第5話 食卓
「......こ、これ」
俺の渡したポスターを、きゅっと両手で抱くように握る。
「本当に嬉しいです。宝物に、します......ありがとう、ございます、お兄さん......」
「.......そっか。良かった」
ところどこで驚かされる。妹のその声の表情に。物静かで声量もない、小さな声なのに喜怒哀楽がハッキリしている。
......なんだろう。心の芯を捉えるというのだろうか。耳に残る、力のある美しい声だ。
VTuberにしてみたい。多分、この声質だけでチャンネル登録をする人も多いんじゃないか。兄バカみたいな事をいっているが、この声を上手く使えば......勿論、トーク力や歌の上手さにも左右されるが、チャンネル登録者30万人はいくんじゃ。
「......あ、あの、お兄さん......?」
「ん?......あ、ごめん、考え事してた」
でも、妹の性格を考えると難しい気もする。生配信で一人で喋るだなんて......どもるか無言か、いずれにしろ事故って終わりそうな。
それに、それだけで終われば良いけど、万一誹謗中傷が来てしまってストレスやトラウマになると不味い。
「......な、なんですか......わ、わ、私、気に障ることしましたか......?」
無言が続く俺の様子に、不穏な気配を感じビビり始める妹。ぷるぷると再び震え始めだした。
「してないしてない!」
「......そ、そうですか......」
その時、トントントンと階段を誰かが上がってきている音がした。音の感じからして体重の軽い女性。つまり麻衣さんだろうと察しがつく。
扉の向こうで「姫架〜!どこに居るの〜!」と呼んでいる声が聞こえた。瞬間妹の体がビクッと跳ねる。
「は、はい!お母さん!今行くから......!」
急いで立ち上がる妹。あまりにも慌てていて少しだけこけそうになる。俺はそれを支えようと手を伸ばす。すると彼女はこう言った。
「......こ、こんどは......大丈夫、です」
今度は?って、ああ。公園での。ニコッと笑う妹はポスターを片手に携えて俺の部屋を出た。その際、扉を開けるのに一呼吸おいたのが俺は少し気になった。
(......もしかして、麻衣さんとケンカでもしてるのかな)
そういえば、そもそも何で妹は麻衣さんと一緒に家に来なかったんだ?別々に来たのはそれが理由?
うーむ、わからん。諦めよう。考えても答えは出ないだろう問題はすぐに諦める。俺はずっとそうしてきた。
しかしそれは全てを諦めるというわけではない。今考えても無駄な事は考えないという事だ。うん、こんど妹に直接聞いてみよう。
俺は本質的には諦めが悪い人間だったりする。ふとみたモニター横に飾られたキララのフィギュアが微笑んだ気がした。
◆◇◆◇
夕食。新たな家族となった四人が食卓を囲む。ずらりと並ぶ料理。今日は晩御飯作らなくていいからな、と父さんが言っていた理由はこれだ。
いつもは俺が食事の支度をしている。料理のできない父さんはつい最近まで洗い物係だったが、食洗機を購入後リストラされた。
良いよ、食洗機。めっちゃ良い。
とまあ、そんなわけでこのご馳走の数々を作ったのは麻衣さんなのである。
「唐揚げにエビチリ、豚カツ......凄いねえ、麻衣さん」
父さんが嬉しそうに麻衣さんに声を掛ける。すると彼女は頬に手を当て少し恥ずかしそうに「ふふっ、喜んでくれたなら嬉しいな。たくさん食べてね、敬一さん」といちゃこらしていた。
席は父さんと麻衣さんが向かいに並んで座り、俺の隣に妹が座っている。
「.....お、お兄さん、これ......」
「ん?」
唐揚げに指を差す妹。唐揚げ好きなのかな?
「た、食べて、ください......」
「おお、わかった」
(珍しく積極的に勧めてくるな。どうしたんだろう?)
父さんと麻衣さんが驚いたような表情を浮かべている。じっとみてくるような視線を感じ、少しの居心地の悪さを感じた。それを誤魔化すように俺は唐揚げをひとつ頬張った。
サク、とした口当たり。そしてすぐに肉汁が溢れ出す。そしてこの風味は......。
「青じそ、か......これは美味いな!ご飯にめちゃくちゃ合う!」
白米としそ風味の唐揚げの相性は絶妙で、ついもう一つと箸を伸ばしてしまう。これは止まらん。
「麻衣さん、この唐揚げめちゃくちゃ美味しいです」
しっかりと料理を作ってくれた相手には礼を言う。しっかりと相手に感謝の意を表すのはとても大事だ。美味しい、美味しかったと言われるのは作り手としてはとても嬉しい事だし、なによりモチベーションもなる。
「ふふ」と微笑む麻衣さん。
「......?」
「その唐揚げね、姫架が作ったのよ」
「え!?」
ちらりと横を見てみればにまにまと頬を緩ませる妹がエビチリを頬張っていた。
いや失礼だな俺。なんでコレ全部作ったのが麻衣さんだと決めつけてたんだ.......勝手に妹が料理できない人だと決めつけていた。
「ご、ごめん。てっきり麻衣さんが全部作ったのかと......唐揚げ、すごく美味しいよ」
礼を言うと妹はこくこくと素早く頭を振った。
「けど、凄いわね、敬護くん」
麻衣さんが父さんの小皿に料理を分けながら言う。
「?、何がですか?」
「姫架に凄く懐かれてるから」
......懐かれてる、のか?あまり喋ってくれないからわかんないけど。あ、でもキララトークで盛り上がれはしたか。
「この子、初対面の人には絶対に口を聞こうとしないのに.......ほんとに凄いわ」
あー、確かに公園ではそんな感じだったな。隙あらば逃げようとしてたし。
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