第30話 奇遇
妹は少し何かを考え込み、やがて口を開いた。
「......ご、ごめんなさい......」
うつむき謝る彼女。
「?、何を謝ってるんだ?」
「せ、せっかく......お兄さんが、私の為に考えて言ってくれてるのに......」
「ああ、そういう事か。なら、気にする必要はない。陽季子モリは妹なんだ......思うようにやれば良いよ」
しょぼんと視線を落としている妹。そんな彼女の頭につい俺はポンと手を乗せてしまう。
「それでもしも上手くいかなかったり困ったりしたら、頼ってくれ」
「......!」
「その時は俺が妹を助けるから」
「......は、はい」
にんまりと花のように笑う妹。俺は妹に聞いた。
「それで、これからどうするんだ?」
「......これから、練習したいかなって......」
「ああ、歌の練習か。防音室で?」
「は、はい。......歌声を録音してみて、どう聴こえてるかも確かめたいので.......」
「そうか。音源はどうする?」
「......練習なのでYooTubeのMVとかを使います......」
「なるほど。了解」
うん、と頷き「じゃあ、頑張って」と言い俺は部屋を後にした。
(......さて、買い出しでも行くか)
上着を取りに部屋へと戻った。外は風が吹いていて木の葉を躍らせているのが見える。向こうの空に雨雲らしきものも見えるが、あれが来る前に買い物は終わるだろう。
まあ、近場のスーパーで食材を買うだけだしな。妹のVTuberデビュー記念......お祝いをしないと。
買い物に行くことを妹にメールをし、俺は家を出た。近場のスーパーは歩いて約5分程度でつく。俺はイヤホンを耳につけお気に入りの曲を流し歩き出した。
ふと道路脇に並べられている赤レンガの花壇が目に入る。そこには色とりどりの花が植えられていて、特に白い薔薇が綺麗だと妹が見ていたのを思い出した。
......薔薇、か。お祝いに花束?ちょっと重いか。でも、せっかく頑張って初配信を終えたんだ。贈り物の一つでもしてやりたい。
何が良いのかな。妹の好きなもの......キララと花くらいしか、俺はまだ知らない。もう一ヶ月近くを共に過ごしているのに。
顔にコンプレックスがあることも今日初めて知った。
(......知られたくなかったのかもしれないけど......つーか、どこにコンプレックスを抱いてるんだ?あれだけ綺麗な容姿をしてるのに......謎だ)
そう彼女の顔を思い浮かべていると、いつの間にか目的のスーパーへとたどり着いていた。自動ドアが開き中へと進む。買い物かごを手に取り、食材を吟味する。まずは野菜コーナー。
(値段は今日は気にしない......とにかく、いかにして妹を喜ばせるかを第一に考えよう)
食べ物、何が好きなんだ?聞いとくべきだったな。
「......あ」
人参を手に取ろうとした時、同タイミングで同じ物を取ろうとした人の手に俺の手が触れた。
「ごめんなさい」
「あ、いやこちらこそ」
「「ん?」」
聞き覚えのある声。顔を見てそれが姫架のクラスメイト、七戸舞花であることに気がついた。
「あー!!敬護さんじゃん!!」
「お、おお、舞花......久しぶりだな」
「はい!お久しぶりですっ!わぁ、嬉しいなぁ」
にこにこと眩しいくて直視できないくらいの笑顔。サイドテールの髪が可愛らしく揺れる。
「舞花はお使いかなにかか?」
「まあ、そんなところです!今日の夕食当番あたしなんで」
「七戸家は当番制なのか?」
「ウチ、母子家庭でお母さんが仕事で居ない時はあたしがつくるんです。一人なら食べないでもいんですけどね、弟達が食べ盛りで〜」
「お姉ちゃんだったのか、舞花」
「はい!見えないってよく言われますけどね〜!あはは」
「へえ、偉いな舞花」
「......そ、そうですかね」
そう言いながら前髪をいじる舞花の視線が泳ぐ。
「さ、早く帰らないと弟達にどやされちゃう!敬護さん、また今度!」
「あ、うん。またな」
舞花が手を振りレジに向かった。あれ?人参いらないのか?
そんな疑問を持ちつつも再び野菜選びに戻ろうとすると、ふとどこからか視線を感じた。
(ん?)
辺りを見回す。するとその原因が後ろの棚の陰に居た。
じーっ、とこちらを見ている人間が居る。
「ど、どうした......妹」
妹だった。まるで探偵の如く陰から半身になりこちらの様子を伺っていた。
「練習は終わったのか?」
「......」
いつもなら頷いて肯定したり、首を横に振って否定したりリアクションがある。けれど、何故かノーリアクションの妹。
(あれ、どうした......?)
「......」
無言の妹。とててて、とこちらへ寄ってきた。俺の目の前で止まると、顔を覗き込むように見てくる。
「え、えっと......?」
「......」
じーっ、と見てくる妹。前髪の奥の目が心なしかいつもより鋭く見える。
「......妹、何か怒ってるのか?」
「......」
無言の圧力をかけてくる姫架さん。舞花と話をしていたのがまずかった?いや、舞花と姫架の仲はもう悪くないはず。
それは姫架に直接聞いたことがあるので、確かなはずだ。
(......もしかして、心配させないようにそういったのか?)
「もしかして、舞花か?」
「......」
依然として睨み続けている彼女。しかし、舞花の名前を出した時にピクリと頬が動いたのを俺は見逃さなかった。
まじかよ......まだ仲悪かったのか。てか、それじゃあ愛依のメールマガジンは虚偽の内容だったのか?
「あの、妹......とりあえず買い物終わらせても良いかな。なんか目立ってるし」
「......!」
他のお客様からみれば、ヤンキーの如くガンを飛ばす女の子とそれにビビっている買い物中の男。なぞの状況が巻き起こっている異様な領域で、目立つことこの上ない。
妹は我に返ったようで、買い物を先に済ませるという提案に頷き促した。つーか、俺に怒気とガン飛ばせるならいじめっ子撃退出来るでしょ。
そう思いながら、つーん、としている妹の横顔を見ていた。
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