第10話 微かな光


『ふにゃあ気持ちいいにゃん』


 姫架が猫型配膳ロボットの耳をなでると猫の表情が変わり、気持ちよさそうにそう言った。


「か、可愛いっ」


 にっこにこの妹。戻っていく配膳ロボットを見送り、妹がプリンタルトを食べようとスプーンを握りしめる。


 俺は珈琲を一口飲み、楽しそうにしている妹を眺めていた。


「あのさ、妹」


「は、はい」


「あー......その。あれだ......」


 困ったら相談してくれ、と言おうとした。けれど、ふと思う。知り合ってまだ2日そこらの関係で互いを深くしらない。


 そんな相手に相談なんてしようとは思わないだろう、と。


 ましてや妹のこの性格なら、人に悩みを打ち明けるなんてかなりの勇気が必要だし、難しいだろう。


「ど、ど、どうしましたか......」


「え、あ」


 無言の俺にビビる妹。


「いや。あれだ......帰ったら、一緒にゲームでもしない?」


「......ゲーム」


「妹が良ければだけど。ほら、俺らってまだお互いに何も知らないだろ?俺は妹の事を......大切な家族だから、知っていきたいんだ」


「大切な、家族......夫婦」


 ん?いや、夫婦はあの時の設定な?


「まあ、忙しかったりしたら良いんだ。妹も勉強とかあるだろうし......あ、高校受験もあるもんな」


「は、はい......あ、で、でも」


 前髪をくるくると指先に巻いていじる妹。その前髪の隙間から見えた目。その視線が俺と交わる。


「.......ゲーム、したいです......私も、お兄さんの事、知りたいし」


 そう言って彼女はにこりと微笑む。


「そ、そっか!良かった!妹はどんなゲームをしてるんだ?一緒にやれそうなのあるかな」


「......え、えっと、モンファンとか、デッドイーターとかですかね......あとはFPSとか」


 モンファンはモンスターを狩るアクションゲーム。その狩ったモンスターは飼うことができ、育ててゲーム内のSNSに写真をアップしファンを獲得していくというちょっと変わったゲームだ。


 デッドイーターは終末と化した世界が舞台のゲーム。あらゆる生物が死霊と化した世界で、僅かに残った人類の為にプレイヤーが死霊を撃退していくという、割りと死にゲーなアクションゲーム。


 アクションゲーム好きね、妹。


 それにFPS......ん?


「妹、FPSって......通話しないと大変じゃないか?」


「は、はい......通話してます」


「通話できるの!?」


「!?」


 ビクッと妹の体が震える。


「す、す、すみません、ゆるしてくだしゃい......」


「あ、いや、ごめん。あんまり人と話すの得意じゃないんだと思っていたから......」


「わ、わたしは」


 妹は祈るように両手を合わせて身構える。そして小さな声で語りだした。


「......たくさんの人に囲まれて話すのが苦手です」


「!、......それは、人が多いと緊張するってことかな?」


「は、はい。囲まれていたり、三人とかで話をすると......声が出なくなっちゃうんです」


 トラウマがあるのか、妹の顔色が悪い気がする。けれど、成る程......蓮たちから聞いたあの話。あれは声が出なかっただけで、別に無視したわけじゃなかったのか。


「......へ、変ですよね......わ、私のこと、嫌いになりましたか......?」


 泣き出しそうな表情でこちらを見る。この様子から察するに今の話をするのは勇気がいったのではないだろうか。


 嫌いになりましたか、と聞いたということは嫌われそうな話だとこの子自身が思っているということ。


(それを話してくれた......俺は、信頼されている。この信頼に応えなければ。兄として)


「嫌いになんかならない。というより、俺は妹の気持ちはわかるよ」


「え?」


「俺もさ、クラスとかで......たとえば授業中にあてられるとするだろ?そういう皆の視線が集まったりする場面では緊張してまともに喋れなくなる時がある」


「......お、お兄さんも?」


「うん。妹とおんなじだよ。だから心配ないさ。妹は変じゃないよ」


「......おんなじ......」


 ......緊張が緩んだな。少し、踏みだしてみるか。


「でも少しずつ、ゆっくり緊張しないようにできたらいいよな。どうだろう。俺と妹、同じ悩みを持つ者同士......一緒に克服していかないか?」


 彼女の表情が少し曇った。思い悩んでいるのか、無言になる妹。けれど、すぐに僅かに和らいだ表情でこちらに顔を向けた。


「......で、できますかね......こんな、私に」


「できるよ。だって、できた人を俺たちは知っているだろ」


「!」


 どうやら妹はすぐにピンと来たらしい。


「......キララちゃん......!」


「正解」


 VTuberのキララは陰キャだった過去がある。であれば彼女が妹の道しるべになり得るだろう。


「私、やります......お兄さんと一緒に、頑張ります!」


「うん。あ、でも俺はFPSわかんないから、帰ったらモンファンをやろう。俺もやっててデータあるんだ」


「や、やる!」


 美しく魅力のある声。ゲームが好きで、憧れのVTuberがいる。


 コンプレックスがある人間は、それを埋めようと必死に努力し、大成する奴が多い。キララがいい例だ。


 この子はVTuberになればおそらく成功するだろう。でも、誘うのはまだだ。


(......前はタイミングを間違えてえらいことになったからな)


 コトッと空のコーヒーカップを俺は置き、窓の外を眺めた。星の泳ぐ暗い空を。




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