第28話 初配信


「水よし、扇風機よし、保冷剤よし!」


 防音室の中、入念にチェックを入れる妹。真剣な眼差しと緊張してるような空気感。


 まあ、それもそのはず。もうすぐ妹、陽季子モリの初配信が始まるのだ。


(.......果たして、いい具合にリスナーさんが集まるのだろうか)


 事前に作ってあった彼女のYooTubeチャンネルには、登録者が4人いた。


 勿論、300人以上もいる彼女のPwitterでもしっかり宣伝してはいたのだが、これだけしかチャンネル登録には結びつかなかったのだった。


 まあ、当然といえば当然なんだよな。企業VTuberで無いかぎりこれが普通......なんなら12人も事前登録してくれて嬉しいまである。


 ちなみにこの中に俺は含まれていない。


「すー、はー、すー」


 目をつぶり、深呼吸を繰り返す妹。ちょっと心なしか顔色が悪いような気がする。


「だ、大丈夫か......妹。体調悪いなら、今日は配信中止にしようか?」


「大丈夫です!......私、げ、元気です.......!!」


「お、おう」


 元気だそうだ。


 ただいまの時刻、9時過ぎ。この時間帯はYooTubeでの配信自体が少ない。その理由は見てる人が少ないから。


 しかし、それは逆にチャンスでここで配信すれば誰かの目に留まる確率は高くなる。


 あえてゴールデンタイム等の配信の多い時間から外すことで、埋もれないようにして少しでも多くの人に観てもらおうという作戦。


 というより、俺的にはあまりリスナーが多くても困るだろうし、こうした人の少ない時間帯での配信で慣れて欲しいというのがホントのところだ。


「そろそろ時間かな」


「......は、はぃ.......」


 告知では9時30分に初配信を行うとSNSで投稿してあった。あと2分。妹の顔色がヤバいことになっているが、ここを乗り越えられなければ輝かしい未来は無い。


「大丈夫」


 妹がこちらを見る。


「妹なら出来るよ」


 そういうと妹が頷いた。俺はすぐに防音室を出て地下室を後にする。いても邪魔なだけだからな。


 ――そして俺は自室に戻り、ライブ配信画面を開いた。パステルカラーの部屋の背景。その待機画面に、陽季子モリが現れる。


 同時視聴者数、13


 チャンネル登録録者数、28


 コメントは無し。


 ぱくぱくと陽季子モリの口が動いている。あれ......これって。


 チャット欄に『まいく』とメッセージが流れた。


 陽季子モリがピクン、と反応する。


『び、びび、びっくりしたぁ......マイク壊れたかと思った.....!お、教えてくれてありがとうございます......!』


 安定の放送事故でした。でも気がついてくれて良かった。ありがとう、リスナーさん!


【チャット】

『w』

『お、声かわいい』

『スイッチ入れ忘れ可愛い』

『ww』

『ドジっ子かな?』

『わざと?』

『え、可愛くね?』


『......ども、は、初めまして。引き籠もりになりたい、引き籠もり系VTuber、陽季子モリと言います......!よ、よろしくお願いします!......や、マイクはわざとではないですよ......って、え?声が可愛い?ぅ、あっ、ありがとうごじゃっ!......か、かみました、すみません』


【チャット】

『ちょw』

『かわいいかww』

『引き籠もり系ってなんぞ!?』

『新しいな』

『どゆことww』

『いやマジで声が良い!!』

『可愛いやんけ』

『めっさ緊張しとるな』

『つか、キャラデザも良い』


『で、でで、ですよね!!キャラデザとーっても可愛いですよね!!お兄さんの描いてくれた――』


【チャット】

『ん』

『お兄さん?』

『ママ?』

『?』


『――じゃなかった、ママだママ!』


 おいおいおい、大丈夫か?妹のポンぷりにVTuberとしての素質と同時に事故の恐怖が大きくなるの。


 同接、6人か。妹もきている人の数は把握しているはず......この少なさは、どう転ぶか。


『ママのイラストが素晴らしくて!みてください、ここ!このデザインなんか特に可愛くて!』


【チャット】

『めちゃくちゃママ好きじゃん』

『確かにマジでデザインいいね』

『引き籠もり要素はあまりないがw』


『ママのことは大好きですよ......引き籠もり要素、心の引き籠もりです』


【チャット】

『w』

『なるほどw』

『心の引き籠もりww』

『精神面か。いや引き籠もりだわ』


『......そう、心の。この世は辛いことばかりですからね......引き籠もりたくもなりますよ』


【チャット】

『急にどーしたww』

『病んでるのかw』

『この子、初配信で何言ってるのww』

『世の中に絶望しとるw』


『絶望というか何と言うか......私のリアルのあだ名知ってますか』


【チャット】

『いやしらねーよw』

『え、今日初配信ですよね?』

『知るわけ無いでしょww』

『してリアルのあだ名とは』


『ぶふっ、ふ......た、確かに。なんで聞いたんだろ.....ふっ、くく、あははっ、リアルのあだ名なんて知るわけないのにっ!!あはっ、あははは』


【チャット】

『えww』

『ツボっとるw』

『めっちゃ笑ってるんだがww』

『いや可愛いかよ』

『笑い声可愛いな』


『ふひーっ、ひー、く、苦しい......はあ、はあ』


【チャット】

『おさまってきたかw』

『とまったかw』

『して続きは』

『やっと止まったww』


『ぷっ、く、......ふふっ、ふ』


【チャット】

『!?』

『やべえまたか!?』

『頑張れ!こらえろ!』

『おいww』


『あははは、ははっ、だ、だって.......あははは!!』


 め、めちゃくちゃ爆笑しとる。未だかつてないほどに。


『ひぃーっ、ひー.......はあはあ、ふーっ。......サダコって呼ばれてるんです、私』


【チャット】

『急に!?』

『唐突ww』

『いきなりスンとなるやんww』

『しかもサダコてホラー映画のかよw』


『......私、あんまり顔を見せたくなくて。コンプレックスがあってですね......それで、髪を伸ばして顔隠してたらサダコって名付けられました......よろしくお願いします』


【チャット】

『なにをw』

『よろしくってなにをよろしくするんだよww』

『コンプレックスかあ』

『まあ気にすんなよ』


『......あ、ありがとうございます......』


 妹、顔にコンプレックスあったのか。初耳だ......てか、だからあんな異様に髪を長くしてたのか。


 つーか、どこらへんがコンプレックスなんだろう。めちゃくちゃ美形だと思うんだけど、俺。


【チャット】

『チャンネル登録するからさ、元気だせよ』

『顔にコンプレックスある』

『でも陽季子モリは声が魅力的だよね』

『そーそー、綺麗な声してる』

『美声でお釣りがくるレベル』


『そ、そんなこと......でも、ありがとう、ございます。ふへへ』


 笑い方が不気味なとこあるよな、うちの妹。なまじ声が可愛いからむしろ個性的でプラスに働いてはいるが。


【チャット】

『笑い方独特かよw』

『ふへへ、て!』

『可愛い』

『俺、応援するわ』

『がんばれー、モリちゃん』


『......ありがとう、ほんとに......これから、頑張って沢山配信するので来てくださいね』


 ――この時。有馬敬護の中で1つの不安が芽生えた。それは、初配信中のチャンネルの伸び方である。


 同時視聴者数とチャンネル登録者数がこの配信中ほとんど動か。それにより妹のモチベーション低下を危惧していた。


 対して、有馬姫架にもまた1つの何かが芽生えていた。それは、配信者としての大きな喜び。たった数人ではあるが、見ず知らずの自分を受け止めてくれたリスナー。


 今までどんなに求めても決して得ることの出来なかった、それは姫架の自意識をゆっくりと変えていく。


 まるで遠くで見ていた友達の輪に入れたかのような感覚。有馬姫架は思う――


(......皆が、こんな私を......)


 ――応援してくれて、褒めてくれて、存在を認めてくれて、期待をしてくれてる。他人であるも同然の自分に、顔も見えない自分に。掛け値無しの無償の愛......それを有馬姫架は心の芯に感じていた。


 有馬敬護に出会うまで、そのほとんどの人生を否定し期待されず、退けられ、蔑まれ......有馬姫架が欲しくても満たされなかったもの。


 有馬姫架はVTuberとなって始めて、「承認欲求」を大きく満たすことができ、同時視聴者数13人とはいえ自分の存在が多くの人に肯定されている......そんな感覚を覚えた。


(......た、楽しい.....嬉しい!)


 ここから2年後、彼女のチャンネル登録者数は200万を越える事になる。


(......もっと、頑張りたい......沢山、いっぱい頑張って、みんなの応援に......期待に応えたい!上手く喋れてないけど......頑張りたい!!)



 ――VTuber、陽季子モリが産声を上げた。




―――――――――――――――――――――――



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