人間になりたいな2
精霊さんにお願いすると、ピリッと胸元に痛みが走った。
『えっ、なに?』
びっくりしていれば、白桃色の鱗が一枚、きらきらと輝きながら宙に浮いている。
それからごっそりと力が抜ける感覚。
まぶたも開けていられなくて、カクンと頭が垂れた。
待って! このままじゃ人間になる前に落ちる……!
頑張って眠気に逆らっていると、精霊たちがざわざわと騒ぐ。
想像して、人間の自分を想像して、目を閉じてって、四方八方から攻め立てられる。
私は言われるまま想像して、目を閉じると。
がくん、と一瞬の浮遊感。
びくんっと体が跳ねて、私は顔を上げた。
「し、心臓に悪い……っ! あれだ、居眠りしてたら、急にがくんってなるやつだ! びっくり、した、ぁ……?」
独り言を炸裂させた私の語尾が消えていく。
他人事のようだけど、ほんとに、他人事に思えちゃうくらい、眼の前の視界を覆い尽くすものに意識が全部持ってかれた。
白桃色の鱗に、大きな体。
背中に翼が生えていて、ハンマーのように先が丸くなっている尻尾。
目は閉じられて伏せっているけど、きっとその瞳の色はアクアマリンのように澄んだ水色で。
「わ、わわわたし!? えっ、待って、私!? あっ!? 体!? 人間!?!?」
眼の前に自分の竜体を見つけて、声がひっくり返っちゃった!!
よくよく自分の、今の時点の自分の体を見下ろしてみれば、人間らしい肌色の腕や足が見える。
髪はショートカット? 横髪をつまんでみたら白桃色だった。
「に、人間になれちゃった……」
すごい、諦めていたのにできちゃった!
心が浮足立って、居ても立っても居られない。
飲み水用のお皿を覗いてみる。
うきうきわくわく、私の顔は。
「……あー、そうくるか。似合わないなぁ、この色」
銀皿に張られた水に映った私の顔は、前世の私と同じ顔。つまり、純日本人顔。髪の色が鱗と同じ白桃色になって、瞳がアクアマリンの色になってる。
……黒髪黒目に慣れきってるせいか、すごい、ちぐはぐな色合いかも。
それでも人間になれたことを思えば、重畳だ。強くイメージできる人間の姿なんて、やっぱり前世の自分くらいしか咄嗟に思いつかなかったんだもの。仕方ない、仕方ない。
私は四肢を伸ばしてみた。可動域を確認してみる。久しぶりの二本足に違和感を感じるなぁ。竜体で歩くときは尻尾のバランスが大事だったから。
しばらく自分の身体を観察してみた。服もちゃんと着てる。白色のブラウスと黒色のスラックス。アロイスとお揃いだぁ。で、これ、着脱できるのかなって服の中をのぞいてみれば、ちゃんと身につけている下着。すごいね、見覚えのあるこれ、再現性高いよ。
色々観察してみた私は、竜体の私を見てみる。伏せっているけど、人化した私より大きい。視線が低いことにちょっと笑っちゃう。
そんなことをニヤニヤしながら思っていたら。
「は!? 女!? お前、誰だ! 関係者以外立ち入り禁止だぞ!!」
背中越しに声がかかる。
聞き覚えのある声に振り向けば。
「テオドール!」
「っ、なんで、俺の名前……!?」
隣の部屋のテッドの相方、テオドールが私の柵の前を通りかかった。
そっか、今日は地竜騎士の竜訓練の日だったね。
「テオドール、アロイスは?」
「アロイス?? お前、アロイスの知り合いなのか??」
そこでようやく、思い出す。そうだ、私、今人化してるんだった。
どうしようかなー。
「知り合いだよー。アロイスを驚かせようと思って!」
「驚かせようって……お前、ここは部外者は立入禁止だ。アロイスを呼んでやるから、そこから出ろ」
「ん〜、出るけど、アロイスを呼ぶのはいいや。自分で探すし、他にも行ってみたいところあるし!」
「え、お前、おい!」
「またね、テオドール〜!」
私はさっさと柵を出ると、テオドールの制止を振り切って外に飛び出した。
人の声、竜の声、風の声、精霊の声。
どこに行くの? と精霊に聞かれた。
私は『るるる』と喉を鳴らす。
『せっかくだもの! 街に行ってみたい!』
今日のアロイスは非番の日だけどお出かけするって言っていたから、夕方まで来ない。
テオドールがもしかしたら私のことをアロイスに話しちゃうかもしれないけど、会う前に帰れば問題なし!
私はまだ、この騎士団という場所から外に出たことはない。
飛行訓練のときに、遠くに見えるカラフルな屋根の街並みを見ることはあっても、そこまで行ったことはない。
竜の姿だと目立つから、人間になれて本当に嬉しい!
ウィンドウショッピングとかして、この国の流行を見てみたいし、本屋さんをのぞいて面白そうな本を見つけるのもいい。この姿ってご飯は食べられるのかな? ……食べられないらしいから、美味しい匂いを覚えてアロイスにおねだりしよう。そうしよう!
るんるんと鼻歌まじりに私は駆け出した。
こっそり人の目を避けて、騎士団の敷地を抜けていく。
空から見ていた方角に向かって進めば、いつも見ていた街へと続く一本道を見つけた。
この道を進めば、街に行ける。
人がたくさん、いる場所に。
まるで深夜に家を抜け出すような、ちょっぴりのドキドキと好奇心で、私の胸はいっぱいになる。
日本じゃこんなこと、しなかった。
ここまで自分が、考えなしの向こう見ずなんて思わなかったけど。
でも、目の前の景色を前に、私の足は止められない、止まらない。
たくさんのわくわくを抱えて、私は街へと繰り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます