第2話 え、妹?


 何故かわからんけど信用してもらえたようだった。いや学生証見せたくらいで信用されると、それはそれで心配になるけど。


「は、は、初めまして、私......佐々木姫架と言います。お世話になります......」


「あ、うん、これはご丁寧に.......って、ん?佐々木?」


 道案内くらいでお世話になりますなんて、ずいぶん律儀な子だなぁと思ったが、その名字を聞いて引っかかる。確か佐々木って父さんが再婚する相手の名字と同じだったよな?


 この子、もしかして......いや、でもお相手さんに子供がいるなんて聞いてないが。まさかな。さすがに言うよな?兄妹ができるだなんて大事な事......いくらマイペースな父さんでも。


 不思議そうに首を傾げる佐々木さん。と、このくそ暑い中、待たせちゃ悪いな。そう思い妙な妄想をどっかに追いやる。


「ごめん、なんでもない。あの、それで行き先は?君はどこに行きたいの?」


 聞いた瞬間、ポカーンと口を開いた彼女。そして僅かに戸惑いながら消え入りそうな声で言った。


「......え、え?あ、あなたの、有馬さんのお家に......」


 そんな事あるか?先程の妙な妄想に後頭部を殴られたような衝撃を俺は受けた。


 父さん、マジかよ......軽く目眩を覚え、こめかみを指で抑える。


(一応確認しとかないとな)


 視線を彼女に戻す。目が合うと彼女はすぐに逸らし、俯いた。


「あの、もしかして、君は家の父さん......有馬敬一と結婚する佐々木さんのお子さんだったり?」


「......は、はい、すみません。そう、です......だ、だめでしたか?」


 だめでしたかってどういう意味だ?だめじゃないが。てか緊張してるのかな。視線は泳ぎまくってるし、体はせわしなく揺れている。これは人見知りってやつか?


「いや、だめとかじゃなくて。俺、知らなかったからさ。妹ができる事」


「......へ、え......?」


 顔は見えなくても今ギョッとしたのはわかった。


「......そ、それじゃあ、私は妹......失格、ですか?」


「失格!?」


 今度はこちらがギョッとしてしまった。失格?冗談か?いや冗談だよな、普通に考えて。なんかちょっと面白い子だな。


 動きもコミカルというか......って、ん?もしかして今のは、お笑いで言うボケってやつなのか?いやはや、初対面の人間にボケてみせるとは中々の勇気だ。人は見かけによらずってところか。


 しかし彼女はこれから妹となる子だ。ちゃんと仲良くしないとな。兄として。有馬敬護、ツッコミ入れさせていただきやす。


「はは、そんなわけ無いでしょ!なんでだよッ!」


「!!?」


 ビクーンッッ!!と佐々木さんの体が硬直した。


「あひっ、す、す、すみません!そんなわけ無いですよね!?すみません、ご、ごめんなさい!空気読め無くてごめんなさい!!」


 物凄い勢いで頭を下げまくる姫架さん。勢い良すぎてブンブンいってる。......これ違うわ。ツッコミ待ちとかじゃなかった。や、やべえ。やらかした。


「ストップ!ストップ!!落ち着いて!!」


「......は、はいっ!!おち、おち、おちつきましたっ!」


 いや嘘つけよ!目が泳ぎまくってるから!!とか言って、またツッコんだら収集がつかなくなりそうだからやめとこう。


(うわー、初対面で怖がらせちゃったよ。最悪)


 いや、まて。とにかく我が家へ連れて帰らねば。このままだと暑さで倒れかねないし......てか、これ持ってる荷物が多すぎだろ。鞄四つとか。


 肩で呼吸しているし、体力が尽きかけているように見える。それに、さっきから妙なステップ踏んでると思ってたが、これただふらついてるだけだろ。少し持ってやるか。


「荷物半分持つよ。かしてくれない?」


 手を差し出すと彼女は小首をかしげ、数秒後にハッとした。


「あ、い、いえ、私は大丈夫です......そんな迷惑は、かけられません.....」


 一歩、後ろに下がる佐々木さん。足取りがおぼつかないようで、ゆらゆらとしている。見てられないな、これ。


「そんなふらふらしてるのに......転んだら大変だよ。兄には妹を護る義務がある。はい、貸して」


 おろおろとする妹。その肩にかかっているバッグを一つ引き取ろうと持ち上げた......その時、妹がバランスを崩してしまう。


「うおっ、いっ!?」「きゃ!?すみま――」


 ぐっ、と俺の右足を踏んだ妹。そして更にそのまま体を預けるように、というより殆ど体当たり状態になり荷物の重みで俺はぶっ倒された。


 ――ドスン!!と音を立て倒れる二人。俺は反射的に妹の下へと腕を入れ、地面との衝突を防ぐことに成功した。しかし代わりに荷物の重みと妹の体重が全て俺へのダメージへと変換され腕が悲鳴をあげた。


(いってえ、何だ今の......なんか格ゲーの技みたいだったな)


「......だ、大丈夫ですか!?し、死なないで!......すみません、ごめんなさい!!」


「大丈夫、なんとも無い。てか死なないよ、こんなんで」


 オーバーだなぁと思いつつ、ふと互いの顔が近くにあることに気がつく。


(うわぁ、マジで可愛らしい顔してるな。いや、どちらかというと美人か。って、そんなこと考えとる場合じゃないな)


 ふと気がつけば、佐々木さんの顔がみるみる赤面していく。そして限界がきたのか、彼女は焦って離れようと身を起こそうとした......が、しかし。バッグの肩掛け部分に首が引っ張られ逃げる事叶わず、時が戻るように俺の腕の中に帰ってきた。


「あわ、あわわわ、わ.......わた、たし、ほんとに」


「だ、大丈夫?」


 体を震わせる妹。なんか異様に怯えてるんだが......俺、なにかまずいことしちゃったか?どうみても怖がられてるよな、これは。


 そんな事を考えていると、彼女は絞り出したような掠れる声でこういった。


「......こ、殺さないで......」


「いや人聞き悪ッ!?」


 ビクッと体を強張らせる妹。あ、しまったついツッコミ入れてしまった。


「ごめん、違う!怒鳴ったわけじゃなくて......と、とりあえずゆっくり体を起こそうか」


「......は、はい......」


 ぽたっ、と頬にあたった水滴。


「ん?」


 見上げる空は雨雲どころか雲一つ無い快晴。これは雨粒ではない。なんだこれ、と不思議に思っているとまた落ちてきた。そして俺は今度は見逃さなかった。


 視界の端に映った彼女の曇り顔。


「え」


 その雨粒の正体は、妹の涙だった。そう、彼女は泣いていたのだ。......って、な、なんで?


「どうしたの?どこか痛いの?こ、怖かったのか?」


 ふるふる、と彼女は首を横に振る。


「......ち、違います......私、何をしても鈍くさくて、いつも失敗ばっかりしてて......ごめんなさい」


 彼女はそう言い、ごしごしと涙を手で拭う。


「いや今のは俺が急に鞄を引っ張ったからだよ。ごめん」


「い、いえ......お兄さんは悪くありません。すみません、突然......こんな。急に泣き出したりして、気持ち悪いですよね、すみませんでした......」


 ずびっ、と鼻をすする妹。


 なんだか昔の......母さんが亡くなった時の俺に似てる。俺もあの頃は情緒不安定で、しばらく経っても急に悲しくなる事があった......それで、誰にも見られない場所で一人で泣いていた。


 その自分と彼女の泣いている姿がどこか重なって見える。


(環境の変化......かな)


 もしかしたら、妹は新しい家族ができることや環境が変わることに不安を感じて、同じく不安定になっているのかもしれない。......どうにかそれを拭えないものか。



 ――俺は出来るだけゆっくりと落ち着いた口調を心がけた。



「そんな事無いよ......みんなそういう時はあるさ」


 想いが伝わったのか、彼女は泣き止みこちらを静かに見つめる。


「ちなみに俺もそうだしな」


「......お、お兄さんも......?」


 俺は笑ってみせる。


「ああ、無性に不安になる事がたまにある。失敗も人より多い。それで無力を感じて落ち込むことなんてしょっちゅうだぞ」


「.......」


 俺はポケットティッシュを取り出し、手渡した。


『――人を敬い護れる人に』


「だから妹の気持ちはわかるよ。できなくて悔しくなる気持ち」


「......」


 彼女はようやく落ち着いたらしく、体の震えがおさまっているようだ。涙の跡がもう乾きはじめている。


 俺は彼女の肩を支え、ゆっくりと起こした。


「ま、せっかく縁があってこうして兄妹になれたんだ。妹がまた倒れそうになったらこうして俺が護るからさ。頼っていいんだ。ほら、家族なんだし。支え合おう」


 彼女は手渡したティッシュを両手で握り、頷く。


「......はい......がんばります」


 口元が綻んでいるのを見て、俺は胸を撫で下ろした。




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