第29話 陰り


 陽季子モリの配信が始まってから約40分が経過した。


『うん、うん......あー、ペケモンはやったことない.....面白い?』


【チャット】

『楽しいよ』

『まじで!?』

『こんど配信でやれば?』

『モリは御三家は何をえらぶのか』


『御三家、ってなに?』


【チャット】

『あ、そっか』

『御三家ってのはね、最初に貰えるペケモンだよ』

『最初はね博士から3匹の内どれか1匹えらんでっていわれるんよ』

『じゃなきゃペケモンバトルできないからねw』

『ペケモンはペケモンと戦わせて、弱らせてボールを投げて捕まえるんだよ』


『......へぇ、そうなんだ......野生のペケモンとプレイヤーが殴り合うのかと思ってた』


【チャット】

『ww』

『殴り合わないww』

『過激すぎるw』

『やべえな』


 ......と、まあこんな具合に、リスナーがどんどん話題を提供しているのもあるが最初にしてはかなり上手く回せているんじゃないかと思う。


 ただ、一つだけ懸念点がある。それは、妹のモチベーション。配信開始から大体1時間くらい経つが、一向に視聴者が増えない......そしてチャンネル登録者も同様に。


 同接13、チャンネル登録数28。


 彼女の憧れたキララは初配信でぐんぐんと伸び、登録者数100人を記録した。それと比べてなければいいんだが。


(......とは言え、キララの場合クロノーツ所属のブランド力も働いたのだろうけど......妹にはそんなことわからない。実力不足だと悲観してしまうだろうか......)


 ネガティブな彼女の事だ。きっと自分を責める......。


 ――俺は、携帯の画面に映る陽季子モリを見た。精一杯雑談をしてリスナーを楽しませる彼女の姿は、紛れもなく一人のVTuber。


 せっかく踏み出した一歩を無駄にしたくない。俺が支えよう......今度は、絵師のSNSアカウントで宣伝しよう。


『――と、いうわけで......そろそろおしまいにしようかなと......今日は、初配信来てくれてありがとうございました!また見に来てくれると嬉しいです!』


【チャット】

『お疲れ様ー』

『推しになりました!』

『引き籠もり系VTuber、きたなこれ』

『応援してるよ』

『またくるね』

『みるみる』

『楽しみにしてるぞい』

『またねー』


 ――配信が終わる。それと同時に俺は妹を労うために地下室の防音室へと向かった。


「......」


 地下室の扉を開けると、防音室の中で上を向きぼーっとしている妹がいた。始めてのライブ配信で疲れたのか、それともなにかを思い悩んでいるのか。


「......妹、大丈夫か?」


 俺が声をかけると彼女はこちらに気がついた。目をまんまるに見開き、口が一文字に結ばれている。その表情からは彼女がどんな思いでいるのかは察することができない。


 防音室の扉を開くと、妹が椅子から立ち上がる。


「......あ、あの......」


 くちをぱくぱくとさせ、俺に近づいてくる妹。脚が震えているのか、よろよろとまるで千鳥足状態で、俺は駆け寄って彼女の体を支えた。


「だ、大丈夫か?」


 おそらく極度の緊張で脚に力が入らなくなっているんだろう。


「すごく、すごく......楽しかった、です!」


 ――澄んだ空を映し出した湖のような......美しく輝く彼女の瞳には、不安の濁りは無かった。


「......そっか、良かった」


 そう微笑む俺に彼女は興奮気味に頷く。


「た、たくさんの人が応援してくれてました!」


「ああ......13人だけどな」


「はい!13人も!!」


 13人だけど、今度はもっとたくさん人が集まるよ、と、言おうと思った。それが次へのモチベーションになればと......けれど、彼女にとっては13人も、なんだ。


 どうやら気を遣われているわけでもなく、彼女の言葉は嘘偽り無く話している雰囲気からもそう感じ取れる。


 俺の感じていた不安の芽は杞憂に終わった。


 むしろ嬉しい誤算というか、彼女のモチベーションはかなりの物で、さきほどからフンスフンスと鼻息が荒い。


「そんなに楽しかったのか」


「はい!あんまり上手では無かったですけど......みんなとお話するのはとても楽しかったです......あ、ゲームの配信ってどうやるんですかね」


「ゲーム配信は今度セッティングしてあげる......って、歌は?歌の配信がしたいって言ってたよな」


 そう聞くと彼女は、むーん、と斜め上を見て考え込む。そしてすぐに両手の指を合わせ、もじもじとし始める。どーした?


「......う、歌は......まだ、ちょっと」


「?、あんなに上手なのに?」


 ふるふる、と顔を横に振る。


「......上手、じゃないです。なので、練習がしたいんです......」


「そうかな。少なくとも歌配信を早めにすれば切り抜かれるだろうし、チャンネル登録者を増やしやすくなると思うけど」


 まあ、俺が切り抜くんだが。


「......む、ぅ」


 頑なに首を縦に振らない妹。今回の配信で歌をうたう事が怖くなったのか?実際のライブ配信の空気を感じて、ビビってしまったか?


 まあ、自分の好きなものや得意なものが否定されるかもしれないとなれば怖くもなるか。


「もしかして、怖いのか?」


「......?なぜですか?......歌うのは、怖くはありません......」


 きょとんとした表情で妹は答えた。え、違うの?ならなんで嫌がってるんだ?


「そうなのか。じゃあどうして?」


「......今のままだと、私が納得できないからです......」


 その言葉を聞いて、俺は思った。そうだよ、これ誰のチャンネルだよ。妹の、陽季子モリのチャンネルだろ。


 登録者を増やすために早く歌の配信をしてくれとか、図々しいにも程があるな。......反省。


「......それに、ちゃんと練習して、上手に歌えた切り抜きの方がみんな興味を持ってくれると思うんです......私、自信があります。だから、練習させて下さい......!」


 俺は驚く。妹がしっかりと自分の意見を言えている事に。彼女の中で何かが変わり始めているのを感じた。


(......でも確かにそうだ)


 冷静になって考えてみると、今のVTuber界には歌の上手いタレントはザラに居る。練習もせずに歌った中途半端な物じゃ太刀打ち出来ないかもな......最悪、なんの話題にもならずそのまま埋もれていくかもしれない。


「......うん、確かにそうかもな。わかった......歌は妹のタイミングでやろう。音源は俺が用意するから、好きな曲言ってくれ」


「.....は、はい......」


 その時、妹の笑顔に僅かな陰りが見える。 



―――――――――――――――――――――――



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