第3話 憧れの光



 妹を連れ約10分程歩き、ついに家の扉の前に辿り着いた。その道中で彼女は緊張の為か疲れのせいか、会話を投げるも言葉のキャッチボールは続かず。微妙な雰囲気が始終流れていた。


(......あれ。いやまてよ?やっぱり俺、怖がられている......?)


 不安を覚えつつ、我が家の扉を引いて開ける。


 そして俺は「どうぞ」と入ることを促すと彼女はペコリと一礼して我が家の敷居をまたぐ。


 右手に靴箱があり、その上にあるスペースにはラベンダーの香りがする造花が置いてある。さらにその横には鏡があり、出かける際の身だしなみチェックに一役かっている。


 彼女が靴を脱ぎ、フローリングへ上がる。その時気がついた。妹の物ではない女性の靴が置いてあることに。


(これは佐々木さんの?もう来てるのか......でもなんで娘とは別に?)


 ガチャリと今の扉が開く。現れたのは父さんと佐々木(母)だった。


「おお、姫架ちゃん!お帰り、道迷わなかったかい?よく来たね!」


 満面の笑みを浮かべ妹を出迎える眼鏡の男性。名を有馬ありま 敬一けいいち。細身の猫背な俺の父さんだ。


 妹が来ることを楽しみにしていたのか、とても嬉しそうに駆け寄ってきた。


 妹は「あ、う、えっと......その」とどもってしまう。


「ほら、あがってあがって」


「......お、お邪魔します......」


 もじもじと頭を下げる妹。


「はっはっは、お邪魔なものか!今日からここが姫架ちゃんの家でもあるんだ。ほら、遠慮なく」


「......あ、ありがとうございます......」


 妹はそう言うと一歩退く。そして何故か俺の服の裾を摘んだ。


 その様子に父さんが気が付き、俺へと視線を向けた。


「ん?敬護、姫架ちゃんと一緒だったのか?」


「ああ。公園で迷ってたから連れてきた」


「そうかそうか!でかしたぞ敬護!」


 はっはっは!と笑う父さん。ご機嫌なのは良いことだが、早くそこ退いてくんね?と俺は内心思っていた。妹を休ませてやりたい。


 すると父さんの後ろから女性がパタパタと出てきた。


「もう、姫架!遅いと思ったらまた道に迷ってたのね!」


「......!ご、ごめんなさい......!」


(......む、中々高圧的だな)


 彼女が妹の母親......つーか俺の母親にもなるわけだが。佐々木ささき 麻衣まいさんか。肩にかかるくらいの黒髪に泣きぼくろが印象的な美人さんだな。それと目元が娘の姫架さんと似ていてツンとしている。......いや、逆だな。麻衣さんに似ていて、か。


「ごめんなさいね、敬護くん。さっそく娘が迷惑かけちゃって......ほら、謝りなさい姫架」


「ご、ごめんなさい」


「大丈夫ですよ、麻衣さん。姫架さんは俺の妹なんで。それにこのくらい迷惑でも何でも無いです」


「あら敬護くんは優しいのね。それにしっかりしていて......敬一さん言っていた通りの素敵な子」


 俺は麻衣さんに微笑み返し、父さんに聞く。


「それで、妹の部屋は?もしかして二階の突き当りか?」


「うん、そう。案内してあげて」


「わかった。妹、先ずは荷物を置いてこようか。こっちだよ」


「......は、はい、すみません」


 すげー謝るな、この子。


「大丈夫だよ、謝らなくても」


「......は、はい......」


 俺の表情に注視しているのがわかる。顔色を注意深く窺っているんだ。


 これはもう人見知りとは違うような気がする。もっと他に原因があるんじゃないか。


 ギシギシと階段を登りながら考える。さっきのやりとりからするに、もしかしてお母さんが怖いのか?それで恐怖心が?


 こんな事は考えたくもないが、モラハラ的な?


 でも父さんが選んだ人だぞ......そんなヤバい人と再婚するわけ無い。


 ああ見えて人を見る目はしっかりしている。


「ここだよ」


 俺が指差す部屋。扉が開かれていて、綺麗にされていた。そこは以前母さんが仕事で使っていた部屋で、その殆どを俺の部屋に移し空き部屋となっていた。


(......ん?)


 反応の無い妹。どうした?と彼女に目をやると、ジーッと俺の部屋を見ていた。いや、正確には俺の部屋のポスター等のグッズにだと思う。


(......しまった)


 開けっぱにする癖、早く直しておけば良かった。せっかくできた妹に早速オタバレしちゃったよ。これ、キモがられるかな。いや、キモがられるだろ。だって嫌じゃないか?兄がオタクだなんて......あー、くそ。


 どうして良いかもわからず、思わず無言になってしまう。いや、でも実際マジでどう会話すれば良い?見られたことをスルーして部屋への案内を再開する......?


 それとも見られたことを無かったことにして、別の会話を始めるか?好きな食べものは......よし、これでいこう。上手く行けばそれを献上して口止めできるかもしれない。


「あ、えっと......妹はさ、好きな――」


「......好きな、VTuber......」


 ふと、俺は今のが誰の声なのか一瞬わからずに驚いた。


 静かなのは変わらないが、芯のある透き通る声。艶があり、耳に心地よく響く。


(これが本来の妹の声なのか......いい声をしている。天性の美声か)


 って、違う。今はそんな話じゃない。好きなVTuberと言ったのか?


「......お兄さん、キララちゃん好きなんですか......?」


「え、ああ、まあ」


「......私も大好きなんです!うわあ、嬉しい......あれって非売品のポスターですよね?サインまであるし......!凄いです!!」


 俺の部屋にあるのは彼女の言う通り、キララというVTuberのグッズ。これには深い理由があるわけだが、今は彼女が嬉しそうだから置いておこう。


 ていうかマジでいい声してるな、妹は。緊張で強張った声とは正反対だ。いや、正反対ではないか......声質は同じ。違うのは力が抜け、自身のなさが消えた事。それで自然な発声による艷やかな声色になっているんだ。


(こんなに良いモノ持ってるのに......勿体無いな)


「そんなに好きなんだ?煌星こうせいキララ」


「はい!彼女は私の......生きる希望です!」


 煌星こうせいキララは大手VTuberグループ、クロノーツライブに所属するタレントだ。そのチャンネル登録者数は300万人を越える大人気VTuber。


 容姿は白い毛並みの犬をモデルとした女性VTuberで、独特な甘い声と明るい性格、そしてちょっと天然なところがリスナーにウケている。


 ......しかし生きる希望、か。キララは多くの人に影響を及ぼす存在になったもんだな。


 俺は妹に聞く。


「なんでそんなに好きなの?」


「......それは、えっと」


 声色から光が抜け落ち、くすんだような気がした。


「......私、友達いなくて、ボッチで陰キャ、キララちゃんも......昔そうだったみたいなんです......」


 煌星キララの有名な話の一つだな。彼女の場合は苛烈な人気が故の周囲からの嫉妬。


 声がキモい、天然あざとい、他にも色々とネットやコメント欄に書き込まれていた。


 本人も転生前からそうしたイジメのような事をされ続け、思い悩んでいたと生放送でも語っている。


「......とっても辛い目にあっていて、で、でも、こうして凄い人気のVTuberになった.......だから、生きる希望」


「って事は、妹も友達が欲しい、変わりたいって思っているのか?」


「......わ、私には、難しいです......だから、みて応援するんです......キララちゃんに自分を重ねて、夢を見る......それで十分なんです」


「なんで難しいの?」


「......わ、私には、何も何もないから......VTuberはお金もかかるし......VTuberモデルって高額、なんですよね......難しいです」


「いや、ピンキリかな。......けど、そうか。とりあえずVTuberモデルがあれば良いって事か。なるほど」


「......え......?」


 それなら簡単に用意できる。何故なら.......


「......ど、どういう、意味ですか?」


「俺、キララの絵師と友達でさ。だから頼めば絵を描いてもらえる、それにLive2Dの処理もしてくれる友達もいるんだ。どう?良ければ......VTuberやってみる?」


 ポカーンとしている妹。


「......絵師さんと、と、友達......」


 あ、微妙な反応。.......これは、いきなり過ぎたか?





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