人間になりたいな4

 私を担いでいる人が人さらいだって知ったアロイスとベランジェの行動は早かった。


 二人でアイコンタクトを交わし、訓練された身のこなしで人さらいに接近する。

 もちろん用心棒なのか腕自慢なのか、無愛想な男二人がアロイスたちを止めようと妨害したんだけど、一人はベランジェに投げ飛ばされて、一人はアロイスに蹴り飛ばされて、呻いて気絶した。


 アロイスつよいじゃん……!


 訓練のときは「先輩たちにぼこぼこにされるんだよなぁ。もっと強くならなきゃ」って笑っていたのに。

 アロイス、十分強いよ!?

 呆気に取られていれば、私を担いでいた男にベランジェが蹴りを入れながら、ぐいっと私の体を引きずり降ろしてくれる。おかしな体勢で落ちる恐怖にはわはわしていたら、ベランジェが器用に私を受け止めてくれて、そのすきにアロイスが男を気絶させていた。


「一体何なんですか! 私たちが人さらいとか、そんな証拠は……!」

「被害者が嘘つくってか? おいアロイス、お前はどう思う?」

「詳しいことは同行してもらって聞くのがいいと思う」


 残っていた一人の腕をひねり上げて、冷静に答えるアロイス。

 竜の視線だと小さく見えていたけど、めちゃくちゃ頼もしくてかっこいい、大人の男の人って感じに、胸がギュッとなった。


「アロイス、かっこいぃー……」

「お、なんだ? お前、アロイスのファンか?」


 にやにやベランジェが笑う。

 ファンじゃなくてアロイスの娘? 養い子?

 そう言ってやろうと思ったけど、ベランジェが私を地面にしっかりと立たせると、アロイスの方へと声をかけてしまう。


「おい、アロイス。お前この子を憲兵のとこに連れていけ。んで、応援呼んでこい。俺はこいつら見張っておく」

「僕? 僕が見張っとくけど」

「なんだぁ? 可愛い女の子がアロイスがいいっつってんだ。行ってこい!」

「ちょっ、ベランジェっ」


 なんかベランジェが余計なこと言うものだから、ついつい前に出てベランジェに余計なこと言わないでよ! って、大きく手を振って妨害しようとしてみるけど、当のベランジェは私の方をキョトンと見てきて。


「ん? 俺の名前も知ってるのか?」


 もちろんだよ! って言おうと思ったのに。


「先輩、とりあえず縛っとくから。縄の予備持ってる?」

「あぁ、悪い悪い。はぁー、非番の時にこんなもんと遭遇するとはな」


 アロイスに呼ばれたベランジェが、私の頭をポンポンっと撫でて気絶した男の人達の方に寄っていく。

 ま、また言えなかった……!

 そんな感じで、私は私がルイズだってことを言えないまま。


「お待たせ。詰め所まで行こうか。そこでちょっと事情聴取があるけど、終わったら送っていくよ」

「え、あ、うん……!」


 男たちを縛ったアロイスが私の前に来る。

 いつもは見下ろす側なのに、見上げないといけないアロイスの顔。

 アメジストの瞳がくるりと輝いて、お日様のような温かい笑顔でアロイスが笑いかけてくれる。

 いつもと違う感覚にちょっとドキドキしながら、アロイスに手を引かれて路地を出る。


「そういえば自己紹介がまだだったや。僕はアロイス。竜騎士だよ。君は?」


 アロイスが私の手を引きながら歩いてくれる。私の歩みに揃えてくれながら、馬車の行き交う車道から遠ざけるように歩いてくれて、竜の時じゃわからない、アロイスの優しさみたいなものを垣間見る。

 なんだけど、名前を聞かれて私の肩がびくりと跳ねた。


「な、名前? 私の?」

「そうだけど」


 アロイスに不思議そうに首を傾げられる。

 なんだろう、変な緊張が私の中に芽生えてきたんだけど……!

 大丈夫かな、握った手に汗がにじんでない?


「……名前言いたくない? わけあり?」

「そ、そんなことない! 大丈夫! 言えるよ! 名前だよね! 私の!」


 何か私にも事情があると察したアロイスなんだけど、そんな深刻なことでもないので!

 だから私は、思い切って名乗ってみようとしたんだけど。


「私、笑海えみ

「エミ?」

「そう! 笑海って、呼んで!」


 ちょっとした、悪戯心、というか、悪巧み、というか。

 出来心が、出ちゃって。

 笑海。

 前世の両親が付けてくれた名前。

 笑顔が海のようにあふれるくらいの人生を過ごせますようにっていう願いが込められた、大切な名前。

 私はこの世界でルイズだけど、せめてこの姿の時だけでも、前世との繋がりを思い出させてほしい。

 忘れたくない、大切な名前。

 アロイスがつけてくれたルイズっていう名前も大切だけど、笑海も大切な私の一部。

 笑海がいるからルイズもいる。

 だから、つい、その名前を名乗っちゃったんだけど。


「良い名前だね。エミを助けられてよかった。怖かっただろ? あんまりああいう裏路地には行かないようにね」


 笑海ってアロイスが呼んだ瞬間、私の心臓がギュッと締めつけられる。

 思わず立ち止まっちゃったら、アロイスも立ち止まって。


「どうしたんだい? ……あぁ、そっか、そうだよな。連れ去られそうになったんだもんな、そりゃ怖いよ」


 ぽろぽろと涙をこぼす私に、アロイスがよしよしと頭を撫でてくれる。

 違うんだけど、アロイスは絶対誤解してるんだけど。

 だけどこんなに、泣いちゃうくらい、名前を呼んでほしかったんだなって思っちゃったら、もっと早く、それこそ前世の話をしたときに、アロイスに教えちゃえば良かったとも思っちゃって。

 ……でもそれは、やっぱり駄目だな。

 ルイズだって大切な名前だもの。アロイスがつけてくれた、私の名前。

 今の名前も、昔の名前も大事だなんて、私は欲張りだ。

 ままならないこの気持ちは、まるで消化不良を起こしてるみたい。

 いつかちゃんと、消化できるといいんだけど。


「大丈夫かい? 落ち着いた?」

「……ごめんねぇ。大丈夫だよ」

「大丈夫ではないだろ。怖い思いをしたんだから」


 道の隅へと寄って、人目から隠すように壁になってくれながら、よしよしと頭を撫でてくれるアロイス。穏やかな声音に段々と落ち着いてくれば、今度は恥ずかしさのほうが勝ってきた。


「もう、大丈夫! 平気!」

「本当かい? 無理はしてない?」

「うん……!」


 こくこくと頷きながら、視線をうろうろさせていれば、不意に頭上でアロイスが笑う気配。

 なんで!?


「な、なんで笑ってるの?」

「ふは、ごめん。不快に思わせちゃったかな」

「フカイって?」

「ん? 不快?」

「えっと、言葉、意味わかんなくて」

「ははっ」


 また笑われる。

 なんで!?

 これ、私じゃなかったら馬鹿にされたって思うようなタイミングの笑い方なんだけど!

 ジト目で見ていたら、アロイスは破顔したまま、私に教えてくれる。


「さっき言ったけど、僕、竜騎士でさ。君が僕の竜に何だか似ていて。最初は色合いだけかと思ったんだけど、仕草とか、こうやってちょっと言葉が不自由なところとか」

「そ、そっか」


 アロイス、鋭い! むしろ本竜ほんにんだよ!

 一応、別人だと思ってもらえてるようなら、このまま別人で通しておこう。この分霊モードっていつでもできるようなものではないだろうし、知られてもあんまり得はなさそうだし。

 私がそんなハラハラに見舞われてるなんてアロイスは知らず、丁寧にいつものように、私に言葉を教えてくれる。


「それで、言葉の意味だったな。不快はそうだなぁ……快くないって気持ちなんだけど……うーんと、そうだな、嫌だー、とか嬉しくない、とか? 自分にとって都合が悪いとかっていう気持ち。なんとなく分かるかい?」

「うん」


 不快、不快、ね。

 うん、覚えた! なんとなく意味も理解した!


「不快ではないよ。大丈夫」

「そう、それならよかった」


 笑うアロイスに、私もつられて笑顔になる。


「んじゃ、詰め所に行こう。こっちだよ」

「えと、アロイス?」

「なんだい?」

「……なんで手をつなぐの?」


 そう、行こうかと誘うアロイスは、ごく自然に再び私の手を握ったんですが。

 こっちの世界って、連れ立って歩くときに手をつなぐ習慣とかあるの? めちゃくちゃ自然に手を繋がれたんだけど!

 じっと繋がれた手を見れば、アロイスはちょっと困ったように頬をかいて。


「嫌だった? ごめんごめん。エミって小さいから、はぐれないようにって思ったんだけど」

「小さい!?」


 嘘でしょ!? 私、水とかガラスに映った自分の姿見たけど、大学生の時の姿だよ!!? そりゃ、アロイスに比べたら小さいけど! 身長も百六十ないけど!

 でも、そんな手を繋いで歩かないといけないようなお子様じゃないよ!

 絶句した私に何を思ったのか、アロイスはバツが悪そうに手を離そうとした。


「ごめんよ。子供扱いはまずかったか」

「……ど」

「え?」

「……手は繋いでてほしいけど」

「けど?」

「私、子供じゃないから」


 一応伝えておく。

 ぷいっとちょっと恥ずかしくて顔をそらしながら、手を離そうとしたアロイスの手を握りしめる。

 アロイスの頬もちょっと赤い。


「えっと、ごめん……」

「こ、怖かったから! 怖かったから、その、もうちょっと、手、つないでてほしいの!」


 つまりはそういうことにしておいて!

 私の頬もたぶん赤い。いや、分霊だから感情に合わせて体温とか上がるのかな? でももしそうだとしたら、間違いなく、私の頬も赤くなっていて。

 どうしてアロイスまで顔が赤くなっているのかは不思議だったけど、私達は手を繋いだまま、憲兵の詰め所へと歩き出した。

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