第38話 揃ったピース



 ――ギター、ドラム、ベースの演奏が終わる。歌の余韻が残る中、玲奈が「すっげー!!姫架ちゃんなんでそんな歌、上手いん!?」とドラムセットから素早く妹の元へ飛んでいく。


 びくっ、と身構える妹。それもお構いなしに玲奈が抱きついた。


「......ッ、あ......」

「?、あ?」


 池の鯉のように口をパクパクさせている妹。泡ふいて気絶する前に助けてやるか。


「はーい、玲奈ちょっと離れてね〜」

「ぬわっ」


 首根っこを掴み妹から引き剥がす。すると妹は全身の力が抜けたかのように、へたりとその場に座り込んだ。


「すごいわね、姫架ちゃん」


 加星が妹の前でしゃがみ込み、話しかける。


「今までいろんな歌の上手い人を見てきたけれど、あなたはその中でも別格ね。......想いが心に広がるような、気持ちの伝わる素敵な歌声」


 ニコッと微笑む加星。すると意外な事に、妹は怯えず加星の顔をジッと見ていた。まるで不思議な物を見るかのよう、真っ直ぐに。


「どうかした?」


 加星がきくと、ハッと我に返る妹。ぶんぶんと首を横に振り、答えた。


「......あ、ありがと、ございます......」


 妹がお礼を言うと加星は姫架の頭を撫でた。


「さて、続けましょう。通しで3曲」



 ◆◇◆◇



 あれから時間の限り練習をこなし、最後は本番を想定する為に実際に3Dライブ形式でやってみることに。妹だけではなく、楽器隊である俺達もアバターで映るため、タイツみたいなのと動きをとらえ3Dモデルに反映させる小さなボールを体につけ撮影したのだが。


 その時に判明した......というより玲奈にだけ言うのを忘れていた事実。このライブは陽季子モリが主役。なので、俺や加星、玲奈は顔を紙袋で隠したモブキャラのようなVTuberモデルでの参加となるということ。


「えーーーっ!!?なにそれ、聞いてないんだけどぉ!?」


 玲奈がバンザイするように両手をあげ、驚愕のオーバーリアクションを披露する。それを見た妹はガクブルで小さく「すみません、すみません、すみません」と青ざめながらぶつぶつと呟いていた。

 ......いや、俺が知らせてなかったから。すみません。


「......敬護、玲奈に言ってなかったのね」

「悪い、言うの忘れてた。あの、玲奈さん」


「嫌!」


 ぴしゃり!と交渉に入る前にシャットアウトされる。


「まだ何も言ってないんすけど」

「流れでわかるよ、そんなの」


 確かに。


「だって考えても見てよ敬ちゃん。僕の立場なら絶対嫌じゃない?せっかくのチャンネルが宣伝できる舞台で、自分のモデルが使えないなんてさ〜!?」

「いや、まあ......ごもっともです。それは辛い」

「ばか!なに押されてるのよ!」


 不甲斐ない俺を見かねて横から口を挟む加星。


「玲奈、良い?今回のライブは姫架ちゃんが主役なの。それなのに私やあなたがVTuberで演奏すればどうなるかはわかるでしょ?」

「む......で、でもさぁ」

「これは姫架ちゃんにとってとても大切なライブなの。それこそ人気VTuberになれるかどうかの分かれ道だと言っても良いわ......私やあなたとは、このライブにおいては背負っている物が違う」


「あー......確かに」


 どんどん玲奈の顔が険しい表情になっていく。いいぞ!加星さん!言っちゃってくださいよ!!

 と、そんな事を考えているのが顔に出ていたのか、加星がキッ!と、こちらを睨みつけた。


「なにニヤニヤしてんのよ!敬護!あなたが言うべき事でしょ!」

「は、はいっ!すんません!」


 こわっ!すみません!こわぁ.......!


「......ふっ、ふふ......」


 ふと横を見れば妹が笑っていた。くすくす、と。

 俺が叱られているのがそんなに面白かったのか。お兄ちゃん、もっと怒られよーか?


 そんなアホな事を考えていると、妹に毒気を抜かれたのか玲奈が小さく微笑みこう言った。


「ま、そーだね。確かにそうかも。これは姫架ちゃんのライブだよね......ごめんね、わがままみたいなこと言って」


 わがままなんかじゃない。それだけ必死なのだ。VTuberが流行り、どんどん人気を伸ばし新たなタレントが生まれ続けている昨今。

 人気になり陽の目を浴びるVTuberいる陰で、消えていくVTuberは数しれず。特に個人勢となると伸びにくいし消えやすい。


 彼女に限らず貪欲なVTuberは多い。だからこそ玲奈も人気があり、そうでなければ今ここにはいない。


「......あ、ありがとう......玲奈さん」


 ゆらゆらと体を横に揺らしながら、妹が小さくそういった。玲奈はそれを聞いた瞬間、妹へとダイブするように抱きつく。「ふぁあっ!?」と驚く妹にすりすりと頬ずりをする玲奈。


「うへへ、いーよ。頑張ろーぜぇ、姫架ちゃん!」

「......う、うん」


 けれどもうさっきのような拒否反応は出なかった。


「さ、話がついたわね。それじゃ、ライブ形式でやるわよ!」


 とん、と俺の背中を押すように加星が平手で叩く。


「おう。......ありがとな、加星」

「私は何もしてないわよ。姫架ちゃんがの気持ちが玲奈の心を動かしたんでしょ」

「いや、それでも。ありがとう」


「......ども」


 照れてる加星は可愛い。いや、照れて無くてもだが。

 しかし、妹......成長したな。まだ今日会ったばかりの玲奈に対して、しっかりお礼を言えるなんて。


 そんな事を思いつつ、ふと妹を見ると。何故か頬を膨らませこちらを見ていた。......何その表情。



 それから練習が終わり、4人で食事をした。お礼も兼ねて俺の奢りで肉を食った。その時、姫架が手洗いにいってる時に加星がこう言っていた。


「あの子、伸びるわね」

「なんでわかる?」


「話し方や動き方が、いじめられっ子のそれだから」


 ハッキリと言い切った。こういうところも加星の持ち味で人気のあるところだ。歯に衣着せぬ物言い。


「すげーこというね、お前」


「そう?でも、いじめられたりして地獄を知っている子は強いわよ。キラキラした夢ばかり見てる子はすぐに心が折れる。......実際、たくさん見てきたわ。だから断言できる」


「まあ、加星がいうならそーなんだろ。人気VTuber様だしな」

「なにその言い方。喧嘩うってるの?」

「す、すみません」


「それに......」

「それに?」


「あの子、なんとなく私に似てるし」


 言われて腑に落ちた気がした。確かに似てる。それは性格ではなくて、根っこのところが。


 ちなみに玲奈は肉を貪り食っていて会話に一切参加してなかった。お腹すいてたみたい。



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