第32話 変化するもの


 ――街路樹の葉に紅が溶け始めた、10月。


 排水溝の端にしがみつく枯れ葉。前日降った雨で湿っているアスファルトを踏みしめて、通学路を歩く。


 あれから妹は防音室こと配信部屋に籠るようになった。初配信から約1ヶ月が経過。陽季子モリのチャンネル登録者は284人となっていた。


 毎週末の土日、平日もほとんど毎日の様に配信をしている。彼女の頑張りと努力は凄まじい......が、チャンネルの伸びは緩やかだ。


(......女性VTuberってことで来たVTuber好きが登録してるって感じだな)


 いかんせん導線が弱すぎる。本来なら何かしらアピールしていかなきゃいけないが、まだ陽季子モリにはこれといって目立つものはない。

 切り抜きやshortにできそうな物もあんまりないから、サポートしようにも出来ない。


 大手のVTuberならコラボやイベントでそう言うのも作りやすそうだけど。というよりVTuberとしての個性、つまり武器がないのが問題だ。

 声の良さだとかそういう武器はあるが、これは実際にチャンネルへ来てもらわないとわからない部分。


 だから、まず来てもらえるようなインパクトのあるモノが欲しい。


(......このままだと、人気を得てチャンネルを伸ばしていくのは難しい)


 そもそも妹にはガチでチャンネルを伸ばす気はないのかもしれない。配信が楽しい......ただ、それだけで良いと考えているのかもしれない。


 俺は自分の頑張りが数値であらわれる事の方が達成感があって楽しい。努力が報われている感じがするし、自己肯定感も高まる。


 絵師になって、まだ全然金にならなかった時代。あるイラストがバズり知名度があがり、SNSのフォロワーが爆発的に増えた。それを機に仕事の依頼が舞い込み始めた。


 俺の絵に価値がつき売上がたつたびに誰かに認められたという達成感があった。それにより承認欲求が満たされ、同時に金という力が手に入った。


 金は力だ。金さえあれば大抵のことはどうにでもなるし、格段に人生が生きやすくなる。それがこの世の真理。だから、妹にもそうなって欲しい......俺のように誰か大切な人を失う前に。


(と、これまでの俺は思っていた。けど......)


 日々、笑いながら楽しそうに配信をしている妹。それをみてると、この考えは俺のエゴなのかなとも思えてきた。

 重要なのは妹が楽しいと思えていること。


 だからこれで良いのかもしれない。


 ◆◇◆◇



「......イジメのターゲットがあなたにかわってきてるわね」

「あ?」


 愛依が蓮へと話しかける。蓮は下駄箱に詰め込まれていたゴミの山を掻き出し、近くにあったゴミ箱へと流し込んでいる途中だった。


「それ、まえまで姫架の下駄箱にいれられていたゴミでしょ」

「そーだな」

「......大丈夫なの」

「大丈夫。今まで散々やってきた事だからな。ちゃんと受け止めるさ」


 机の落書き、無視、物を盗られる。蓮はこれまで姫架がやられてきた事を自分がされるようになってきていた。


「でもあいつらみたいな事、あんたはしてないでしょ。せいぜいちょっかいかけてからかったりしてただけ。それも姫架の気を引くために」

「してないけど、姫架からしたら同じだろ。嫌な思いさせたのにかわりない」


 よし、と蓮が言い下駄箱の掃除が完了した事に愛依が気がつく。イジメられているというのに蓮には悲壮感が無い。それどころか穏やかな顔をしている。そんなはずないのに。


「単純に疑問なんだけど、どうしてそこまでするの?......大好きな姫架の事がまだ諦められない?」


 顔を赤くする蓮。


「え......いや、大好きってお前。んー、まあ、あいつのことはそりゃまだ好きだけど......でも、それだけじゃなくてさ」

「それだけじゃない?」


 教室に向かって歩き出した蓮。それに伴い愛依も続いていく。


「ほら、始めて敬護さんに会った日さ、覚えてるか?」

「......うん。私たち3人の鞄を姫架に持たせて遊んでた時の事でしょ」

「そう。あん時さ、俺はびっくりしたんだよ」

「びっくりした?」

「だってさ、敬護さんあの状況で助けに来たんだぜ?俺ら中学生とはいえかなり怖かったと思うんだよな。でも、助けにきた。内心すげーと思ってたよ」

「でも家族だからそうするんじゃない?」

「かもな。でも怖いだろ」

「まあ、私やあんたなら怖いかもしれないわね」

「いや、敬護さんも怖かったはずだよ。だって、あの時......あの人ずっと指先震えてたし」


「......気が付かなかった。よく見てるわね」


 蓮はニヤリと笑う。


「しかも敬護さんはさ、俺に対して怒鳴りつけたり敵対したりしなかった。俺はビビってたよ。下手したらぶん殴られてもおかしくない......むしろ俺なら妹をイジメてた奴なんて殴られても仕方ないと思ってたしさ」


 愛依は驚いていた。蓮が変わってきている事に。


「でもあの人はそうじゃなくて、俺の話をきいて、理解して......その上で俺を止めようとした。普通はできないだろそんなこと」

「まあ、確かに」


 そして気がつく。蓮が変わってきた理由、それが誰の力かを。


「俺はカッコいいって思った。だから敬護さんみたいに......あんな人になりたいって思ったんだよね」

「それが姫架を護る理由、ね」

「ああ!」


 ニカッと笑う蓮。


「......最初からそうだったら、姫架もあんたのこと好きになってたかもね」

「えっ!?」


「あ、無理か。姫架にはお兄様がいるもんね」

「え!?」


 目を丸くする蓮。ニヤリと笑う愛依。


「姫架、敬護さんのこと好きなの?」

「気が付かなかったの?姫架は敬護さんの話をしてるとすごく嬉しそうにニヤニヤしてるのよ」


「まじでか」

「まじよ」


「でも、お兄ちゃんだろ敬護さん」

「そんなの好きになっちゃったら関係ないわよ。まあ、姫架に自覚があるかはわからないけど」


 ポンポンと蓮の肩をたたく愛依。


「どんまい!」

「ううう......」



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