第41話 いつのまにか


 ――一曲目が終わり、思わず俺、篠田蓮は携帯に向かって拍手をおくっていた。


「......すげえ......プロかよ」


 姫架の......陽季子モリの歌を聴いて、俺はシンプルにそう思った。


 数日前。姫架からメールを貰った日。舞花と愛衣の3人で集まり、そして、それに貼られていたURLから彼女のYooTubeのチャンネルを観た。


 そのには、アニメのヒロインのようなVTuberがいた。あるのはいくつかの雑談配信。動画関係は無く、それだけ。


「このVTuberがどうしたんだろう」


 俺は二人に聞く。すると舞花も愛衣も首をかしげ、さあ?というリアクションをとるばかり。


「知り合い、とかかなぁ?」

「それか身内......?」


 不思議に思い、雑談配信のアーカイブをクリックする。


『......こ、こんばんは!』


 それは姫架だった。声が明るく、いつもの暗い雰囲気がないため、一瞬だれだか分からなかったけど、その声は確かに姫架だった。


「......めっちゃ喋るじゃん、姫架」


 俺と愛衣が思っていた事を舞花が言葉にした。


 楽しそうに、嬉しそうにコメントを読みながら話をする。彼女の俺たちが知らない一面を目の当たりにし、俺は密かに思った。


 う、うわぁ......めっちゃ可愛い!


「めちゃくちゃ可愛いわね」


 心を読まれたかと思うくらい、ぴったりのタイミングで愛衣が呟く。それを聞いた舞花が瞬時に「それな!VTuberのイラスト可愛すぎ問題!」と画面の姫架に指を差した。


「でも」


 ふいに口をついて出た言葉。


「こんな風に喋れるんだな、姫架」


 俺は後悔していた。だって、もっとちゃんと接する事ができなたなら、俺らともこうして楽しく話せていたのかもしれない。


「......頑張ればいんじゃない?」


 ちろりと横目でこちらをみる舞花。


「諦められないんでしょ?姫架のこと」


 愛衣が微笑む。


「......それは」



 ――それは、もう......無理だ。と、心の中で思った。



 確かに姫架は、ホントに魅力的な女の子だ。


 それは、ずっと前から思っていた。


 彼女との出会いは中学。入学当初から姫架は有名人だった。

 その前髪で素顔が見えない様に、まるで某ホラー映画のサダコだと初日で噂が学校中を巡り、好奇の目でみられるようになった。


 会話をしようにも一言も発さない。意思疎通は頷いたり首を横に振ったりのジェスチャー。


 それは教師に対してもで、身振り手振りでしか返答をしない。


 それが特別扱いに見えたんだろう。やがて彼女はいじめられるようになった。勿論俺もそうだった。

 本能的に感じた。これに逆らえば、今度は俺がその椅子に座らされるかもしれないということを。


 そして逆にそこに姫架が座っていてくれれば、俺が選ばれる可能性も無いと。


「有馬さんだけずるい」と正しさを振りかざして言葉で殴りつける。やがて机に落書き、ゴミを置く等それは過激になっていく。


 俺はやばいと思った。


 これが続けば姫架の心は折れ、不登校になり、いじめの席は空く。そうなれば次は俺が座らされるかもしれない。それは駄目だ。


 どこにも逃げることができない椅子取りゲームに参加させられた俺達はどうにか誰かにその席を押し付けつづけるしかない。


 だから俺が姫架の心が折れないギリギリのラインでカバーしておかなきゃと思った。

 そして似たような事を考える奴は他にもいたようで、その二人と協力して「やりすぎ」を止めるようになっていった。


 その為、姫架の側に居ることが多くなり、何も喋らず何を考えているのかわからない姫架だったが、少しずつ彼女の事がわかるようになってきた。


 たまに公園で野良猫と遊んでいるのを見かけた事がある。「にゃあにゃあ」とかぼそい声で猫と会話をしていた。口元が緩み、微笑む彼女。


 前髪の隙間から覗く優しい眼差しは、今までに見たことのない彼女だった。


 陽の光に照らされる彼女がキラキラと輝き、美しかった。


 多分、俺はあの時から姫架の事が好きだったんだと思う。


 けれど、俺がそれまでに彼女にしてきた事は理解している。「お前がやられたらどう思う?」有馬師匠に言われた事。それは前からわかっていたけど、はっきりと言葉にされたことで実感になり、それからの日々は後悔ばかりだった。


 どんどん変わる姫架。


 もしも、最初にいじめられていた彼女から椅子を奪い俺が座ることができたなら、何かが変わっていたのだろうか。


 有馬師匠のように彼女の前に立って護れていたなら。


 だがしかし、やってしまった過去は戻らない。


 もう遠くなってしまった姫架に手は届かないのだ。



 ――二曲目のイントロが流れ出す。陽季子モリの、姫架のMC。


『――でも、そんな私を照らしてくれる人がいたの。それは、家族だったり、友達だったり......こうして観に来てくれてるリスナーの皆......皆の応援で私は輝けてる』


(......友達)


 努力の足跡。その歌声に姫架の歩んできた道のりを感じる。



 ◇◆◇◆



 ――昔、あの人に言われた言葉。


「なんか変じゃね?姫架って。頭おかしい気がするなぁ。ま、顔は良いからいいか。はは」


 実の娘の姫架に放った言葉。


 彼を選んだことをこのときほど後悔した日はなかった。


(......ああ、私か。私が間違ってたんだ)


 私は人を見る目が無かった。今ではあの人のどこをどう好きになって一緒になったのかもわからない。


 早くあの人と離れたくて仕事をし始めた。どんどん募る不信感と、増していく娘への過激な行動。


「こんなに鬱陶しい髪してたら学校でいじめられるだろ?だから俺が切ってやるって」

「でも無理矢理はやめてよ」

「無理矢理じゃねえよ。な、姫架?」


 姫架はその頃には怯え切っていた。髪を引っ張られ切られそうになる、手や体に触れられた、下着を盗られた。


 大粒の涙を流す姫架から聞かされた衝撃的な事実。


 私はすぐに姫架と家を出た。隙間なく働き詰めた。


 そのせいで娘の姫架には寂しい思いをたくさんさせてしまった。


 疲れやストレスから駄目だとわかっていても怒鳴ったりしてしまった事もある。

 私が落ち込んでいたときに歌ってくれた曲。


「うるさい」と、私は跳ね除け泣かせた事がある。


 その時、ふと思った。私......あの人と同じ事してる、と。


 私は私を許せなくなる。姫架が幸せに暮らせるように離れたのに、同じことをして悲しませてる。自己嫌悪で潰れそうになった。でも、だからこそ......私がこの子を幸せにしてあげなきゃ。


 姫架と二人で暮らしている頃からずっと思っていた。


 辛い思いをさせてごめんね。寂しくさせてごめんね。でも、お母さんが姫架を幸せにしてあげるから。



 ――昔の記憶を思い出しながら、私は画面の中のVTuberを眺めていた。

 多くの視聴者に慕われ、嬉しそうに歌をうたう。姫架は昔のままで、そこにはいつもの苦しそうにうつむいている娘の姿は無かった。


「うまいね、姫架ちゃん」

「......うん」


 もう、私とこんな風に会話してくれなくなっちゃった。そう言いかけ口をつぐむ。

 自業自得だから、仕方ない。


「VTuberかぁ、凄い時代になったねえ。姫架ちゃんホントに楽しそうだ」

「こんなに楽しそうにしてるあの子、私......全然見たこと無かったわ」


 姫架の自然に溢れる笑い声。私と話す時はどこか強張って緊張しているように感じる......多分、怖がられている。

 でも、仕方ないんだって思ってた。厳しくしてでも普通の子にしないと、これから先の人生が更に辛いものになるだろうと思ったから。


 この世界は普通の人は居ないのに、他と違う事に厳しく出来ている。


 口では平等を謳うくせに、そうではない。


 枠からはみでている者は見て見ぬふりをされ、無いものとされる。


 それどころか、下手をすれば社会の食物になるかもしれない。


 そして、私の娘は......そたちら側なのだ。


 だから、なんとかしたかった。


 私は娘が大切だ。


 あの子は産まれた時からおとなしかった。


 産声をあげなかった事に、とても焦らされたのを今でも覚えている。


 小さな体で、その小さな手で、強く指を握る。その手が愛おしくてしかたなかった。


 それからどんどんあの子は成長していった。


 言葉を覚えた姫架が私の事を笑顔でお母さんと呼んでくれた日のこと、覚えている。


 母の日に作ってくれた小さなケーキと、うたってくれた歌。


 ......全部、覚えている。


 あの子が幸せに生きられるなら、この命さえ差し出してもいいと思える。


 それほどに愛おしい。


 だから、これまでがんばってきた。


(......例え、私が嫌われてでも、姫架が普通に生きられるように)


 ――二曲目のイントロが流れ、姫架がトークを始めた。



『でも、そんな私を照らしてくれる人がいたの。それは、家族だったり、友達だったり......こうして観に来てくれてるリスナーの皆......皆の応援で私は輝けてる』



 家族。私は......。



 姫架が曲名を告げる。


『海中の涙』


 それは昔、姫架が歌ってくれた......私が、怒鳴りつけてしまった時の曲。


「あれ、この曲って......麻衣さんの好きな曲じゃない?いつも聞いてるよね?」


 流れる曲、姫架の歌声が詩をなぞる。


 ゆっくりと優しい歌声で、落ち着きのあるメロディ。


 姫架の成長を感じる。私は大丈夫だよと、そう言われているかのようだった。


「うわー......すごいね。さっきも上手かったけど、これは......特に想いが乗ってるというか」


 敬一さんが驚きこちらを見る。


 私は胸が苦しくなる。姫架の歌声が優しくて、まるで許すよと言ってくれてるかのようで。


 ――ポタ


 と頬を伝った涙。


「うん。......姫架はホントに歌が上手」


 照れ隠しに微笑む私に敬一さんは優しく頷いてくれる。


 娘は、どうやら私が思うよりも......いつのまにか、強く大きく育っていたようだ。





______________________________________





【あとがき】

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