第34話 秘め事


 頭を少し傾け、何かを思い浮かべている妹。視線が床に落ちる。


「ごめん。話したくなかったらいいけど......麻衣さんにはVTuberの事は秘密にしとこうか」

「......いえ、大丈夫......です。私の、お母さんですから、私が......」


 ?、私が?自分で説明するということか?しかし、妹は不安そうな表情を浮かべていて、心配になる。


「前に、昔お母さんに歌を褒められた......って話したの覚えてますか」

「ああ、言ってたな」

「......私が、歌を好きになったきっかけはお母さん......でも、嫌いになったきっかけもお母さんなんです」


「え?」


 彼女の瞳が濁る。嫌な記憶が蘇っているのだろう。はっ、はっ、はっ......と、小さく息を肺に通している。


「妹」

「!」


 名前を呼ぶと妹は顔をあげた。俺は微笑む。


「大丈夫だから」


 その一言に込めた想いを汲み取ってくれたのか、強張った表情が僅かに和らぎ、彼女は頷いた。


「......前のお父さんが、よく私の事でケンカしてて......私って、こんな感じで変な子だから......その事で、ケンカしてて......」


 せわしなく妹の指が動く。ストレスを感じているのか、また俯き声が弱々しくなっている。


「......お父さんが持ち悪いって、私の事言って、そのたびにお母さんが私に対して厳しくなって......でも、お母さんは私を普通に変えたかったんです......多分」


「うん」


 彼女の話を邪魔しないよう、俺は相づちを打つ。


「......それで、ふと.....昔お母さんに褒められた歌を思い出したんです......私は、辛そうにしているお母さんを元気にしたくて、歌ったんです......」


 ぎゅっと、スカートを握りしめる妹。


「けれど、うるさいって怒られました。私の歌はお母さんを不快にしてしまったんです。......それはそうですよね。私、昔から空気を読めないところあって......」


 力なくははっ、と笑う妹。


 ああ、と俺は思った。それがトラウマになってるのか。だから、いくら練習しても足りなく感じてしまう。


 いや、違う......イラストでもそうだが、何でも練習したからと言って完璧にできる訳じゃない。大切なのは、今の自分を前に進めること。

 踏み出してみないとわからない事は多い。だから、失敗してでも前に出る覚悟が必要なんだ。


(けど、お母さんの件で踏み出すことが怖くなってしまった......これは誰かがどうにかできる問題じゃない)


 妹は黙り俯いている。話が終わったのだと俺は察し、彼女の頭を撫でた。


「そっか。わかった......話してくれてありがとう」

「......」


 しょんぼりしている妹。


「歌、大切なんだな」


 好きで、嫌い。でも、ここまで思い詰める程に大切なモノなのだろう。わかるよ。俺と妹は似ている。それは俺にとってのイラストだ。


 誰かに貶されても、褒められても、自分の中に存在し続ける。捨てられない大切なモノ。


 だから、毎日練習しているんだろ。誰かに認められたくて。


「俺は楽しみにしてるよ。妹の歌」


 俺の手を乗せたまま顔を上げる妹。彼女はふっ、と笑みを浮かべていた。


「......なんだか、すっきりしちゃいました......」

「ふふ、そりゃ良かった」


「すみません、変な話聞かせてしまって」

「変な話じゃないよ。大切な話だ。それに、妹の事が知れて良かったよ」


 妹はベッドから立ち上がり、ぺこりとお辞儀をする。


「......また、お話して良いですか」

「ああ。いつでも歓迎だ」


「ありがとうございます」


 そう言って俺の部屋を後にした。


(......妹は辛い思いをしてきたんだな)


 前の父親の事といい、学校での事といい.......彼女の抱えている傷は俺が思っているよりも大きいようだ。

 ギシッ、とベッドへと座る。彼女の寝ていた温もりがまだ残っていた。


 ふと、妹と一緒に寝た時の事を思い出す。彼女の優しく撫でる手と、子守唄。妹の歌には人の心に作用する力があると、あの日俺はそう思った。


 ぼふっ、と横になる。すると扉に貼ってあるキララのポスターが目に入る。星が瞬くような笑顔。あいつ......今なにしてるのかな。


(......俺は妹の兄。兄として、妹の為に出来ることは)


 まだ、ある。そう思い立ち俺は『久しぶり』と、幼なじみにメールを入れた。



 ◆◇◆◇



 ――風呂上がり、「どういう事?」と、麻衣さんが妹を問い詰めていた。


(おおお!?どうした......!?)


 麻衣さんの声は比較的静かだったが、怒っている事がわかるレベルの圧を発している。妹は俯き、手が震えていた。


「VTuberをやっている、って......姫架、あなたそんな暇があるの?」


 妹はキララが好きだ。だから麻衣さんがVTuberを知っていても不思議は無い。......が、あまり良くは思ってなさそうだな。あの感じは。


「......だ、大丈夫。勉強、ちゃんとする......」

「大丈夫じゃない。あなたは人よりもっと努力しなきゃダメなの。分かってるわよね?ちゃんとしてくれないと困るわよ」


「で、でも」


「でもじゃないわ。それはもうおしまい。いい?これ以上お母さんを困らせないでね」


「......嫌。私、やりたい......VTuber......」


「ダメ。そんな事に時間を使わないで。時間は有限なの......ここでかけた時間と努力が、将来のあなたの幸せに直結するの。少しでも良い大学出ないと......」


 麻衣さんの怒りゲージやべえと思って見ていたが、妹もなかなか限界がきているようで、手がぷるぷると震えていた。

 さっきまで麻衣さんが怖くて震えているのかと思ってたが、あれは怒りだったのか。


 てか、父さんは?この争いを止めてほしいんだけど、家の大黒柱はどこ?


「......」


 麻衣さんが妹を説得しようと色々と話をしている最中。話になら無いと言わんばかりに妹が立ち去ろうとした。その時、麻衣さんが彼女の腕を掴む。


「待ちなさい!姫架!」

「......ッ!!」


 妹が手を振りほどき、逃げるように二階の自室へと駆け込んだ。その際、隠れていた俺とすれ違い一瞬目があう。......妹は大粒の涙を流していた。


「全く、ホントにあの子ったら.......そんな事にうつつを抜かしてる場合じゃないでしょうに」


 そう言いながら妹を追い二階へ行こうと歩いてきた麻衣さんとばったりあった。やべえ、盗み聞きバレたか?


「......ごめんなさい。今の聞いてた?恥ずかしいところみせたわね、敬護くん」

「あ、いえ」


 気まずい。気まずすぎるんだが......。


「でも、そうね。敬護くんからも言ってやって欲しいのよね。懐いてるみたいだし、敬護くんの言うことなら聞くかもしれない......」

「え?」


「あの子にVTuberを諦めさせて欲しいの。お願いできるかしら」


 ......え、マジでか。



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