第40話 笑顔【有馬姫架 視点】



「お姉ちゃん」と誰かの声がした。前へ視線を戻せば幼い頃の私がいた。


 彼女は悲しそうに、泣きそうな声で呟く。


「......私には無理なの?」


 ベースがリズムを刻む中、ドラムのカウントが入る。そしてキレのあるギターが流れ込むように音の色を変える。


 ――私は。


「大丈夫、出来るよ......だって、此処には皆が居る」心の中でそう自分に答えを返した。


 一人だったあの頃とは違う。


 私はマイクを握り言の葉を音にとかす。


『――真っ直ぐに、翔べ。想いを翼にかえて』


 声は驚くほど、すんなりと出た。


 疾走感のあるメロディに、星をつかもうとする少女の物語が乗る。果てない夜、暗闇の中でも歩き続ける。そんな長い旅路。


『――明るい星に憧れて、飛び跳ねる小さな子供』


 揺れる照明が、星のように流れ演出される。まるでプラネタリウム。私は天へと手を伸ばし、ロングトーンを掠れさせ切ない想いを表現する。


 届かぬ夢という希望の星。でも、光に惹かれ何度も空を見上げてしまう。


『――飛ぼうと、躓き転ぶ。泥まみれに無様に。それでも、何度でも前へと進む』


 ――お兄さんが、私のイメージでデザインしたVTuberは、烏。


 それは、キララちゃんのオリジナル楽曲、「シリウス」の詞に出てくる少女にそっくりだった。


『――誰かの光が、私の姿を照らす。涙に映る、背中にある翼は黒かった。私にも、翼はあった。気が付かなかっただけだ。だから――』


 お兄さん、私――


『――翔べ!!』


 ――もう、迷わない。飛ぶよ。



『すげええ!!』

『なにこれ上手』

『うま』

『ww』

『いやいや、ホントにモリ?』

『心臓が破裂したんだが』

『すっご』

『歌声やばいなww』

『んまあああい!!』

『かっこよ』

『カッコいい曲に合うなモリの声』

『え、もっと歌配信してほしいんだけど』

『すげー』

『こらヤバいわw』



 チャット欄がコメントで溢れる。どんどんと下へ飲まれていくリスナーの言葉。


 やがて一曲目が終わり、二曲目へと移行するためにメロディが変わる。

 私の二曲目スタートの合図を待つ楽器隊。


『こ、こんばんは、陽季子モリです......こんばんは』


『こばわー』

『こんばんは』

『2回言ったw』

『どもども』

『一曲目良かったよ!』

『すごかった』

『こんばわ』

『今晩は』

『歌うめえじゃねえか』

『すげかった』

『がんばれー』


『あ、あ、ありがとう!みんなのお陰で緊張しないで歌えたよ......あ、いや嘘。吐きそうなくらい緊張した』


『www』

『ちょ』

『はくなしw』

『ww』

『いやしとるんかい』

『してんじゃんwww』


『ぷ、ふふっ、ごめん』


『なにわろてんねんww』

『笑ってる!?』

『どーした』

『ww』

『また訳わからんツボに入ったか?』

『www』

『わらっとる』


『うん、なんで私無駄に嘘ついたんだろって、ふふっ』


 やっぱり、皆と話してる時が幸せだ。


『んんっ、えっと、一曲目は私の憧れているVTuberさんのキララちゃんのオリジナル曲「シリウス」でした。この曲、とってもいい曲だよね。私、ずっとこの曲を聴いて、悲しい時も苦しい時もたえてたんだ......大好きな曲』


『良い曲だよねー』

『わかる』

『良いよなキララ』

『シリウスは名曲』

『キララの書く詞は希望と絶望のバランスが絶妙』

『聞き手によってかわる歌詞』

『わしも好き』

『わっかる!!』


『さてさて、次の曲いきたいと思います......あんまりスタジオつかえないみたいなので、さくさくいきます』


『え、そうなの』

『どこでやっとるんや』

『そういや確かに』

『3Dでこんなに滑らかに動くならそうとう良い所だろ』

『大手のVTuber事務所のスタジオか?』


『そ、それはちょっと秘密......ごめんね』


 お兄さんのツテで使わせてもらっているので、クロノーツライブのスタジオだとはあまり大っぴらには言えないらしい。


『ではでは、次の曲はですね......ちょっとしっとりとした歌ですね』


『バラードか』

『泣けるんか』

『まじ?タオルいる?』

『カバー曲かな』

『キララの曲か?』


 ギターのイントロが静かに流れ出す。


『私ね、リアルでもこんな感じなんだ......おどおどしてて、挙動不審で......あまり思ったことを口に出来ない』


 俯いてばかり、失敗してばかり。無いものだけを数えて人を羨むばかりの毎日だった。


『でも、そんな私を照らしてくれる人がいたの。それは、家族だったり、友達だったり......こうして観に来てくれてるリスナーの皆......皆の応援で私は輝けてる』


 お母さんがいなかったら私はここにはいない。心配してくれてるから、怒るんだよね。私、わかってるよ。


 蓮くん、舞花ちゃん、愛衣ちゃん。観てくれてるのかな......いつも庇ってくれてありがとう。仲良くしてくれてありがとう。


『ただの石ころだった私......でも、皆がみつけて光をあててくれたから、まだ小さいけど、星になれたんだ。だからね、今度は......私の番。私が、みんなを照らすから!』


 私、根暗で......陰キャだからさ。口下手で、話が下手で......思ったことのちょっとも言えないから。


『まだまだ、これからもっと大きくなって、たくさんのリスナーさんに光をあてられるように、がんばるから......たくさん応援してね!』


 ――だから、歌で伝えるね。私の、想いを。


『海中の涙』


 私は曲名を口にした。




 ――溺れるような深海の底。動けずにいた私の頭上で踊る綺麗な魚が羨ましい。


 だから下を向く。


 見たくもない輝く世界で、私の居場所はなかった。


 卑屈な人魚の物語。


 寂しいのに歩み寄れず、ダメな理由ばかりを数えては頷く毎日。


 愛されたいと強く痛む胸。そんな感情、知らないと首を振る。


 海中に涙がとけたことを誰も知らない。


 キラキラと光る空。海面に反射する月の明かり。


 たくさんの輝きに導かれ、明るい場所へと出てきた。


 どこからか聴こえる波の音。


 そこに声を乗せる。


 輝く星たちに見守られながら、一人。


 あの頃の孤独を歌う。


 小さな少女が、こちらを見て笑った。




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