第25話 晴夜に眠る


 俺の部屋で寝たいという妹。その理由はすぐに察する事はできた。雷が怖いんだ。


「......だ、ダメですか......私、あの......椅子でも眠れるんで」


「いや、良いよ。ベッド使って......椅子は俺のほうが良い」


「そ、そんな......それは、嫌です」


「え、嫌なの......なんで?」


「......わ、私の方が椅子で寝るの......好きだから、です」


「いや嘘をつくな!!」


 妹の目が泳いでいる。「俺には嘘をつかない」ってあれはなんだったんだ。けれど妹を椅子で寝かすわけにはいかない。


「わかった。俺、床で寝るわ」


「......床で!?」


「俺は妹をベッド以外で寝させるつもりはない。だから俺は床で寝るよ。......流石に一緒に寝るのは嫌だろ。妹的に」


「......一緒に寝たいですけど」


「え、寝たいの?」


 あっけらかんと言う妹。嘘でしょ。危機管理能力皆無?


 いや、まあ妹は妹だから危機管理もなにもないんだけど......彼女は妹で俺は兄。だから、別に一緒に寝ても問題は無い......のか?


「二人だと......結構、狭いけど」


「わ、私は構いません」


 雨音は激しさを増している。もしかすると洪水なんて事にもなりかねない。なら、いざという時すぐに妹を連れて逃げられる場所に居たほうがいいか。......と、適当な理由を考えてしまうくらいには焦っている俺だった。


(もう、10時過ぎか.....)


 ......妹が怖がっているんだ。護ってやんないとな。


「わかった、良いよ。......枕、取りにいくんだっけ」


「は、はい!」


「行こう」


 2階へと上る二人。妹の部屋へと到着し、扉の前で待たされるのかと思いきや、そのまま引きづられ中へと招かれた。


 妹の部屋はイメージとは違いパステルカラーの彩りで構成されていた。


 水色のベッドに壁紙。薄桃色のカーテン、そして前に俺があげたキララのポスターが壁にはってあった。


 妹はベッドにあった枕をむんず、と掴み俺をみて頷いた。捕獲完了の合図である。そそくさと妹の部屋を後にし、隣にある俺の部屋へと移動した。


「......あ、あのさ。俺、ちょっとPCでやることあるから先に寝ててくれないかな」


 眠りに落ちればこちらのものだろう。寝落ちしちゃったって体で俺が椅子で寝れば妹はベッドを広く使える。


 が、妹は俺の顔をジッと見つめ問いただす。


「それは、いまやる必要があることなんですか......?」


「え?」


「......お兄さん、私が帰ってきたとき......椅子で寝落ちしちゃってました......疲れてるんですよね」


 心配そうな瞳。俺の顔を覗き込むように近づいてくる。思わず言葉に詰まってしまった。


「い、いや、それは」


「.....寝ましょう......私と一緒に、ね?」


 温かい。妹の手が俺の手を優しく握りしめる。だが、有無を言わせない力を宿す言葉。


「......あ、はい」


 にんまりと笑みを浮かべる妹。どこか嬉しそうに彼女はこくり頷く。


 そのまま電気を消し、ベッドへと入った。妹は窓側、俺はPCや机のある方。やはり二人で寝るにはベッドが狭く二人の体が触れてしまう。だから俺は妹に背を向け、彼女が使えるスペースを確保する。


 心臓がバクバクと鼓動して逆に眠れなさそうだ。どうする、ひつじ数えるか?何千匹とかになりそうだけど。


 そんなことを考えていると妹が「あの、お兄さん」と話しかけてきた。こういう時に一番テンパりそうな妹だったが、その声色は至って落ち着いているように聞こえる。


「......いつもありがとうございます......」


「どした?急に」


「今更ですけど、ほら、お兄さんは私がこの家に来ること......妹になることを知らなかったじゃないですか」


 ああ、公園で出会った日のことか。


「それなのに受け入れてくれて、こんなに良くしてくれて.....とても感謝してるんです。ありがとう、ございます」


「なんだ、そんな事か。気にしなくて良いさ。家は父さんと二人暮らしだったし、賑やかになって良かったよ」


 まあ、ソッコーで妹との二人暮らしになったが。あ、そーだ。公園といえば気になった事ひとつ思い出した。


「そう言えばさ、なんであんな恰好で公園にたたずんでたんだ?」


「......あんな恰好......?」


「いや、バッグだの旅行鞄だの4つも持ってさ」


「ああ、あれですか」


 あれですよ。めちゃくちゃ異様な光景だったぞ。とは言えないけど、謎の状態だったよな。


「あれは見ての通りですよ。お引越しで私の物をバッグに詰めて運んでたんです」


「えぇ......送れば良かったじゃん。宅配便的なので」


「あ、あれくらいなら運べると思って......結果、お兄さんに助けてもらっちゃいましたけど。へへ」


 へへ、て。


「それならそれで、お母さんに手伝ってもらえば良かったんじゃ?なんなら家の父さん使えば良かっただろ」


「......いえ、あれは私から言い出した事で......なるべく一人の力で、できるというのをお母さんに見せたくて......引き籠もり気質な私の、人間界適合の修行といいますか」


「いや、山から降りてきた妖怪かよ!」


 あ、妖怪とか言っちゃった。ノリで。


「ぷっ、ふふ......妖怪、妖怪って。確かに見た目も妖怪みたいでしたけど、ふふ」


 なんかウケてる!


「ご、ごめん」


「.....え、なんで謝るんですか?面白かったのに、ふふ」


「そ、そっか。なら良いんだが」


 笑い声可愛いな。いや、違うな。なんかこう、存在が可愛い。うちの妹可愛いな。


「......でも私、たくさんお兄さんに頑張らさせてしまいましたね......」


「え?公園でのことなら頑張ったってほどじゃないけどな」


「......そうですか?やっぱり、優しいですね。お兄さん.....まあ、それだけじゃないですけど」


 それだけじゃない?


「......あの、怒られてしまうかもしれないですけど.....」


「ん?なに」


「......ごめんなさい。お兄さんが部屋で寝落ちしてるとき......PCに映っているモリちゃん、みちゃって。......お兄さん、お絵描きできたんですね.....」



 ――......ッ。



 心臓がより大きく脈動をうった。今なら「いや、あれはキララママから送られてきたもので」と誤魔化すこともできる。けれど、そうしようと思えない。


(......そもそも俺は、なんで妹に絵師であることを隠していたんだっけ)


 父さんとキララくらいしか俺が絵師であることを知らない。俺が友達のいないボッチだからというのもあるが、そういう人がいたとしても俺は自分が絵師であることを言わないだろう。


 人は嫉妬する生き物だ。上手くいっている人間を見ればそれを陥れようとする人間が一定数いる。ネット掲示板で陰口を叩き、レビュー罵り暴れ、攻撃される。


 ネットやSNSをやっていれば否が応でもその光景を目にする。やっている奴らは自分が正しいと思っているため、平然と刃物のように鋭い言葉を並べ突きつけるんだ。


(俺はそれが恐ろしい......俺が生み出した物を否定されること、俺自身が要らないと言われてしまうような恐ろしさ......)


 だから、俺は自分で自分を護るために人には言わない事を心がけてきた。できるだけ隠してきた......。


 でも、妹は。俺を......否定するだろうか。


 そうだ。俺がキララママと友達なのだと誤魔化したのは、まだ初対面で妹がどういう人間か知らなかったから。


 今ならわかる。彼女は人の痛みを知っている。言葉の鋭さを知っている。彼女はそんな事をしない......今の俺は、それを知っている。


 だったら、もう......そんな必要は無い。


「......ごめん、言う勇気が無くて......隠した。俺がキララママで、絵師のユマゴだ......キララママの友達だなんて適当な嘘ついて悪かった」


 隠すことにやましい気持ちは無かった。けれど、彼女に気が付かれるまで隠し通していた事に罪悪感を感じ、俺は陰鬱な気持ちになる。


 しかし、妹の反応はそれを吹き飛ばす程、溌剌としていた。


「す、すごいです......お兄さんが、キララママ......!なんでしょう、ゆ、夢みたいです......!」


 興奮気味の妹。


「......隠してたこと、怒ってないのか?」


「......?ど、どうしてですか」


「どうしてって......」


 その時、ふと頭に何かが触れた。それが妹の手のひらだということに気がついたのは、優しく撫でられはじめてから。


 嫌じゃなかった......むしろそれは心地よく、いつかの記憶と重なる愛情のような温もりを感じる。


「......たくさん頑張ってくれました。そんなお兄さんに誰が......何を怒る事があるんですか」



 ――静かな、小さな声。けれど雨音にかき消されない美しく凪ぐような、声。



「ありがとうございます、お兄さん」


 力が抜けた。いつの間にか張り詰めていた何かが、その言葉で消えたのを感じた時、俺は心が軽くなるのを感じた。


 途端に意識が睡魔に飲まれ始め、微睡む。


 微かに聞こえる、妹の歌が心地良い。抱きしめられる感触。



 ――雨の音はいつの間にか消えていた。



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