第26話 嫌です!


 カーテンの隙間からさす日光。目を覚ますとベッドには俺一人が寝ていた。


「......妹、自分の部屋に戻ったのか?」


 一階に降りてみると、俺の分の朝食が用意されていた。それを用意してくれたであろう妹の姿も無い。


「もう学校に行ったのか、妹」


 俺も今日は行かなきゃな。変に目立ちたくもないし。まあ、誰も気にしてないと思うが......これが自意識過剰というやつだな。


 箸置きの横に小さく折りたたまれている紙があるのに気がつく。拾い上げ、それを広げてみるとそれは妹からの置手紙だった。


『先に学校行きます!昨日はありがとうございました。私、VTuber頑張りますね。大好きなユマゴ先生に描いてもらえて幸せです。お兄さんに出会えて幸せです。また一緒に寝て下さいね。行ってきます。 姫架』


 朝食に添えられた手紙。小さな丸みのある文字に彼女らしさを感じる。


 昔、一度だけエゴサをしたことがあった。そこには「気持ち悪い絵」「好きじゃない」「あの絵師のパクリ」などの誹謗中傷めいた言葉が綴られていた。


 自分に足りないものがあれば、何か勉強になればと色々な意見を吸収しようとネットを巡っていた時のことだ。


 それから俺は自分を過剰に護るようになった。だからボッチで友達も作らない。他人ならまだ耐えられる......でも身近な人間になれば俺はそれに耐えることができないと思う。


(胸が......温かい)


 妹の手紙には良くみると、消しゴムをかけ書き直した跡があった。温もりを感じる。俺の事をおもって文面を何度も考え書き直したのだろう。彼女の優しさが垣間見える。


 俺の方こそ幸せだよ。他の誰でもなく、姫架が妹に......家族になってくれて。


 朝食を済ませ、二階へ。学校へ行くため支度を済ませ、玄関へ。そこには靴箱から出され揃えられた俺の靴。


 言うまでもなく妹だろう。


 靴を履き腰をあげたその時、ふと気がつく。あれだけ重く感じていた体が軽く感じる事に。


 玄関の扉を開ける。するとそこには昨日の大雨などさもなかったかのような表情で青空が広がっていた。


(......頑張るか)



 ◇◆



 夕方。家へと帰宅すると既に妹が帰ってきているようだった。彼女は自室にいるようで、部屋から歌声が聴こえてくる。


(......上手いな)


 たまに聴こえてくる歌は妹のだったのか。と、今更ながらに知った。俺が階段を上がり始めると歌声が消えた。


 そして、彼女の部屋がガチャリと開く。


「お、おかえり、お兄さん」


「ただいま。邪魔したな、すまん」


「......な、なんのこと、ですか......え、え......?」


「え、いや、今歌を」


「あっ、あ!あの、お兄さん!!」


 あからさまに話を遮ろうとしてくる妹。恥ずかしいのか。


「私のPCを見てくれませんか?配信できるかなって、今更ながら思って......スペックは足りてると思うんですけど」


「わかった。着替えたらそっちいくよ」


「......あ、ありがとうございますっ」


 俺は自分の部屋の扉を開け、鞄をぼふっとベッドに投げる。後ろ手で扉を閉めながらニコニコしている妹に「......妹、歌上手いんだな」と言った。ガチャン、と閉まった扉の向こうで、声にならない妹の叫びが聞こえたような気がした。


 それからPCを起動させ、俺は着替えを颯爽と終え妹の部屋へと出向く。


「妹ー、きたぞ」


 ガチャリと扉があき、彼女は無言でこくこくと頷いた。さっきの一撃が響いているのか、顔が真っ赤になっていて瞳がうるうると潤んでいた。うーん、可愛い。


 さっそくPCを見てみる。十分なスペックを満たしている事を確認し、それを彼女へとつげた。


「けど、このPCで配信するのか?」


「......え、ダメですかね......」


 ぴくりと肩が揺れた。


「いや、配信用にデスクトップ用意した方が良いんじゃないかなって。その方が楽じゃないか?だって、防音室は一階に設置する事になるから、このPCは必然的に一階に置いとくことになる......妹、PC結構つかうよな?」


 ぶんぶんと肯定の意を込め頷く。あたま取れそうなくらい激しめの肯定具合だ。


「なら、このPCは部屋に置いといて、別に用意しよう」


「ま、まってください......防音室をこの部屋に設置するというのは、できないんですか?」


 あ、そうか。多分、妹は防音室がどんなものか知らないんだ。


「それは難しい......何故なら、ほら」


 俺は携帯を操作し、購入した防音室を見せた。


「お、おっきい.......って、え、あ......かなり重いんですね」


「そう、重い。だから、この部屋には置けないんだよ。万一、床抜けたらヤバいだろ」


「た、たしかに......で、では、わかりました。私のPCを配信用に!」


 あれ、話聞いてた?それは妹が使うだろ......って、ああ、そうか。


「いや、配信用のPCは俺が用意するよ」


「......それは嫌です」


 でたー、妹の「嫌です」!


「何故だ妹」


「だって、お兄さんにお金たくさん使わせちゃいます.......それは嫌」


「いやいや、大丈夫。貰うからPC」


「キララのPC」


「キララちゃんのっ!!?」


 普段は出さないような妹の声の大きさに俺の体がビクリと跳ねた。


「そ、そうだよ......もう使わなくなったお古だけど。前にPC要らない?って話しされてたから、いい機会だから貰おうかなって」


「き、キララちゃんのPCで配信......!」


「それじゃあ貰う方向で進めるからな」


「......で、でも、タダでもらうなんて.......」


「置いといても邪魔だから、とか言ってたし妹は気にしなくて大丈夫だよ」


「そ、そうですかね」


「うん」


 まあ、お礼は俺がしとくつもりなんだが。それ言ったらまた止められそうだし言わないけど。


「さて、そろそろ初配信の準備しようか」


「......じゅ、準備?これから配信するんですか?」


「いや、そうじゃなくて。計画を立てようって事。初配信では何をするのか、必要なものはあるか......そろそろ考えていかないとさ」


「あ、そっか。わかりました」


「うん。それじゃあ、初配信はどんなことをしたい?」



 妹がVTuberへと向かい進んでいく。ひとつ、またひとつと。



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