第22話 曇りのち


「......あれ」


 ふと気がつけば玄関だった。ひんやりとしたフローリングの床。そこに横たわっていた。


 外を走るバイクの音と、移動販売車の宣伝の声。それらを聞きつつ、ぼーっとする意識の中、記憶の糸をたぐる。


 .....俺、確か......家を出ようとして、それで。


「!!、は?......嘘だろ、マジか!?」


 携帯で時計を見る。時刻は13時39分。


「うわー!やっちまった......マジでか」


 今まで無断欠席したこと無かったのに。マジでやらかした。これもう今から学校行ってもあれだよな。とりあえず連絡するか......理由、欠席理由は。


 疲労困憊で気絶してましたなんて言えないしな。シンプルに風邪で寝込んでたって事にしよう。


 ......にしても。マジで疲れ溜まってたんだな。意識とんだなんて始めてだわ。まあ、たくさん寝たから大丈夫だろうけど。


(体、いってえ......)


 つか、せっかく時間できたんだからモデリングでもしようかな。あと防音室買っとくか。


 リビングに戻りつつ携帯を操作。大手通販サイトで検索をかける。するとずらりそれ関係の商品がでてきた。


 部屋に設置するタイプは......ふむ。安いので数万、高いので50万くらいかな。ざっと見たところ。


 うーん。あんまり安いのかって使えなかったら嫌だしなぁ。50万のこれにしとこう。ポチーっと。


 トントントンと階段を上る。


 ガチャリと部屋を開け、窓を開ける。換気しとこ。


 PCのスイッチをつけ、冷蔵庫のアイスコーヒーのペットボトルを開ける。そのまま俺はイスに深く座り込んだ。


(......VTuber、上手くいくかな......)


 キララのやつは勝手に人気になっていったけど、あれは事務所の宣伝力あってのものだろ。妹はどうなるんだろう。


 完全に個人で戦うのはかなり不利だというのは知っている。


 けれど今からオーディションを受けろというのも酷な話だし、妹は嫌がるだろう。てか、会話できないし面接で終わりそう......いや、そのキャラがウケるか?って会話できないんじゃライバーとして使えないって判断されて終わるか。


(いや、そんな事はどうでもいい)


 とにかく、やれることをやる。いまはshort動画をつくり導線にして知ってもらうやり方が良いと動画で見た。いくつか雑談配信や歌の配信のアーカイブが溜まったら俺がshort作ってやるか。あと切り抜き動画と。


 やることがいっぱいだな。


 ――ブブ、っと携帯が震えた。見れば妹からのメールだった。


『名前、決めました』


 以前選んでもらったVTuberモデル。ゴスロリ風のドレスの黒髪少女。俺は彼女の名前を決めてくれと前から妹に頼んでいた。


「おお、決まったのか」


 今日までわりと結構な期間があいたので忘れられているのでは?と近々もう一度言おうと思っていた。けれどどうやら忘れていたわけではなく、ずっと悩んでいたみたいだ。


「どれどれ」


 メールを下にスクロールしてみるとその名前が書いてあった。


『陽季子 モリ(ひきこ もり)ちゃんです!』


 独特すぎない?ひきこもりって......引きこもりから取ってる?ま、まあ本人が良いなら良いんだけど。


 したに名前の由来のような事が書かれている。


『引きこもりになりたくてつけました!』


 お、おお。過去イチ反応に困るメールだな。これどう返せば良いの。妹に引き籠もりになりたくてとか言われてどう返すのが兄として正しいの?誰かおしえて?


『というわけでよろしくお願いします!』


『オッケー、わかった!』


 もうわかった以外無いよこれ。でもまあ、着々と彼女のVTuber活動へ近づいていってる。あともう少しだ。俺も頑張らなきゃな......。


 マグカップに注いだアイスコーヒーを一口飲み、俺はPCへと向かった。



 ◇◆◇◆



「......ん?あ、えっ、あれ!?」



 ――ふと気がつけば。夕陽が俺の顔を照らしていた。


「......マ、マジかよ......くそ」


 俺はまた寝ていたようで、視線を部屋に掛かる時計へと向け時刻を確認すると17時40分。PCがつけっぱなしでそこには一応完成状態になった陽季子モリが笑顔で映っていた。


(とりあえず出来た......あとは妹にデータを送って、ってあれ?)


 気がつくと見覚えのないオレンジ色の膝掛けがかけられている。


(......これ、もしかして)


 一階に人の気配がする。おそらく妹がもう帰ってきてるんだろう。夕食を作っているようで味噌汁の良い匂いがしてくる。


「......ふぅ」


 俺は飲みかけのアイスコーヒーを飲み干し、椅子から立ち上がった。妹の夕食の準備を手伝おう。


 歩こうとすると体が妙に重い。これだけたくさん寝たのに......と、不安を覚えつつも。階段を降りた。


「......あ、お兄さん......おはよ、です」


「ごめん、一人で食事つくらせちゃって......何か手伝うよ」


「......だ、大丈夫。もう出来ますので......座っててください」


「あ、そっか......うん。わかった」


「......お兄さん、疲れてますね......」


「ん?いや、そんな事は無いよ。大丈夫」


「......ほ、ほんとに......?」


 前髪の奥。妹の心配そうな雰囲気と視線が俺にささる。


「ちょっと眠かっただけだよ。心配しなくても大丈夫」


 ......そうだ。妹を安心させること......それが兄である俺の役目だ。俺はやれる。彼女の為なら、多少の無理でもやり通せる。


「......わかりました......」



 窓の外で雨粒の落ちる音がした。




―――――――――――――――――――――――



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