第37話 動き出した


 雨の後。濡れた枯れ葉の腐す香りが鼻をくすぐる。ふいになびいた冷たい風が秋の手をより強く引いているように感じた。


 散乱した落ち葉を踏み歩き、たどり着いた巨大なビル。


 俺と妹は大手VTuber事務所、クロノーツライブの所有するスタジオへと来ていた。


(......歌配信まであと2日か)


「来たわね」


 案内員の方と待つこと数分。扉が開き、幼なじみがあらわれた。ショートボブの明るい亜麻色の髪、大きくくりくりとした愛らしい目。背は俺と同じくらいの170より少し小さいくらい。雑誌モデルのような容姿だ。


 彼女は髪を片手でかきあげ、こちらをジッと見つめる。目力つええよ。


 名前を天道てんどう 加星かせい。同い年で、高2の17歳だ。


「よ。久しぶり」


 俺が手を上げ挨拶すると、幼なじみは無表情に頷く。そしてすぐに隣りにいた妹へと視線を向けた。


「初めまして、私は天道加星と言います。あなたは......」

「......あっ、え......」


 びくびくする妹。初対面は流石に荷が重いかと思い、妹と加星の会話に割り込む。


「この子が話してたVTuber、陽季子モリ。本名は有馬姫架。1ヶ月前くらいにデビューした新人VTuberだ」


 ジッと俺の顔を見つめる加星。ともすれば睨まれているようにも思える。加星は美人というよりかはどちらかといえば可愛い寄り。けれど、睨むような表情はどちらにせよ怖い。


「......有馬って、なに?」

「ん?ああ。すまん言ってなかったか。ウチの父さん、再婚したんだ。この子は相手方の連れ子。俺の妹だよ」


 ぱちくり、と目を瞬かせる加星。


「再婚......そう。だから。それならそうと言っておいてよ、敬護」

「すまんすまん」


 加星の表情が一気に和らぐ。普段あまり感情を顔に出さない彼女なのだが、珍しく笑みを浮かべていた。

 雪でも降るのだろうか。......最近寒いもんな。


 そんな事を考えている間に加星が話を続ける。


「お父さん、随分苦労なされていたものね。良かったわ」

「ああ。だな......ありがとう」

「なにが?」

「いや、心配してくれて」


 そう俺が言うと、ニッと悪戯っぽく彼女は笑った。


「礼を言えるようになったのね、敬護。成長したわ」

「いや、礼はいうだろ」

「昔の敬護なら、「心配かけてすまん」だったわ。今のあなたは前を向けているようね」


(......また笑ってる。ほんとに珍しいな)


 加星は昔の俺を知っている。母さんが死んで、落ちるところまで落ちた時、一緒に居てくれたのは彼女だった。

 だから、俺の恥ずかしくて見せたくない部分も多く知っている。


「さて、それじゃあ時間も無いし始めましょう。曲は練習して来たから......って、あれ?ドラムは?」


 きょろきょろと辺りを見回す加星。


「あ、まだっぽいな」

「え?」


 じろりと俺を見てくる加星。いや、俺のせいじゃない。


「......玲奈、あの子本当に」


 眉間にシワを寄せぶつぶつと呟きだした加星さん。するとその時、案内員の方に連絡が入る。


「加星、玉城さん来られたみたいですよ」

「!、スタジオに案内してください」

「はい」


 それから数分後。「あっはー!いやはや、見事に道に迷っちゃったよ〜!あはは」とドラムをお願いした彼女がスタジオへと入ってきた。

 蛍光グリーンのパーカーにピンクのリュック。そこから角のようにドラムスティックが飛び出している。


 くりくりとしたパーマのような癖っ毛と、猫のような目。アヒル口に、ちらちらと八重歯がみえる。

 どこか少年ぽさがある少女で、妹と同い年の15歳。ちなみに俺の客で、加星の友達だ。


 名前を玉城たまき 玲奈れな。ロリ猫系VTuber、モフヌココ。彼女もまた妹と同じく個人勢VTuberだ。


「よ。久しぶりだな、玉城」


 俺が挨拶すると、ぴょんぴょんと飛び跳ねてきた。そしてぼふっと腕にしがみつく。


「いやぁ~!ホントに久しぶりだねえ、敬ちゃん!元気にしてたぁ?全然連絡くれないからさぁ、寂しかったよん」

「はは、すまんな。玉城が元気そうで良かった」

「うんうん、僕も元気......って!あーっ!もう忘れたんかい!玉城じゃなくて玲奈って呼んでよ〜!!」


 その時、「んんっ」と加星の咳払いが飛ぶ。


「あ、加星ちゃん!お久〜!先々月のコラボ以来だねえ?元気ぃ?」

「相変わらずマイペースね、玲奈。スタジオを使える時間は決まってるの。早く練習しましょう......話はそれから!」

「あー、ごめんて......道に迷ってさぁ」


 しゅんとする玲奈。すると言い過ぎたかと思ったのか、加星はふたたび咳払いをし、玲奈の頭を撫でた。


「わかってるわ。さっき聞いた......ごめんなさい、キツい言い方になってしまって。けれど時間が無いの。準備、お願いできる?」

「!、うん、わかった〜!」


 パァッと表情が明るくなる玲奈。


 さっき加星が俺のことを成長していると言っていたが、今度は加星の成長を俺が感じる。彼女も他人と関わりたがらず、昔なら今のようにすぐにケアをするなんて事はしなかった。


 相手を理解すること。彼女の足りない部分が埋まっていた。


「お?もしかして、君が姫架ちゃん?」

「!」


 置物のように微動だにしていなかった妹に玲奈が気がつく。


「よろしくねー!ドラムやる玲奈だよー!」

「......ひっ......」


 あまりの陽キャムーヴに妹はつい小さな悲鳴をあげてしまう。救わねば。


「あ、玲奈、ごめん。妹、ちょっとコミュ障なところがあってさ」

「おー、なるなる!わかったぁ!」


 そう言い玲奈は、ぴーんと手を伸ばす。


「じゃ、歌、がんばってね!姫架ちゃん」

「......う......」


 こくこくとうなづく姫架。今の「う」はおそらく「うん!」の「う」だろう。しかし、姫架と玲奈は対象的な性格だな。陰キャと陽キャ。同い年でも仲良くするのは難しいか?


「始めるわよ」


 加星が呼びかける。俺が頷くと、妹はマイクスタンドのある場所に向かう。

 玲奈はもう既にドラムセットで楽器の調整を行っている。


 加星が俺の肩にポンと手を乗せ、「大丈夫?」と問いかける。


「敬護.....最近は練習してるの?」

「4日前に久しぶりに触ってみた」

「4日!?」

「大丈夫、練習はしてるから......ちゃんとライブには間に合わせる」


 驚く加星をよそに、俺は背負っていた楽器ケースからベースを取り出した。


「妹に恥はかかせない」


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