第9話 開く音


 蓮、舞花、愛依の三人と別れ、俺は妹と二人町中を歩く。


「......えっと」


 びくりとする妹。なんか怖がられてるな、俺。


「先ずは謝らせてほしい。ごめん、別に妹を迎えに行ったわけじゃないんだ。あの場所で出会ったのは偶然で......あ」


 俺は作りたての鍵の存在を思い出した。鞄から取り出した銀色の鍵。それを彼女に見せた。


「妹用の鍵をさ、作りに来てたんだよ。それで偶然」


「......そ、そう、ですか」


 お、喋ってくれた。ちょっと安心。


「うん。ほら、父さんたち新婚旅行で今日から居ないだろ?だから」


「......へ、あっ......きょ、今日から居ないんですかッ!?」


 バッと顔を上げた妹。これまでに聞いたことの無い声量で彼女は驚き言葉を発した。......び、びっくりした。通る声だから周囲を行く人達も驚いてこちらを見ている。


 俺と妹はすみません、すみませんと驚かせてしまった通行人の方々に頭を下げた。


「......な、なんで急に」


「妹も知らなかったのか」


「は、はい」


 不安そうに狼狽える妹。そりゃそうだ。兄とはいえ、俺は昨日知り合ったばかりの男と突然始まる二人暮らし。不安じゃないほうがおかしい。


 俺は彼女が掴み続けている服の裾を見る。......まあ、少しは信頼してくれているみたいだけど。


 この想いを裏切らないように気をつけ無いとな。


「ま、すぐに帰ってくるさ。のんびり待とう」


「......は、はい」


 ふと食べ物のいい匂いがした。少し前の方にファミレスが見える。今日は外食で良いかな。


「妹、あそこのファミレスで夕食していかない?もう遅いし......嫌なら何か作るけど」


「だ、大丈夫です」


「よし、入ろうか」


 扉を引いて妹に先を譲る。しかし妹は俺の後ろに移動し、入ろうとしない。先に入るのが嫌なのか。


 俺は扉を押さえつつファミレスへと入った。


 木造の扉を開き足を踏み入れると、入店を知らせる音が鳴る。すると店員さんがこちらへ歩み寄り、「いらっしゃいませ!お好きな席へどうぞ」と声をかけてきた。それに妹はびくりと体を震わせ、俺の後ろに隠れた。......盾?


 赤い椅子へと座り、おろおろとする妹にも座るよう促す。おずおずと申し訳無さそうに座る妹にメニューを渡した。


 仕切り、というか建物全体が木造となっているからか木の匂いがする。しかし嫌な香りというわけではなく、落ち着く感じだ。


 照明も僅かにオレンジ色で心なしかレトロな雰囲気。


 昔は良く珈琲をここで飲みながら作業をしていたな。居心地が良い。っと、そんなことはどうでもいい。


「好きなもの頼んでいいよ。お金はあるから心配しないで」


 妹はこくこくと頷く。


 メニューはタブレットになっていて、妹はポチポチとタップを始めた。人差し指を立て、狙いを定める様が独特で面白い。


 それから約5分くらいが経って、俺にタブレットを手渡してきた。画面に指をさし、「.....これ、いいですか.....?」と聞いてくる。


「ん?ああ、勿論」


 そう言って注文を俺が決定してあげる。次に自分の食事を決めるべくタブレットを受け取りページをめくる。予め決めていたのもあり俺の注文は秒で終わる。


 その時、ふと思い出した。


「あ、そうだ」


「?」


 俺は鞄にしまってあった鍵を出した。


「これ、忘れない内に」


「......ありがとう、ございます......」


「いえいえ。飲み物とってくるから、ちょっと待ってて」


 一瞬立ち上がろうとする妹。鞄が放置されてしまうのに気が付き再び座る。そして彼女は俺に「りょ、緑茶を」と注文した。


「うん、わかった。待ってて」


 久しぶりにファミレス来たけど、内装が結構変わっているな。店員さんの数も減っているような気もする。


 ドリンクバーで妹に頼まれた緑茶をコップに注ぐ。俺も同じのにしよう。


 2つの緑茶を手に持ち席へ戻ると丁度、猫型の配膳ロボットが来たところだった。妹が配膳ロボットに声をかけられビクンと体を震わせた。まさか怯えているのだろうか。


 配膳ロボットを訝しげにじっと見まわし、身を守る用に体をまるめる。その姿は始めてみる猫を猫に警戒しているように見え、なんだか可笑しい。


「お待たせ」


 妹に緑茶を手渡す。


「?、?、お、お兄さん.....これ、これはどうすれば」


 パッ、パッ、パッ、と妹は俺と配膳ロボットを交互に見る。


「ん?ああ、そっか」


 俺は配膳ロボットに乗せられている料理を取り出した。すると『ご注文ありがとーにゃん!ごゆっくりお食事をお楽しみくださいにゃあ!』と笑顔になりスイーと帰っていった。


 その様子に妹は「おお」と小さく感嘆した。


「......ね、猫」


「妹は配膳ロボット見たことなかったのか」


「あ、あまりこういう所には来ないので」


「なるほど。それじゃあ良いことを教えてやろう。......あの猫、耳のあたりを撫でる喜ぶぞ」


「ほ、ホントですか.....!?」


「ああ。後でデザートを頼もう。その時に撫でてみたら良い」


「はい!」


 にこりと微笑む妹。


「ほら、冷めない内に食べよう」


 妹はクリームパスタ。俺はドリアと唐揚げを注文した。


「唐揚げ、良かったら妹も食べてくれ」


「......わ、わかりました。いただきます」


 妹、この様子だと今朝の事はもう気にしてないようだな。というより、あれか俺と一緒に居ることであの同級生達にからかわれてしまうのが嫌だったのだろう。


(さっきの同級生といた時とは違い、俺とは喋ってくれる......嫌われてはいないっぽい。良かった)


「あ、あの」


「ん?」


 視線をあちらこちらにキョロキョロと泳がせまくる妹。やがてうつむき上目遣いで、俺に問いかけた。


「......さ、さっきの、夫婦って......あれは、あれって......」


 赤面する妹に俺は慌て、飲んでいた緑茶を噴き出しそうになった。


「ごほっ、ごほ......あれは、ごめん!あのまま夫婦って事にしとけばスムーズに話が進むと思って!嫌だったよな、


 ごめんね!」


「......い、いえ、嫌ではないです......というより、ありがとうございます」


「?、何が......」


 急に飛び出していった俺を煙たく思い、むしろ嫌がられても仕方ないくらいには思っていたんだが。ありがとう?


「......助けに、来てくれて......」


 消え入りそうな声。やっぱり怖かったのか。まあ、あの時も、俺の裾を掴む指が震えていたしな。


「助けになれたなら良かった。ほら、パスタ冷めるぞ。食べよう」


「はい......」


 フォークとスプーンを使い食べ始める妹。その際にぼそりと「......夫婦......って、夫婦?」と呟いていたのが微かに聞こえた。いや気のせいか。


 だって俺と彼女は家族ではあれ、夫婦などではない。兄と妹、兄妹なのだから。





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