第43話 痛む胸


 ――ほうっ、と息が白く煙る。暖かな夏日が恋しくなる、11月。

 どんどんと流れていく月日。ついこないだ陽季子モリの3Dライブが終わったと思ったらもう1ヶ月がたってしまった。


「気の抜けた顔をしてるわね」


 喫茶店。珈琲を一口あおり、加星がぽつり言った。


「まあ、な。最近はイラストの仕事も落ち着いてるし......そういうお前も、こうして二人でお茶できるくらいには余裕あるんだな」

「......余裕はないけれど、息抜きは必要だわ」

「あー、まあそうだな。根詰めすぎるとヤバいもんな」


 って、あれ?この間まで忙しい忙しいで誘っても全く付き合ってくれなかったのに。どうしたんだろう。


「なに?」


 思わず見つめてしまっていた俺。彼女は居心地悪そうに身じろぎした。


「あ、いや。つーか、ひょっとして暑かったりする?」

「?、別に暑くなんてないけど......どうして?」

「いや、顔赤いから」


 俺が聞いた瞬間、彼女の視線が右から左へと揺れる。


「赤くない......大丈夫」


 いや、赤いから赤いって言ったんだけども。でもこれ以上追求するなオーラがでとる。

 加星とは幼なじみだからわかる。これ以上踏み込めば機嫌を損ねてしまう事を、俺は知っている。


「そっか」


 俺は一言そう言い、誤魔化すように珈琲を一口ふくみ窓の外を眺めた。すると見覚えのある姿が歩いていた。


 それは4人の中学生。蓮、舞花、亜衣、そして家の妹の姫架だった。

 妹だけなんか寒そうに見えるなと思ったら、蓮達のようにマフラーや手袋をしてない。持ってないのか?それともまだいいと思ってるのかな。


「あれ、姫架ちゃんね」


 加星も気がついた。


「うん」

「他の子は友達......私の予想は外れたのね」

「予想?」

「ほら、始めて姫架ちゃんに会った時。私、彼女がイジメらっ子みたいなこと言ったじゃない。ちゃんと友達いるのね」


 ああ、と俺は思い返す。


「......まあ、ね。でも最初はあの子らに姫架はイジメられていたんだぞ」


 加星は目をまんまるに見開く。


「でも、あんなに仲良さそうに......」


「まあ、姫架.......頑張ったからな。今ではちゃんとした友達だと思うよ」


 ふーん、と4人を見つめる加星。


「すごい子ね。私なら無理だわ」

「まあ、加星はな」


 じろりと睨みつける加星。ええー、自分でいいましたやん。


 はあ、とため息をつき加星はいう。


「姫架ちゃん、多分すごいVTuberになるわ」

「......それ、前も言ってたな」

「そうね。でも今、あれを見て確信したわ」


「あれって、友達?」

「そう」


「失礼します。こちらスイートポテトでございます」


 店員さんが加星の注文したスイーツを持ってきた。


「ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げる加星。置かれたスイートポテトをフォークで半分に切り分ける。


「......はい」


 その半分をフォークで突き刺し俺の顔の前に差し出した。


「半分食べてよ」

「あ、はい」


 加星は昔からこうだった。食べきらない物を俺に食わせる。

 俺は言われるがままその甘いスイーツを頬張った。


 ニコッと微笑む加星。


「さっきの話だけど......敬護はVTuberが伸びる為に必要なものってわかる?」


「VTuberが伸びる為に?.....歌が上手い、料理が上手い、ゲームが上手い。何かしらの特化した武器?」


 加星は半分を更に一口サイズに切り分け、口に運ぶ。もぐもぐと咀嚼し幸せそうな顔をする。


「そうね。個人勢なら特化した能力は必須といわれてるわ」

「おっ、やった。それじゃ正解者にスイートポテトの切れ端を――痛えッ!!」


 ふざけて手を伸ばす俺。すると加星は容赦なくフォークで手のひらをガス!っと刺してきた。


「でも正解じゃない」

「正解じゃないの?」


 じゃあ刺されてもしかたな.......くないよね?加星、謝って?


「VTuberが伸びる為に必要なもの、それは「人に愛される人間性」よ」


「人に愛される、人間性?」

「そう。どれだけ高い能力があってもそれがなければ伸びないわ。VTuberはいかにリスナーに愛されるか。それは狙ってやってる人もいるし、生来の愛されキャラみたいなタレントもいる」


 いかに愛されるか、か。いや、でも確かにな。どんだけゲームや歌が上手くても性格がアレだったら応援する気になれないもんな。


「姫架ちゃんはそれを持っているわ。しかも、イジメられた事のある相手ですら友達に変えてしまえる器量もある.......それは普通、出来ない事よ」


 確かに憎しみというのは心に刻まれやすい。だから普通はいくら過去の事であれ、それを許すというのは難しい。それこそ普通はそこから友達になんてなれはしない。


「確かに、な」



 ◇◆◇◆



「なんかさっき喫茶店に敬護さんいなかった?」


 舞花ちゃんがぽつり言った。それに蓮くんが「あ、やっぱりあれ師匠だった?」とかえす。


「.......誰かといたわね」


 愛衣ちゃんが頷く。


「ねえ!いたよね!?なんかすごい綺麗な女の人とさ!!あれもしかして彼女!?」

「マジでか!?さすが師匠!」


 蓮くんは目を輝かせている。


「姫架はあの女の人の事知ってるの?」


「......あ、うん。......お、幼なじみ、なんだって......」

「幼なじみ!?最強の彼女候補じゃん!」

「舞花、うるさい」

「だ、だってさあー!」


 彼女、彼女か......まあ、お兄さんカッコいいし。そりゃ彼女いるよね。幼なじみだし、なんか練習とかでも仲良さそうだったし。


 でも、なんだろう。変な感じがする。


「姫架?大丈夫?」


 愛衣ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んできた。


「う、うん。大丈夫」


 なんだろう、もやもやしてる。.......よくわからないけど、胸の奥が痛い......気がする。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る