第7話 距離感


「――で、あるわけで、ここの答えは......」


 黒板にチョークが走り、軽快な音が鳴る。それと共にどこか疲れ気味な先生の言葉がBGMのように流れていく。俺の耳はそれを右から左へとスルーし、思考の海へと潜る。申し訳ないが先生、俺には今それよりも解かなければならない問題がある。


 とりあえず家の鍵を持っているかどうかをメールもしくは通話で聞こう。持ってなければ俺が帰るまでどこかしらで時間を潰して貰わなければならない。というか普通に考えて鍵くらい貰ってるよな?


 あるならあるで問題は無いけど、万一持って無くて家に入れなかったら可哀想だ。とりあえず聞いてみよう......えーと、妹の携帯の番号はっと。


(......)


 知らねえ!!そういや番号交換してなかったわ!!


「有馬〜」


「は、はい!」


「険しい顔してどうした。腹でも痛いのか?」


 頭を抱えていた俺に先生が眼鏡をくいっと指であげる。しまった顔に出ていたのか。気がつかなかった。


「あ、いえ......大丈夫です」


「そうか。辛くなったら言えよ〜。そんじゃ次35ページいくぞー」


 教科書を捲り、俺はほっとする。いや、でもそうだな。午後の最後の授業を早退しよう。それで妹ようにもう一本鍵を作って帰ろうか。


 それと飯だな。昨日のお祝いで冷蔵庫にもう殆ど食材がないからな。


(昨日の妹の唐揚げ......美味かったな)


 ふと彼女のにまにま顔を思い出す。


 あの子は何が好物なんだろうか。昨日の食事は麻衣さんも作っていた......なら妹の好きなモノもあったのかな。今度、ほとぼりが冷めたら聞いてみよう。


 しかし、父さんはどういうつもりなんだ。兄妹になったとはいえ、知り合ったばかりの男女だけを残して旅行に出かけるなんて。普通に考えて有り得ないだろ......麻衣さんも麻衣さんだよな。娘が万が一にでも襲われたりしたらどうするんだ。


 俺は公園で体中荷物だらけの姫架さんを思い出す。どういう事情があってああなっていたのかはわからないけれど、バッグと鞄はそれなりに重かった。あれを持って歩くのはさぞ辛かったろうに......。


 あの時の彼女の心情を思うと胸が締め付けられるような感覚に陥る。あの子は、誰にも助けを求められず、あの暑い気温の中で一人歩いていたんだ。


「......もっと大切にしてやれよな」


 思わずこぼれ出た言葉。


(......なんて言うのは厚かましいかな。会話している感じでは麻衣さんは酷いことするように見えないし。最初は少し子供に対して厳しい人なのかなと思ったけど。いずれにせよあの父さんが再婚相手に選んだ人だ。信じよう)


「ま、なにかしらの理由があったんだろう......深入りはしないでおくか」


 家族にはなったが、人には踏み込まれたくない部分ってのがある。麻衣さんと姫架さん、二人にだってそういうところがあるのかもしれないし、この問題がそうなのかも......だったら安々と触れて良いもんじゃない。


 ――と、言うわけで。予定通り早退し、合鍵を作り終えたわけだが。思いの外、鍵の作成に時間がかかり妹の学校が終わる頃になってしまった。


(早く帰らねば......)


 妹が帰って家に入れない悲しい事態にならないように。あと、ここら辺は彼女の通学路なんだよね。出くわして嫌な顔されたら悲しい。


 あ、買い物してねえ。どうしよう......今日のところは何か出前でもとるか?


「ほらほら、早くしないと帰れないぜ〜」


 ん?なんだ?


 ふと声のする方を見れば、妹の通う中学生が四人。一人を囲んで何かしている。


(......あれは、イジメってやつか?)


 俺は気になり近場の自販機の陰に身を隠した。


 いや、ただふざけあっている可能性もある。前にクラスの人間のそういうのの仲裁をしたことがあるけど、空気読んでよ有馬と逆に怒られたんだよな。勇気出して止めたのに。


 あれはどっちだ?つーかそもそも何をしてるんだ?


 よーく見てみるとなにやら一人に三人がスクールバッグを持たせているっぽい。女子中学生が両肩にスクールバッグを抱え、両手にもスクールバッグをぶら下げている。


 あれ?最近こういうの見た覚えが......。


「おい佐々木〜!ちゃんと持てって!ずり落ちてきてんぞ!」


「ほらほら、しっかり!ってか今佐々木じゃないんじゃね?」


「確か有馬になったんだよな?なんで有馬なんだよ、ちょっとかっけーじゃねえか」


 そりゃ見覚えあるわ!あれ妹じゃねえか!昨日公園でみた姿と同じような格好してるし!


 てか、あれはもうイジメなのでは......?


 相手は中学生。男一人に女二人か。とりあえずあれをやめさせないとな。だけど俺にできるのだろうか。高校生二年にもなって中学生に見間違われたりする俺が......あの子達になめられないか心配だ。イジメをするような奴らだぞ。


 むしろ俺もまとめてイジメられる可能性も......って、馬鹿かーっ!妹のピンチなんだぞさっさと行けよ!兄、動きます!


 そして俺は颯爽と彼らの行く手を遮るように出ていった。するとイジメっ子の三人は案の定、怪訝な顔をし俺を睨みつける。


「ど、どもー」


 ひきつる笑みと謎の挨拶。ドッドッドッと心臓が激しく鳴る。


「......?」


「なんですか?」


「え......あんた、誰?」


「......!?」


 妹の体がピクリと反応した。いや、どちらかというとビクビクッ!!か。



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