第33話 帰宅


「ただいま、敬護」

「え!?......あ、ああ。お帰り」


 日曜日の昼間。新婚旅行へと行っていた両親が唐突に帰ってきた。あまりの唐突ぶりに俺は焼いた卵焼き(甘め)を焦がしかけ慌てる。


「行くのも突然だったけど、帰りも急だな。三ヶ月くらい旅行してくるんじゃ無かったのか?」


 火を止め、俺は父さんに聞く。すると遅れて家に入ってきた麻衣さんがそれに答える。


「ごめんね、急で。あ、これ敬護くんにお土産」

「あ、ども。ありがとうございます」

「敬語はやめて。もう家族なんだから」

「あ......わかりま、わかった」


 頷き受け取った紙袋。中身は厚さと重さ的にお菓子だろうな。どこ行ってたんだろ。

 父さんが上着を脱ぎながら家の中を見渡す。


「綺麗にしてるな」

「え?ああ、妹が頻繁に掃除してくれてるから」

「妹?姫架ちゃんか。それは助かるな」

「うん。食事の支度もしてくれたり洗濯も手伝ってくれるし、めちゃくちゃ助けられてるよ」


 ほとんど毎日のように配信活動をして、その上家事も分担してこなしてくれてる。大変だろうに、彼女は弱音のひとつも吐かない。


 本当、妹には助けられてるな。


「ところでその姫架は?」


 麻衣さんが2階から降りてきた。きっと妹の部屋に行ってたのだろう。


「あ、妹なら」


 と、ふと思った。麻衣さんにVTuberの事を教えても大丈夫なのか?と。

 人によっては家族にバレるのが嫌で隠しながら活動しているライバーもいる。妹はどっちだ?


「......えっと、と、トイレかな?」


「「?」」


 明らかに挙動不審な俺。その様子に「?」を頭に浮かべた父さんと麻衣さんの二人が顔を見合わせる。

 俺がどう思われようとまあ別に大した問題じゃない。


(それよりも......!)


 素早く携帯を開き、妹へメールした。


『【緊急事態】父さんと麻衣さんが帰ってきた』と、送信。


(......この時間なら配信は終わってる。ならこのメールに気がついてくれるはず)


 ピロン、と携帯が鳴る。みれば妹からの返信だった。


『りょうかいです』


 短い文面はゲーム内チャットでよく見る一文。だからわかる。俺の選択は正解だったことが。

 ボスを狩る時や強敵と戦う時の緊張感がそこから感じ取る事が出来た。いや、気のせいかもしれないが。


 ほどなくして妹がリビングへと戻ってきた。


「お、姫架ちゃん。ただいま。元気だったかい?」


 父さんが聞くと妹はこくりと頷いた。


「姫架、あなたどこに行ってたの?」


 麻衣さんが不思議そうに聞く。すると妹は、はっとした顔でこちらを見た。

 麻衣さんは怪訝な顔で「敬護くんがどうかしたの?」と妹と同じくこちらを見る。父さんはにこにこしながら内心「?」状態なのだと長い付き合いなので察することができた。


 と、そんなことはどうでもよくて。妹がどこに居たかなんて、トイレや風呂場は麻衣さんが今さっき捜していたみたいだしどうする。......普通に地下室にいたと言ったほうがいいか?


 その場合、必然的に何をしていた?からのVTuberバレへとルートが確定してしまう。だが、それはダメだ。妹はおそらくバレたくないっぽい。


「なんで敬護くんを見ているの、姫架」

「......え、えっと」


「あ、うん。もう良いよ、妹」

「?」


 首を傾げる麻衣さん。


「妹は俺の部屋にいたんだろ?多分、俺のPCみてたんだよな。いつでも部屋に来ていいって言ってあったから」

「ああ、そうなのね」


 麻衣さんが納得する。勿論、これは俺のでまかせ。嘘だ。

 けれど妹には麻衣さんに知られたくない理由がある。なら、これくらいの小さな嘘はついてやるべきだろう。


 視線を移された妹は慌てて頷いた。


「ふたりともホントに仲良くしてくれて嬉しいわ。敬護くん、これからも姫架をよろしくね」

「は、はい」

「はいじゃないでしょ、敬護くん」

「あ、うん」

「よろしい」


 ニコッと微笑む麻衣さん。いや、年上の人にタメ口はムズいって。しかもこんな美人に。しかし、ホントに麻衣さんと似てるな妹は。


 将来こんな風になるのだろうか。まあ、今時点でだいぶその片鱗が見えているんだけども。ふと見た妹は何故か睨んでいた。......なして?


「ど、どうした妹?」

「......し、しらないっ」


 そういうとリビングを出て2階へ上がっていった。たんたんたんという軽快な足音ではなく、力強いだんだんだんという音で彼女の機嫌が悪いのだと俺は察した。


「ほんとに懐いてるわね、敬護くんに」

「え?」


 あの機嫌の悪さをみて言ってるの?どういうこと?

 にこにこしている麻衣さん。その言葉が嘘では無いことを笑顔が物語っていた。どういうこと?



 ――2階へと上がる。妹の部屋の扉には【居る/居ない】プレートが下げられていて、居ないの表示でぶら下げられていた。いや嘘つけ、さっき2階にあがっていったじゃねーか。と、内心ツッコミを入れる。


(さっきの様子......ちょっと心配だな)


 コンコン、と妹の部屋の扉をノックする。しかし、返事がなく物音すらしない。居留守ってやつかな。もう話す気も無いくらいに怒ってるのか?


 2回ほどノックを繰り返したが、全く反応が無い。仕方が無いので後でメールででも聞いてみよう。あの調子だと怒っている理由を教えてくれるかわからないけど。


 そんな事を考えながら自室の扉を開く。するとベッドの上で寝ている妹が居た。


「いや、なんでだよ!」


 思わずツッコミを入れた俺。ビクッとする妹。何が起きた!?と彼女は漫画のキャラクターのように飛び上がる。


「あ、悪い......起こしてごめん」

「......い、いえ......すみません、ベッドで寝てて」

「いや、大丈夫」


 何故ベッドで寝ていたのか。何か相談したくてベッドに腰掛けて待っていたら、俺が戻るの遅くて寝てしまったってところか。

 って、戻るまでにそれほど時間は経っていないと思うが。


「疲れてるな。ちゃんと寝てるのか?」

「は、はい......でも、早く歌の配信をしたくて。練習頑張ってます......」

「なるほど。まあ、あんまり根詰めないほうが良いよ。倒れたり、体力無くなって風邪ひいたりしたら本末転倒だ。......って、それは妹もわかってるか。余計なお節介だったな」


「......いえ。そんなことありません」


 にまにまと微笑む妹。そこには先ほど見せた怒気はかけらも存在していない。あれは一体......。


「?、どうかしましたか、お兄さん......」


 不思議そうに首を傾ける妹。あれがなんなのかはもう良いか。彼女の中で解消されたのなら別に問題は無いだろう。


「いや、なんでもない。......ところで妹。一つ聞きたいことがある」

「は、はいっ」


 改まった言い方になってしまったせいか、妹が体を強張らせた。繊細な彼女は言葉一つで心が揺れる。だからいつも言い回しには気をつけていたんだが、たまにやってしまう。そんな反省をしつつ俺は本題に入った。


「妹は麻衣さんにVTuberのことを知られたくないのか?」


 一瞬、妹の瞳が虚ろいだように見えた。


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