人間になりたいな5(side.アロイス)
非番の日の午後、ちょっとした買い物のためにベランジェと城下に繰り出していたアロイスは、パッサージュを歩いていた時に、ふとルイズの鳴き声を聞いた気がした。
物悲しいその声に惹かれるように、ベランジェと一緒にパッサージュの裏路地へと行けば、人さらいの現場に出くわして。
そこで助けたエミという女の子は、どこかルイズに似て、目が離せないくらい感情表現が豊かな子だった。
「アロイス、あれは何?」
「ミャーザ牛の串焼きだ。ミャーザ領の名産牛でおいしいよ」
「いいなぁ、食べたい……」
「買ってあげようか?」
「えっ? いいよ! 大丈夫! 食べられないから!」
事情聴取のために詰め所に向かう途中、あれこれと目移ろいさせるエミは街歩きに慣れていないようだった。有名な特産品などもてんで知らず、まるで初めて訪れた観光客のような振る舞いだった。
ただ、ひどく遠慮しいな部分もある。あんまりにも熱心に露店を眺めていたりすると買ってあげたくなるので申し出れば、ぶんぶん首を振って断ってくる。よだれを垂らしながら露店に食いついているくらいなら、買ってあげたくなるのが人情ってものだと思うんだけど。
今もまた、白桃色の髪をなびかせて、アイスブルーの瞳をキラキラさせながら、一つのお店へと目を向けていた。
ガラスのショーウインドウの向こうにあるのは、白色のドレス。ショーウインドウの下にはカラーバリエーションの揃えられた布が置かれていて、仕立てのサンプルとして飾られているドレスのようだった。
エミは最初こそ男の子のように見えたけど、やっぱり女の子らしい。少年のように活発で髪も短く、体も華奢なもののすらりとしている。服装も少年らしいもので――むしろ、部屋着のアロイスに似たような服装なのだけれど、こういうドレスに目を奪われているのを見ると、女の子らしかった。
詰め所に行かないといけないのに、なかなかエミの足が遅くて困ってしまうのだけれど、あんなに怖い思いをしたのだからもう少し落ち着かせてあげたいという気持ちもあって、アロイスは先を急がせようとはしなかった。
それでも度がすぎると、見張りをしてくれているベランジェに申し訳がたたないので、ほどよいところでエミの注意をこちらにひく。
「ドレスはさすがに買ってあげられないなぁ」
「ふぉっ!? か、買ってほしいなんて言ってないよ!?」
「熱心に見てたじゃないか。さすがにこんな高価なもの、串焼きの感覚では買ってあげられないや」
「欲しいなんて言ってないっ! 行こ行こ! 見てても買えないし、私じゃ宝の持ち腐れだし!」
常識的な知識が抜けてる割には、たまに小難しい言い回しやことわざがひょいっと飛んでくる。この会話の雰囲気も、どことなくルイズのようでいて、アロイスはなんだかこの女の子をほうっておけなかった。
「まぁいいや。ほら、ちょっと急ごうか。先輩がいるとはいえ、あの悪い奴らをしょっ引いてもらわないとだし。エミも早く帰らないと、親御さんが心配するんじゃないかい?」
「うーん、私の親かぁ……まぁ……アロイスは心配する?」
「ん? もしかして家出?」
「………………家出じゃないけど、黙って出かけてきてるかなぁ。あ、でも
予想以上のお転婆だったらしい。
家のものに何も告げずに出かけて、それで人さらいに連れていかれそうになっているのだから、アロイスは大人として、これはちゃんと言い含めておかないとという謎の老婆心が生まれた。
「エミ、次からはちゃんと家族に言ってから出かけた方がいい。今回は未遂で済んだけど、僕らが間に合わなくてエミが連れ去られていたら、手がかりも何もなくて、親御さんも心配するからさ。僕も自分の竜がこっそり抜け出してたりしたら心配するし。まあ、僕の竜はかしこいから大丈夫だろうけど」
「……あははー。そっかぁ……まぁ、善処するよ!」
最初は気まずそうに目をそらしていたけど、最後にはにこにこと笑いながら、何が嬉しかったのか上機嫌でアロイスと繋いだ手をぶんぶん揺らすエミ。
アロイスはさりげなく周囲に人がいないことを確認しながら、ぶんぶん腕を揺らすエミに苦笑した。
「さ、行くよ。詰め所までもう少しだから」
「はーい」
エミと二人並んで歩く。
エミの容姿はかなり目立つようで、人の視線がついてまわる。こんなに目立つような子だったら、さっきみたいに裏路地とかにさえ行かなければ、人さらいも狙いづらいと思うけれど……たぶん本人はそのことに気がついてない気がする。
これは憲兵にもよくよく言い含めておいてもらわないと、と思いながらようやくアロイスたちは詰め所にたどりついた。
「それじゃ、エミ。ここでいい子にしていて。長引かなければ、帰りも送ってあげる」
「えー、いいよ! アロイスお仕事でしょう? お休みだったのにごめんね?」
「気にしなくていいよ。これが僕らのお仕事だしね。じゃあ後でね」
笑顔で手を振るエミ。
その素直な様子に、アロイスも大丈夫そうだと判断して、憲兵に諸々を引き継いだ。その上で、人攫いたちを回収するための人員を借りて、ベランジェの元へと急いで戻ったのだけれど。
そのベランジェと一緒に人攫いをしょっ引いて詰め所に戻ったときには、憲兵たちが少々ざわついていた。
アロイスはベランジェと顔を見合わせつつ、右往左往する憲兵を一人捕まえる。
「騒がしいけど、どうしたんだい?」
「申し訳ありません! お預かりしていた少女が、聴取後にいなくなりまして……!」
え、とアロイスは目を大きく見開いた。
ベランジェは胡乱げに憲兵を見る。
「聴取後ってことは、聴取自体は終わってんだな?」
「はっ! ただ、その……」
「なんだ? 終わってんなら、帰るのは自由だろ。何かあれば連絡先も聞いてんだろ?」
「いえ、住所がわからないようでしたので、帰りに送りがてらと思っていたのですが……」
「ですが?」
なんとも歯切れの悪い憲兵に、ベランジェが視線を細める。
アロイスもなんだか嫌な予感がして、きゅっと口元を引き結んだ。
騎士二人の表情に憲兵も意を決したのか、姿勢を正すと、起こったことをありのままに話し始めた。
「少女は個室に待機しておりました。外に護衛役を兼ねた見張りもいた状態で、聴取後、担当者が書類を回収し、お茶の手配をするために席を外しました」
よくある状況だ。聴取が順調に終わったならそのまま帰ってもらうことが多いけれど、アロイスが送っていくと言っていた手前、待機してもらっていたのだろう。
どこもおかしくはないことだと思っていたら、続いた言葉に耳を疑った。
「……少女が、その状況下で姿を消しました。どこで拾ったのか、葉に『ありがとう』と文字を書いたものを置いて、忽然と」
「は?」
「消えた?」
ベランジェもアロイスも思わず聞き返した。
疑うような素振りの二人に、憲兵はしっかりと頷く。
「文字通り、消えたのです。少女を誰も見ておらず……それで今、探していたのですが」
「見つからない、と」
「はい。……申し訳ございません」
頭を下げる憲兵に、アロイスは絶句した。せっかくの非番で、人攫いに遭遇したと思ったら、今度は憲兵の詰め所内で行方不明者? 自分がいっしょにいてやればこんなことにはならなかった? とぐるぐる思考を巡らせていれば、隣に立っていたベランジェがくつくつと何か含んだように笑う気配がして。
「笑ってるとは余裕じゃないか。非常事態ですよ」
「くく。すまんすまん。だが、ありがとうって置き書きしてたんだろ? 聴取も終わってるみたいだし、そんなに深刻にしなくてもいいと思うがな」
「呑気すぎるよ。見張りがうっかり見逃してると思うのかい?」
「まあな?」
「面目ありません……」
憲兵が自分たちの失態にしおしおと項垂れると、ベランジェは気にするなとひらひら手を振った。
「ちなみにその子の身元確認は?」
「王都の北部在住のようですが、住所までは分からないようで。両親とは死に別れ、今は養い親に育ててもらっているようです」
「ほぉ。養い親の名前は?」
「それは……」
憲兵がちらりと気まずそうにアロイスを見る。
アロイスが首を傾げれば、憲兵は困ったように口を開いた。
「養い親はアロイスと言うそうです」
「ぷふっ」
ベランジェがとうとう噴き出した。
アロイスは呆気にとられた後、じろりとベランジェを見た。
一つの可能性に思い至ったから。
「あのさ、先輩」
「んん? なんだ?」
「まさかとは思うけど……あの子、僕のルイズっていうパターンは、本気であると思う?」
「くふっ、いや、まぁ、そうだなぁ……本人に聞いてみたらどうだ? ルイズに関しちゃぁ、なんでもアリだろ」
「ちなみにいつから気づいてた?」
「見た目の色合いがそっくりだなとは思ってたけど、俺の名前呼んだからな。自己紹介もないし、お前が俺の名前呼んだわけでもねぇし。何よりお前を見る目がまんまルイズ」
「うわぁ……マジか」
天を仰いだアロイスに、ベランジェが笑いながらその銀髪をかき混ぜるように撫でてやれば、ただでさえざっくばらん気味だったハーフアップがぐしゃぐしゃになる。
騎士二人だけにしか通じない会話に、憲兵が困惑していれば、ベランジェが憲兵に消えた少女の捜索は不要だと告げた。
「たぶん俺らの知り合いだ。今回の件で何かあればアロイスに連絡しろ」
「えっと、少女の養い親の方へでしょうか?」
「いや、
にやにや笑うベランジェに、アロイスは他人事だと思ってとジト目を向けたくなったけれど、憲兵の手前ぐっと表情を引き締めた。
「彼女のことは僕が引き受けるから大丈夫。一応、こちらでも確認しておくから」
少々、腑に落ちない様子の憲兵だったけれど、むりやり納得したようにうなずく。
あの白桃色の髪の少女については一旦これで落ち着いたけれど、まだまだ憲兵には働いてもらわないといけないので、深く言及してる暇なんて正直ないはずだ。
「捕らえた人攫いはそっちに預ける。憲兵の手に負えなければ騎士団に連絡してこい」
「了解しました」
「んじゃ、ここからはお前らの仕事。行くぞ、アロイス」
歩き出したベランジェを追いかけるように、アロイスも歩き足す。
今日は本当は、ルイズのために
「ルイズってば、僕に隠し事が多すぎるよ……」
「ハハッ、隠し事はイイ女のステータスだ。懐の大きい男になってやれ」
ベランジェに快闊に笑われてしまえば、アロイスとしてもそんな気になってしまう。
それに何より。
「人間のルイズも可愛かったなぁ」
「おーおー、そりゃ良かった」
「やっぱりうちの子が世界一可愛い!」
白桃色の髪に、くるりとした大きなアクアマリンの瞳。
身体が成長して、アロイスのことを見下ろすことが多くなったルイズの視線が、とても近かった。
その上、アロイスたちとは少し違う象牙色の肌は健康的で、細くて華奢な体格はどこか守ってあげたくなるような、理想の女の子。
「ルイズが人間だったら、きっといい友達になれたんだけどな」
「……ほほぉ、そうくるか」
「え? なにが?」
「いーや、なんでもねぇ。まぁ、望み薄の恋よりゃ健全だなっ!」
ハハハ、と大口開けて笑うベランジェの言葉の意味が分からない。
眉をひそめたアロイスがその意図を探るよりも早く、ベランジェがアロイスの肩に腕を回した。
「ほら、さっさと行くぞ。
「あ、うん。買うけど」
「ならさっさといくぞー」
すんでまで出かかっていた言葉をかき消して、ベランジェがアロイスを買い物のために引きずっていく。
少しだけ釈然としないものはあったけれど、ルイズと一緒に遊びたい気持ちのほうが強かったアロイスは、ベランジェに連れられて、目的の物を買うためにパッサージュへと再び繰り出した。
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