらったことしかないからわからない。
って、あ、良いのか。お兄さんは家族なんだし、同じような感じで受け取れば......家族、なんだし。
「あ、ありがとう、ございます」
「うん。あけてみて」
言われて私は包み紙を剥がす。おそるおそるめくる綺麗な包装紙。やがて黒い箱が見えた。
開けるとそこには、黒色で可愛らしいマフラーが。綺麗な柄に小さく刺繍の入ったそれはぱっと見ただけでかなり高価なものだと言うことがわかる。
「......そ、そんな......」
私は思わずへたり込んでしまった。
「!?、ど、どうした妹!?」
「......ぜ、絶対、高い......また、お金使わせてしまった......」
これまで。VTuber関係のPCやモニター、更にはVTuberイラストから2Dのモデリング、防音室。他にも色々。
多額のお金をお兄さんには使わせてしまっている。
VTuberで稼いだお金を渡そうとしても、「それはリスナーに使ってやってくれ。あと妹の将来の為に貯金か投資しな。俺は好きでやっただけだから気にしないでいいよ」と断られた。
「あ、いや、そんなつもりで渡したんじゃない。って、まあ......そりゃ、あれか。ちょっと配慮不足だったかもな。すまん」
ぐしゃ、っとその場に崩れ落ち寝そべる私。
「!?、今度はどうした!?」
「......むだに......謝らせてしまった......」
「大丈夫、大丈夫だから!無駄じゃない、いや、無駄じゃないから!」
めちゃくちゃ焦ってる......ああ、ダメな奴だ。私。
床に寝そべりながらもお兄さんの顔を見る。
「大丈夫、な?」
お兄さんは困るでもなく、にこりと微笑む。フローリングの冷たさがひんやりと私の熱を自覚させる。
やっぱりおかしいよ。胸の奥の高鳴りが、うるさく耳に流れ込む。
お兄さんに起こされた私は、マフラーを取り出す。
......嬉しい。すごく。
「巻いてみて、いいですか」
「うん、どーぞ」
首に巻き付け、髪を整える。こんなに暖かいマフラー、あるんだ。すごい。
「......どう、ですか」
「うん。すごく似合ってる。可愛いぞ」
......はぅう。ぎゅうっ、て......胸が潰れてまうぅ。なんぞ、これ?
「.......ありがとう、ございます。とても嬉しい」
「でもあれだな。やっぱり家の中じゃ暑いか。顔が真っ赤だし」
「で、ですね。......ホントにありがとう、ございます。大切にします」
「うん」
お兄さんの微笑みが甘く、そして何故か痛い。脳裏に過る加星さんとの場面。
「あ、そうだ。加星が今度家に来ないかってさ」
「......?、誰がですか」
「え?妹がだよ。他に誰がいるんだ」
「あ、私......」
嬉しい、けど複雑だ。理由がわからないけど、あまり会いたくないな。私、加星さんのこと大好きなのに。
「こんど、メールしておきます」
「うん、そうしてくれ。あいつ妹の事好きみたいだからさ」
「......はい......」
――どこからともなく、冬の香りがした。
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